第39話「着ぐるみ世界の終わりの始まり」
かくしてわたしとルルとの話し合いは不調に終わり、
着ぐるみからの解放運動は開始される前に暗礁にのりあげた。
ルルったら…
なんとしてでもわたしに押し付けようとするんだから。
自分は安全な場所で高みの見物をする気なんだ。
それはわたしがすることなのに!
「わたしの役目はあんたにキャバ嬢テクを指導して攻略成功に導くアドバイザーよ。特別にお金はとらないから感謝しなさい。」
とか詐欺もいいところだ。
騙されてなるものか!
あれだけひどかった台風も去り、翌朝わたしは数日ぶりに登校した。
「ユーリア嬢!もう体調はいいのですね、心配しました。」
クラスに入ると数日ぶりにお会いするシルヴィ様にお見舞いのお礼を述べる。
「ええ、もうすっかり。お見舞いのお花をありがとうございました。」
シルヴィ様と向き合いながら、ふと自分が恐怖を感じていないことに気づき心の内で驚愕する。
「いえ、元気になってなによりです」
「シルヴィ様…」
どうしてだろう。風邪で休むほんの数日前まではここまで克服はしていなかったはず。なのに今、本当に普通に…当たり前に話せてる。
そこまで考えてようやく答えに辿りつく。
そっか、ルルだ。
ルルと話せたからだ。
前世の記憶を取り戻して、普通の姿になりたがってるルルと仲良くなれたことで、
シルヴィ様に対しても恐怖を感じなくなってるんだ。
ルルには恐怖を感じたのは一瞬で、もしかしてと思ってから話し合うまでずっと怖いなどとは感じなかったもの。むしろルルとの掛け合いはものすごく面白かった。
「……シルヴィ様、」
ルルのようにシルヴィ様も、中には普通の人間が入っていて、「早く人間になりたい」と叫んでいるかもしれない。そう思うと、恐怖を感じるなんてとてもひどいことなのではないかと反省する。
「シルヴィ様………少し雰囲気変わられました?」
わたしは頬に手をあてて、首をかしげつつしげしげとシルヴィ様を見上げる。
数日ぶりにお会いするせいか、シルヴィ様はどことなく以前と違って見えたのだ。わたしの意識が変わったせいだろうか?
「き、気づきましたか」
シルヴィ様は何故か照れくさそうに頬をかく。
「少しばかり…」
「ああ!髪を切られたのですわね!」
はたと答えに辿りつき、わたしは納得して大きく頷いた。
シルヴィ様は長く伸ばして結っていた髪の毛を、ばっさりと切っていたのだ。
「っそうなのです!べ、別にあなたに言われたからではありませんからね、誤解のないように言っておきますが。わたしはわたしの意志で、気分転換といいますか、短いのもいいかと思いまして…」
「ええ。誤解なんてしませんわ。ですが、とてもお似合いですわよ。素敵だと思います。」
わたし何か言ったっけ?
よく覚えていないけどわたしの言ったことをシルヴィ様が実行したなんて思うはずがない。
シルヴィ様はストレートに褒められることに慣れていないのか、わたしの素直な賛辞に顔を赤らめ嬉しそうだ。こうして見ると、シルヴィ様も普通の少年なのだとミラ様に思ったことと同じことを思う。
「髪の毛のお手入れもされました?以前と髪質が変わられたように見えますわ」
前は毛糸にしか見えなかったのに。
今のシルヴィ様の髪の毛はエイレーン様やルルと同じように、細くサラサラで色さえのぞけば人間の髪の毛を変わらなく見える。
「いえ、さすがに髪の手入れなど令嬢のようなことはしていないのですが……」
「そうですか?ならわたくしの見間違いですわね」
男としてそこまで手入れしているとばれるのは恥ずかしいのかも、と追及することはやめておく。
わたしは席につき、同じようにそのまま隣の席についたシルヴィ様からまだ何か言いたそうな気配を感じて視線を向けた。
「実はですね。あなたに言われたからというわけではないのですが、今、注文しているところなのですよ。」
「…何をですか?」
「スーツですよ。いえ、あなたに言われたからではありませんからね?休みの日に着ようと思っただけですから。たまたま仕立て屋に行ったのでついでに頼んだだけで。」
「はあ…スーツを休日に着るのですか?」
変わってますわね、とは言うのはやめておいた。
スーツを着るのは仕事のため、働く男性の戦闘服であり、休みの日にまでスーツを着たいと思う人はあまりいないと思うのだがシルヴィ様はどうやらわざわざ休日に好んで着たいらしい。学院での男性の制服はブレザーのような形で、スーツとあまり大差はないように思えるけれど。
「軍服も注文したかったのですが…色に迷いまして。ユーリア嬢は何色がいいと思いますか?」
「色…?」
色…
軍服の色…
そう言われれば何色が一番いいだろうか。
「…あまり奇抜な色はやめておいた方がいいかと。ですが白も素敵ですわよね…緑、はあまり好きではないかもしれません……」
軍服ってそもそも何色だっけ?
「白ですか…」
でも軍人でもないのに軍服って着ていいものなの?
そもそもファッションとして着るものでもなくない?
「レイトン様にご相談されてはいかがですか?」
確かレイトン様は将軍家の方だったはず。
軍服のことなら詳しいだろう。
もしかしたらシルヴィ様は将来文官ではなく武官になりたいと考えているのかも。そういうことなら、幼馴染でもあるレイトン様に相談するのが一番だ。
「そ、そうですね…」
「ええ」
それともシルヴィ様は急におしゃれに目覚めたのか。
若干方向性が間違っているような気がしなくもないが、スーツも軍服も乙女の萌えを的確におさえてくるところはさすが眼鏡かけてるだけはある。
「よろしければ届いたら一度見せてくださいね」
「え、ええ!もちろんです。」
「ユーリアさん」
「っカミュ先生!」
お昼休みが終わる頃、ちょうど1人で歩いていたところを珍しく保健室ではない場所でカミュ先生に会った。
わたしは見えない尻尾をぶんぶんにふりまくってカミュ先生に駆け寄る。
教室へ向かう中庭の渡り廊下で、カミュ先生は反対側の校舎から出てきたところだった。
「すっかり元気そうですね」
「はい!カミュ先生のおかげです!」
リアって呼んでくれないのかな。学院だから?ユーリアさんって響きも優しくて好きだけどリアって呼ぶ時の声も甘くて好き大好き!もう一度“わたしのリア”って呼んでほしい!本当に呼ばれたらわたし発狂しちゃいそうだけど!
「どうしました?」
「いえ……」
なんか悪寒がすると思ったら。いつかルル達がショーをやってた中庭の方から視線を感じる。それとなく見れば、木の幹に隠れきれていない身体とピンクの髪が見える。ひよこはお尻が見えてるものだけどルルはほぼ全てが見えてるんだけどつっこみ待ちなの?
「――言ったでしょう?」
ルルに気をとられている間にカミュ先生の顔が耳元のすぐ傍にあって心臓が跳ねる。
カミュ先生は身体をかがめてわたしの耳元に唇を寄せていて、わたしの全神経が耳に集中する。耳元で囁かれるカミュ先生の声は甘く優しく妖しくて…――まるで甘美な媚薬のようにわたしの全てを支配する。
秘め事を囁くようにカミュ先生は
「よそ見は駄目ですよ、リア」
と……。
けれどわたしは同時に目を見開いて中庭を凝視した。
「ルル…?」
木の幹に隠れているらしきルルが
こちらを見てにんまりと
すごく嬉しそうに笑っていたのだ。




