「着ぐるみの中心で解放を叫ぶ」
「考えたんだけどさ、」
わたしはルルを部屋に呼び出して、招き入れると同時に切り出した。
ルルはいまだにはっきりしたことを教えてくれないが、今はいい。とりあえずその問題は置いておく。知らない方が幸せなこともあると、わたしの前世の記憶が告げている。
「近いわよ」
ルルはわたしの顔を手で押しながらうっとうしそうに言った。
すすめてもいないのに我が物顔で椅子に座ると「お腹すいたわね」などと言うが無視だ。お菓子など食べている場合ではない!
「で、何を考えたって?」
テーブルに肘をつき、冷めた目でわたしを見るルル。そこも追求したいところだがそれも置いておこう。
そんなことよりわたしは思いついてしまったのだ!
「人間になる方法よ!」
わたしはルルの前で立ったまま、拳をつきあげ力説を始める。
どうしてこの方法を思いつかなかったのかと、気づいた時は膝をうった。あいやー!と額もぺちんと叩いてみた。本当に、うっかりしてた!わたしうっかりさんだった!こんな簡単なことを忘れるなんて!
「…どんな?」
ルルは不審そうだ。わかる。わかるよ、ルル。すぐには信じられない気持ちは!
わたしはにんまりと笑むと今度は人差し指を立てる。
「整形手術よ。」
「手術…?」
わたしは頷く。
前世でもあったではないか。美容整形が!この世界でも怪我や病気になると手術する場合があるし、医療技術は前世ほどではないにしてもわたしが風邪をひいた時のカミュ先生の対処も前世の記憶と同じだった。…カミュ先生……待っててね!わたし今世界のために戦ってるから!
美容手術を請け負ってくれる闇医者を探すのよ!どっかに絶対いるはずだから!
「無理よ」
「なんでよ!」
なのにルルはあっさりとわたしの考えを切り捨てた。
「そんなのとっくにわたしだって考えたわよ。でも不可能でしょ。整形とかそういうレベルじゃないんだからコレ。」
「やってみなきゃわかんないじゃない!」
「やってみて失敗したらどうするのよ!!」
その時はその時…と言おうとしたらものすごい顔で睨まれ口をつぐんだ。ルル怖い。着ぐるみに本気ですごまれると本気で怖かった。もうしません。
ルルは溜息をつく。
「そもそもそういう問題じゃないでしょ。手術でどうにかしたって遺伝子レベルでどうにかしないと意味ないってこと、忘れてるの?」
わたしは目を逸らす。
あ、あの棚のところに埃が。と思ったら綺麗だった。プロ侍女さんがいつも綺麗にしてくれてるんだから埃なんてないんだった。
「ごまかすんじゃないわよ」
ドスをきかせたルルの低い声。
アニメの萌えキャラがそんな声するのよくないと思うな。夢を崩すと思うの。
でもわたしはルルを見ない。見たら怖いから。色んな意味で。
「あんたまた現実逃避してるわね」
「…ナンノコトカナ?」
「あれ以来追求してこないけど逃げたって現実は変わらないわよ」
そこでやっとわたしもルルを見返した。
「…ズルイよ、ルル。教えてくれなかったのはルルじゃない。」
「ヒントは充分あげてるでしょ。あんただって大体のことはもうわかってるんじゃないの?」
それはそうだけど。
教えてくれる気があるのなら最初からそうすればいいのに。やさぐれた気持ちになる。
「…わたしはね、あんたにはぜひとも誰かを堕としてほしいけど、だからってあんたがどうなってもいいと思ってるわけじゃないのよ。」
「それは初耳だよ、ルル」
これまでのルルの言動にどこにそんな要素が?
むしろ全部わたしに押しつけて自分は安全圏で高見の見物する気まんまんだったよね?
胡乱な目でルルを睨めば
今度はルルがそっと視線をそらした。
そんなに床下を見てもプロ侍女さんの掃除は完璧だから汚れひとつないよ!天井にシミとかもないからね!
「で、でも、あんただってその気だったでしょ。わたしはそれを邪魔したくなかっただけよ。だけど全く何も知らないままも可哀想だったからヒントをあげたのよ。わたしの優しさよ。」
「むしろ混乱しただけだけど?!」
「何よ!わたしが本当に嫌な女だったら全部終わるまで黙ってたわよ!」
ルルが声を荒げるから
わたしも興奮してきて声が大きくなる。
「知らないほうが幸せってこともあるんだよ!!」
例えカミュ先生が皇弟でも…
き、着ぐるみが、う、生まれてしまう可能性は、た、確かに高いけれども…!
皇弟って知らなければ…普通の人間美形と結婚、勝ち組イエイ!って素直に喜べたのに…っっ高確率で着ぐるみが生まれてくるかもしれないなんて結婚のハードル高すぎる…!!
カミュ先生までが攻略対象だったなんて泣ける。着ぐるみじゃないのに攻略対象って腑に落ちないけど皇弟ならありうるのかもしれない。
「………わたしがどうにかしたからって着ぐるみじゃなくなるって保障はないじゃない。」
「…まあね。それはそうだけどね。」
「ルルがヒロインなんだし、ルルがアレク様達以外とくっつけば人間化できるかもしれないよ?」
「…人間化ってあんたねぇ」
シナリオ通りにいくとループするかもしれないというのなら、
いっそルルが人間と結婚しちゃえばゲームと分離できる可能性もあるんじゃないか。
まあ、わたしがどうこうするのと一緒で絶対とは言えないんだけど。
「わたしは美少女だからそれはいつでもできるから大丈夫。いざとなったらあんたを見捨てて人間の美形お金持ちと結婚して玉の輿にのるから安心しなさい。」
「ひどっっ!!!」
ひどい!ルルったらひどい!非道!外道!
自分はさっさと優良物件確保する気だったんだ!
ひっど!
ルル非道ー!!
ルルが真っ赤になって叫んだ。
「うるさい!!その方法だったらいつでもできるって意味よ!」
「ルルだっていくら人間と結婚しても高確率で着ぐるみを産むんだからね?!」
「だから遺伝子レベルでどうにかするしかないってさっきから言ってるでしょ!!」
そうだった!!!
わたしは再び、
天に向かって拳を高々とふりあげて宣言する。
「もうこうなったら、最終手段に出るしかないわ!!」
「最終手段…?」
「神頼みよ!!」
さあルルも一緒に!神様に祈るのよ!信じる者は救われる!寄付金の額の分だけ幸せになれるわ!
苦しみから解放され、死後に天国へ行きたければ祈りなさい!今の不幸はあなたの前世での行いが悪かったからです!因果から逃れるにはこの壺を買いなさい!
「宗教に興味はないわよ!」
「じゃあ悪魔は?!」
「はぁぁぁぁあ?!」
実は、思いついた方法は手術だけではないのだ。わたしは密かに、学院の図書館から始まり街の古本屋や骨董品店などを歩き回り、ある古書を求め探し回った。そしてようやく手に入れたのだ、この、禁書を……!
「何その汚い本……怪しすぎるんだけど…」
「ええい控えよ!これなる本は悪魔召喚の禁術が書かれた禁書であるぞ!!」
「………あんた、自分が今中2病発症してることに気づいてる?」
「何とでも言って!着ぐるみを出産しないためなら悪魔にだって魂を売り渡すんだから!」
わたしはあらかじめ購入しておいた蝋燭を持ち出すとテーブルの中央に置き火をつけ、部屋中のカーテンを閉めた。
ここからが悪魔を呼び出す儀式の始まりである。
「……………聞いていい?何なのその動きは?」
わたしは答えない。
何故なら熱心に心の中で悪魔へ祈りを捧げているからだ。
テーブルに置いた蝋燭とルルの周りを
わたしは禁書に書かれてある呪文を読み上げながら回る。1周、2周、3周…
「……マイムマイム?」
4周、5週、6周……
そろそろ目が回ってきた。
「あー…ごめんって。わたしが悪かったわ。そこまで追い詰められてたのね」
7週、8週…
突如、蝋燭の火が消えた。
気のせいか空気が冷たくなったように感じた。
そして黒い煙のような靄がもくもくとたちこめ始める。
「まさか…」
【我を呼び出したのはお前か、人間】
「ちょっとユーリア!ほんとに出てきたわよ何か変なのが!」
「あ、悪魔様!?」
「よく見なさいよ!こいつも着ぐるみじゃないの!!」
「そんな!なんで!!」
「知らないわよ!」
【代償を払うなら、お前の望みを叶えてやろう】
「クーリングオフよクーリングオフ!」
「きゃ、キャンセルで!いやチェンジで!」
「デリヘルじゃないんだからそんなのできるわけないでしょ!?契約ならクーリングオフでしょう?!」
「ルル頭いい!すみませんクーリングオフでお願いします!」
悪魔さんがなかなか帰ってくれなくてこの後大変だった。




