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「カッとなって買った、後悔はしていない」

「―――…何故ミラ様が?」


学院が休暇に入り、家族のいる領地に戻ると何故かミラ様がいた。


「さあ?なんでかな?」


「………」


にこやかな笑顔でわたしの家のはずのそこでくつろいでいるミラ様に

わたしが表情を失くしてしまうのも当然だ。

せっかくルルの企みから一時的な逃亡に成功し、安らぎを求めて実家に帰ってきたのに

そこでまさか、ミラ様が待ち構えているなどと想像しているはずもない。


どうりで早く帰って来いとお父様がわざわざ手紙まで寄越していたのか、今更ながら早々に計画を練られていたことに気づく。

公爵家のご子息であるミラ様が訪ねて来るのにお父様が知らないはずがないからだ。とっくに、お父様に知らせてあったのだろう。


それにしても何故。


休暇中までわたしをからかって遊ぼうとでもいうのだろうか。


「学院じゃユーリア、忙しくてあんまり僕と遊んでくれないだろう?だから遊びに来てあげたよ。」


「ありがた迷惑です。」


きっぱりはっきり、ご遠慮します。


「あははは。駄目。もう来てるし。」


「即刻お帰りください。」


「やだ。」


そこでわたしはふとあることに気づく。


「“ユーリア”?」


ミラ様がにやりと笑った。


「うん。だってここ、学院じゃないからさ。“先輩”は学院だけー」


「………」


余計な気をまわしたお父様はおらず、お母様と妹もいない。

ミラ様に言われて、気づく。学院ではない以上、ミラ様を公爵家の方として丁重に扱うべきか否か…すでに思いっきり、いつもと変わらない感じで対応してしまったけれど……

くれぐれも失礼のないようにと念を押していたお父様が知ったら卒倒してしまいそうである。


「あ、無駄なことしなくていいからね。ユーリアはいつもと同じにして。気持ち悪いから。」


「気持ち悪い…」


「だってそうでしょうー。今更ユーリアに令嬢ぶられても信じられないし何か企んでるとしか思えないじゃないか。そもそも似合わないし、気持ち悪い。」


「…大分ひどいこと言われてますが…怒るところでしょうか?」


ミラ様の言葉に、わたしも諦めの溜息をつくと

ミラ様の座るソファの前の椅子に腰掛ける。


「それで?どういったご用件ですか?」


まさか本当に遊びに来たなんてことはないだろう。

用件があるのならさっさとすませてご退散願いたいとミラ様を見上げると

ミラ様は首をかしげつつさらりと同じことを繰り返す。


「だからユーリアと遊びに来たんだって。」


「………ミラ様」


「ん?」


「暇なのですね」


もっと他にすることはないのか。よほど暇人なのか。

わたしは憐れみの目を向けた。


「こういう時こそご家族と親睦を深めればよろしいのに。」


中2病は完治したのではなかったのだろうか。

あれ以来ミラ様と家族の仲は大変に良好であるとレイトン様から聞いているのだけど。


「…大丈夫だよ。ずっとユーリアのところにいるわけじゃないしちゃんと帰ったら…その」


「その?」


ずっといられたらそれこそ迷惑なんですけど。

ミラ様は何故か言葉につまり、俯くと頬を赤らめている。


「……りょ、旅行に…いくことに、なってる、から………家族とは。」


「まあ」


つまりは、照れくさいのだな。

急に家族と仲良しこよしになって。嬉し恥ずかし家族旅行の前に年頃の少年としてはちょっと家を抜けだしてみたかったと。でも旅行の前にはちゃんと家に帰るパターンですね。なるほど。


「…なんだよ、その目は」


「いいえ?別に?」


よかったですねーと。

心の底から暖かい目で見てるだけですが?


「嘘だ。絶対今ユーリア、僕のこと子供だと思ってるだろ?」


「違いますわ、ミラ様」


「じゃあ何だよ。」


ふてくされたようなミラ様に。

わたしは教えてさしあげた。


「こういうのは、“生温かい目”と言うのですわ」


「ムカつく目だな!」


ミラ様…

ちょっと、あなた。つっこみがお上手になってるのでは?


「ったく…ほんと、ムカつくよね、ユーリアって。」


「申し訳ございません」


なら何故わざわざ会いにくる。

返り討ちにあうとわかってて何故やってくるのか理解に苦しむ。


なのにミラ様ときたら――


「ルルで懲りたからね。もう抜け駆けとか気にしないんだ。だから覚悟してよね、“先輩”」


ますます意味のわからないことを…


「あ」


「…なに?」


そこまで考えてふと、つい先日、衝動で買ってしまったあれを思い出した。

あれをああして…と脳内で想像しつつミラ様をじっと見つめていると


「……なに。なんかすごく嫌な予感がするんだけど…」


ミラ様はソファに背中を押し付ける形で逃げの体制をとった。

けれどわたしはすぐに諦めることにした。


「…いえ、やはりやめておきます。ミラ様は身体が大きいですし、可愛くするのは無理があるかと思いなおしました。」


「……は?」


ミラ様はアニメキャラとしては可愛らしい美少年顔だが、実際にはその着ぐるみなので、身体は大きいし可愛らしいかと問われるとそれは違うと全力で否定したい。

もしかしてミラ様なら似合うかと思ったのだが、やっぱりやめておくことにしよう。


「…僕が、大きい?」


怪訝そうなミラ様。

わたしは大きく頷く。

着ぐるみなのだから大きくて当たり前である。


「ええ。大きいでしょう?」


「…可愛くも、ないって?」


「え。可愛いって言ってほしかったのですか?」


それは悪いことをした。

男の子に可愛いと言っても嬉しくないとよく言うのだが、ミラ様は言われたかったのか。


「いや……ただそんなこと言われたのは初めてだったから…少し……びっくりしただけ…」


「わたくしにとってミラ様は、お身体も大きいですし可愛らしくもありませんわよ?」


何気に失礼できついことをはっきり言ったのだけど

ミラ様は真っ赤になって黙り込んでしまった。


…しまった。言い過ぎた?


ミラ様は元ヤンデレなので怒らせるとまずい。

ミラ様の沈黙の分だけ焦りが湧いてきてどうしようと慌ててきたところでようやくミラ様が口を開いてくれた。


「…で?なんなのさ。何をやめておくって?」


それにわたしはほっとして、

本気で怒ってはいないようだと気をとりなおす。


「ええ。実は、先日“猫耳”を買いまして。」


「―――何を買ったって?」


「“猫耳”ですわ。衝動的に、つい。」


「………」


前世でもよく見かけたあれだ。

猫耳のカチューシャである。とっても可愛いのだ。先日買い物に出た際に見つけて、衝動的に即買いしてしまった。この世界にも猫耳があるなんて。感動した!


ミラ様の目が馬鹿なの?と言っている。

ついカッとなって買った。後悔はしていない。


「まさかそれをこの僕につけようとしてたわけじゃないよね――?」


ミラ様の声が低くなる。

わたしは再び慌てて否定する。


「いいえ!ですからやめましたって!ちらっと考えてみましたが似合わないかなと思いなおしたのです!」


第一、頭が大きすぎて普通の人間サイズのカチューシャは合わないだろう。無理につけようとしたらぽきっと壊れてしまいそうだ。せっかく買ったのに勿体無い!


「ならいいけど……」


「やはり妹につけることにしますわ。間違いなく、可愛いですから!」


まだ7歳の幼女である妹になら、間違いなくぴったり似合ってさぞ可愛らしいことだろう。

猫耳をつけた妹を想像してうっとりしていると、

呆れたようなミラ様の声がした。


「………ユーリアが、つければいいだろ。」


「…わたくしがですか?」


ミラ様はわたしの方を見ず、何故か足元を見つめながらおっしゃった。


「ユーリアなら似合う、んじゃない。…猫っぽいから。」


「………わたくし、猫っぽいですか?」


初耳である。


「か、可愛いってことだよ!ユーリアなら似合うし可愛いよ!」


「っ!!!」


今度はわたしが真っ赤になった。

まさかの、ふいうち。

ミラ様からの予想外すぎる褒め言葉…!


か、か、可愛いって…!!言われた!ミラ様に!

ていうかこの世界で初めて言われた!!!


そうよ!わたしだって本当は可愛いのに!


「あんた…細いし小さいし…きっと似合うよ……自分で買ったんだから、自分でつければいいだろ。」


「ミラ様…」


実はとっくに自分に装着済みだ。

鏡でとくと堪能してある。

もちろん、似合ってたし可愛かった。やっぱりアイドルになれそうだった、わたし!


「ミラ様、」


「なんだよ」


「お菓子はいかがですか?お茶のおかわりもありますよ。どうぞゆっくりしていってくださいね!」


「今更かよ!てかそんなに嬉しかったのかよ!!」


わたしは満面の笑みで頷いた。

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