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「プロ侍女達は見た」

学院が寮の雑事のために雇っている侍女達は

成人した年齢の、庶民から下級貴族の令嬢達で構成されている。未婚・既婚の規制はないが住み込みとなるためにほとんどが未婚の女性である。給金がよく、転職を希望する際には学院から紹介状ももらえるので人気の職場だ。ただ当然ながら、貴族の子女が集まった学院の寮であるから、身元はしっかりと調査されるし、身元に問題がなければ今度は保証人も必要となり、わりと厳しい基準の元で採用された人材の集まりだ。


その彼女達に与えられた、休憩室と呼ばれる広い一室で、

侍女達は学院の侍女同士の間でのみ許される噂話で盛り上がっていた。


最近の噂はもっぱら、侯爵家のシルヴィについてであった。


「シルヴィ様の風邪は長引いてるわね」


「明日になっても治らないようなら交代しましょう」


「看病は徹夜ですものね」


台風で学院が休校になった三日後、今度はシルヴィが熱を出して寝込んだ。

侍女達は夜通しの看病のために長引く場合は交代で付き添うことになっている。


「…それにしてもシルヴィ様は、その……変わりましたわね」


遠慮がちに切り出した言葉を皮切りに

侍女達は一斉に声をひそめながらもその話題に食いついた。


「子爵家の令嬢にご執心になってからも変わりましたけれどその熱が冷めてからがまた…なんというか……」


「さらに変わったというか違う方向に変わられたというか…」


「つ、冷たさはなくなりましたわよね」


「え、ええ!お優しくなられましたわ」


奥歯に何かが挟まったように、侍女同士目配せしつつ、言い出すタイミングを計りながら皆が誰か切り出すのを待っていた。


「……風邪をひかれたのも、先日の台風の中をわざわざ街に出かけたからだそうですわ」


切り出した侍女の言葉に

皆が一斉に身を乗り出した。


「あの台風の中をですか?!」


「それほど大事な用でしたの?」


「いえ…何でも仕立て屋に、行ったのだとか……」


「し、仕立て屋に…?」


一様に怪訝な顔になり、

皆黙り込んだ。


「スーツを仕立てに行かれたそうですわ…」


「スーツ…」


「何故スーツ……」


「軍服も注文しようとしたそうですが色に迷ったとかで。女性は何色が好きなのかと、聞かれました…」


何もわざわざ、台風の日に行かなくてもいいのでは、と

侍女達の頭に疑問が浮かぶのも当然であった。


「仕立て屋の方も、店を閉めていたそうですが台風の中わざわざ来るくらいだから急ぎなのだろうと開けてくれたとか。」


「そうですわよね、そう考えますわよね」


「注文した後、今度は美容院に行かれたそうです」


「美容院にもですか?!」


「ものすごい台風でしたわよね?!」


そういえば長かった髪が短くなり、ますます素敵になったと喜ぶ令嬢と、長い方が素敵だったと嘆く令嬢とで意見が分かれていた。


「そんなに急いで切るご用があったのでしょうか…?」


「さあ…結果、熱を出されて寝込んでいらっしゃいますし、急用があったとしても行けなかったのではないでしょうか?」


侍女達もまさかシルヴィが、気になる令嬢の、好みに近づくための行動であったとは思わない。

その相手に、褒められて満足したことで安心して熱を出したとは思うはずがないのであった。


「それは…あの台風の中を何軒も歩き回っては熱も出されて当然ですわね」


「あの…」


おずおずと手をあげた侍女に


「まだ何かあるの?」


ともう興味を隠さない侍女達が身を乗り出した。


「い、今の話を聞いて…思ったのですが…シルヴィ様は一体何着のスーツを新調されたのでしょうか?」


「どういうこと?」


手をあげた侍女は手はそのままに小さく頷くと

言いにくそうに続けた。


「こ、侯爵家から…その、仕立て屋から高額の請求が届いたそうで……一体何を注文したのかと…と、問い合わせが……」


シルヴィは寝込んでいるため、本人には快復し次第伝えて返答させると侍女から学院に伝え、学院から返答してある。学院側からも、何か気づいたことはないかと聞かれたが、いつもついているわけではない侍女らにはわかるはずがなかった。

話を聞くにつれ、侍女達はどん引いて、やがて届くかもしれない大量のスーツと軍服を想像して青くなった。


「そ、それで理事長が…」


「今度は何?!」


また別の侍女の言葉に

一斉に視線がうつる。


「いえ…理事長から、シルヴィ様に伝えるようにと言われたことがあって……」


ごくり、と

飲み込む音がそこかしこから聞こえた。


「な、なんて……?」


「……………申請は、許可できないから、学院では…制服を着用するように、と………」


「シルヴィ様は学院でスーツか軍服を着ようとされてるということ?!」


なんていうこと、と

侍女達はとうとう言葉を失った。


意味がわからない。


侍女達の想いはその一言に尽きた。


彼女達はプロだ。

ここで得たどんな内容であれ、外で口外することはない。子女達の世話をする間でさえ、余計な口出しはしない。

だが、彼女達とて人間である。

こういう侍女仲間同士の、この場限りの噂ならば、許されているしどうしたってしてしまう。一歩この場を出れば、口をつぐむがためにこの場においては止められない。


「………と、とにかく、早く回復されるといいですわね」


侍女の一人が、気を取り直して話をまとめにかかった。

空気を読んだ別の侍女も、それにのっかり頷く。


「え、ええ。お見舞いの品が届くたびにシルヴィ様はご自分で送り主を確認していらっしゃるようですし、早く学院に戻りたいのでしょう」


それもまた、気になる子からの見舞いの品を探しているのだが彼女達に知る術はなく。

初日にシルヴィの看病を担当していた侍女がそっと視線を逸らしたことに気づく者もいなかった。


その侍女は見てしまっていた。

届いたお見舞いの手紙の一通を手に取ったシルヴィが、乙女のように頬を赤らめ、大事そうにその手紙を抱きしめていたのを。

そして侍女は見なかったことにした。故に、この場でも誰にも言わなかった。見なかったのだから当然である。




今のところ、シルヴィが新しい恋をしていることに、



気づいているのはその侍女、ただ1人であった…―――。

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