「逆着ぐるみの真実」
学院の休日、カミュはキースの邸に呼ばれ訪れていた。
待ち構えていたキースが、やってきた甥に向かって笑顔を見せる。
「やあ、カミュ先生」
朗らかに笑ってそう呼びかけたキースに、カミュは溜息をついて答えた。
「やめてください、ここは学院ではないでしょう、叔父上」
身内の気安さからあっさりと私室まで通されたカミュは、出迎えたキースに促されテーブルを挟んで向かい合う形でソファに腰を下ろした。侍女が静かに2人分の紅茶を置くと、キースは目配せで下がるように命じ、出て行ったのを見計らって口を開く。
「慣らしておかないとつい呼び捨てにしてしまいそうだからね。その点カミュは器用だよね。きっちり使い分けてて。学院で会っても理事長としか呼ばないのはさすがだよ。」
そう言ってカップに手を伸ばしたキースを見て、カミュも出されたそれに手を伸ばす。
キースは黙って紅茶を飲むカミュを見ながら尋ねる。
「休暇中までその姿でいたのか。」
「…別に問題はないでしょう。」
金髪碧眼の地味で平凡で小柄な容姿であるキースに対し、カミュもまた、黒髪黒目の地味で平凡で小柄な容姿である。
「問題はないといえばまあ、ないんだけど…ね」
含みのある言い方をしたキースに、けれどカミュは沈黙を続けた。
間違いなくその理由はあの女生徒であると、キースもわかっている。
キースは先帝の年の離れた弟だ。
皇族の“色”である金髪碧眼を継いで生まれたが残念ながらその美貌までは受け継がなかった。生まれた時から身体も小さく、皇家の特色である美貌も彼にはなかった。兄は見事に受け継いで体躯も立派な男らしい美形であるというのに、キースは色だけが皇族で、容姿はその他大勢の貴族同様の容姿でしかない。
幼い頃はそれがコンプレックスで嫌で仕方がなかった。自分を見る周囲の目が気になり、皆が残念そうに自分を見ている気がして、哀しくて悔しくて、苦しかった。それでも両親も兄も地味な容姿の自分でも大切に愛し慈しんで見守ってくれていた。そのことに気づいた時、キースは自分の悩みがいかに小さくくだらないことだったかに気づき、そこからは悩むこともなくなったのだった。
が、令嬢達の自分に向ける視線には、ほとほと嫌気がさしていた。
先帝の弟で公爵でありながら身分を隠し学院の理事長をしているのも、自分を残念そうに見る令嬢達と結婚をするのが嫌でやっている道楽のようなものだった。
一方のカミュはといえば、
「一生そのままでいる気か?」
「…彼女が望むなら。それもいいですね。」
「カミュ」
キースの甥、つまり、
現皇帝の弟である。
「一度見られたことがあって、その時、彼女は倒れたんです。…高熱のせいもあったのでしょうが。」
「…そこまでか。」
重症だな、とは
あえて言葉にはせずキースは飲み込んだ。
身体の大きさなどから、ユーリアが彼らを怖がっていることは本人からも聞いた。
過ぎた美貌は時に恐怖を与えるものでもあるだろう。
それにしてもユーリアの怯え方は尋常ではないように思える。
彼らに何かされたというわけでもなさそうだ、むしろされそうになればやりかえす…どころか倍返しで逆襲しているのを見た。言い返す言葉も鋭く的確だった。おかしな動きをしていたから実は激しく動揺していたと言えなくはないが。
飛びぬけた美貌の彼らにあれだけ好意を向けられているのに興味を示さず、地味な容姿の自分達に顔を赤らめる。ユーリアの容姿は平凡でも、可愛い、と。愛しく思ってしまうのも無理はない。純粋な好意は向けられて嬉しくないはずがないのだ。それに加えて最近では、その性格も面白く惹かれる一因になっていた。
――…明らかに、毛色の変わった子猫に興味を惹かれるそれと大差なかったが。
キースもカミュもそんな自覚はない。
カミュはキースがにやりと笑ったのに気づき
苦々しい顔になる。
「そうか。なら、わたしにもまだチャンスはあるね」
「……彼女に言う気ですか?」
カミュの問いに、キースは首をふり否定する。
「そんなアンフェアなことはしない。それはカミュが自分で言わない限りわたしが言うことはないよ。ただ――」
「ただ?」
「わたしの方に秘密はないからね。わたしは正真正銘、この姿だし。彼女にとったらどちらが好ましいのかな?」
着ぐるみの親から着ぐるみが生まれる可能性の方が当然高いが、
キースの場合も、隔世遺伝という大きな不安要素がある。
しかしそれがユーリアに対してマイナスに働くとはキースには思いもしないことである。
「幸い、まだ彼女は誰のものでもないみたいだしね?」
「それを確認するために呼んだのですか?」
今度はキースは笑みを深くすることで返し、言葉は返すことはしなかった。
この世界で、神に愛されし美貌とまで呼ばれる容姿をもって生まれる人間はほんの一握り。その人間の多くは高貴な生まれであり、低い身分に生まれてもその美貌から皇族や高位貴族に見初められ結婚する。そしてますます神に愛されし美貌の人間は高位貴族の人間に集中していくのだが、そうやって誕生した者達はやがて思うようになる。
自分が愛され求められるのはこの容姿だけなのではないかと。
神に愛された者の宿命なのか、それは誰しもが通る道であり乗り越えるべき壁となっていた。
現皇帝の弟であるカミュもキースと似通った悩みをもっていた。皇家の“色”を受け継がなかったことである。
容姿こそ神に愛されていることを示していたが、皇家だけの“色”が備わっていなかった。
キースとは反対の悩み、けれど微妙な立場で生まれたという点で、キースとカミュは同じだった。
「“色”にも“容姿”にもとらわれず自分を求めてくれる伴侶を得ることは皇家の人間にとって悲願だからね」
実際のユーリアは色にも容姿にもとらわれまくっているのだが、そこのところの矛盾に彼らが気づく様子はなかった。
神に愛されし美貌を求めるのではなく、愛されない容姿を愛してくれるのなら、それだけで彼らにとっては充分なのだ。
「カミュも、そのために姿を偽っているのだろう?」
容姿にこだわらず、自分自身を愛してくれる相手を探すために…――
カミュは、姿を変える薬を服用している。
もちろん、誰でも入手できるものではない。そんな薬が存在することを知っている者は、カミュの周りにいる限られた人間だけだ。
何故なら、その薬を開発したのは、他ならぬカミュ自身だから。
飛び抜けた容姿を持ちながら、特別な色は持たない自分を。
偏見の目で見ることなく受け入れてくれる相手を見つけるために――
「……わたしは、この姿の方が落ち着くのです」
けれどそれだけですよ、と。
カミュは否定した。
「それに、彼女を怖がらせることは本意ではありません。」
本音を言えば、どちらの姿も愛してほしいという気持ちはある。だが、彼女が怖がるのなら、一生この姿のままでもいいとカミュはいっそ本気で考えていた。
あの姿だけを愛されるよりも、今のこの姿だけを愛してくれる方が、カミュにとっては何倍も価値のあることだった。
この姿の自分を愛してくれる相手が見つかって、
その相手がこのままがいいと望むのなら
本当の姿になど、一体何の意味があるというのか―――
いっそ病的なまでに自分がそこにこだわっていることに気づき、自嘲の笑みが零れた。
「…叔父としても理事長としても言っておく。彼女に強制はするな。自分自身の意思で選ばせるんだ。」
「選ぶように仕向けるのは?」
今度はカミュの方がにやりと笑んだのを見て
キースが嘆息した。
「わたしとカミュの2人ともが本気で動いたら、ユーリアくんは身動きがとれなくなりそうだね」
「だったら叔父上は遠慮してください」
「それは断る。わたしだって簡単には諦められないからね。」
カミュの正体をユーリアが知ることは
まだ当分なさそうなのであった。




