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第34話「事件は学院ではなく、女子寮で起こる」

おはよう小鳥さん!改めましてわたし、カミュ先生のリア!


すっかり風邪が全快したわたしは爽やかな朝を迎え、部屋の小窓を開けると木々に止まって鳴く小鳥さんに挨拶をした。小鳥さん、本当はいないけどいる体で。朝日は眩しく快晴で吹き込む風は心地いい。

ああ、なんて清清しい朝なのかしら!


「台風ですので窓はお閉めください」


「…はい。」


プロ侍女さんにあっさり妄想を崩され現実へ戻される。


「台風のため本日は休校でございます。」


「そうでした…」


窓の外はわたしの妄想とはま逆の台風だった。強風が吹き荒れ、雨が窓を叩く音はすさまじい。わたしの新しい門出になんと不吉な…!


わたしは快復したばかりなのでプロ侍女さんはもう1日、今日まではついてくれるそうだ。お世話になります。


「お見舞いのお返事をされますか?」


「はい。そうします。」


寝込んでいる間にいただいたお見舞いに昨日からちまちまと返事を書き始めてはいたのだが、どうせ今日は登校するのだから直接お礼をと思ったのだけど、あいにく台風で学院は休校。もう体調に問題はないしここは大人しくお礼状をしたためることにする。


「ほとんどの宛先は寮内ですし書きあがりましたら後ほどお届けします。」


「お願いします」


外は強風吹き荒れる台風だけど、お見舞いをくださった方々のほとんどは学院の寮内にいるので手紙を届けるのに問題はない。

男子寮と女子寮は建物こそ別であるが中から行き来はできるように繋がっている。もちろん中までは入ることはできない。ただ入り口で相手を呼び出したり物を預けたりすることは可能ということだ。


理事長先生とカミュ先生だけは寮にいないので今日中に渡すことは無理だろうけど…


意識して気分を引き締めていないとうようよ動いてしまう口元。湧き上がる喜びが堪えきれない。


『わたしのリア』


脳裏に蘇る昨日の光景。カミュ先生の甘い声と優しい瞳。耳元で囁かれた言葉は“わたしのリア”――

リア、リア、リアって……!


「はいカミュ先生!あなたのリアです!!」


「お嬢様」


「……独り言です。」


ああ駄目!何度戒めてもすぐに頬が緩む。人生薔薇色とはこのことね!!やったわお父様!平凡だお転婆だ残念だと言われ続けたわたしもついに理想の結婚相手を自力でゲットしました!我が可愛い妹よ!お姉様はやったわ!優しくて素敵なお義兄様を連れて帰るからね!お母様こんなわたしでも可愛いと言ってくれる人を見つけました!


「…お嬢様、お見舞いの御礼を書くのでは?」


「あ」


家族への報告の手紙を書いちゃってた!プロ侍女さんなんでわかったの?


「口に出ておりました」


わたしったらつい!

まだ報告するには気が早すぎるわよね?正式なお付き合いもまだだしプロポーズもされてないんだから!

でも――


「お嬢様、日が暮れます」


「すぐ書きます!!」


このやり取りもかれこれ5回くらいやっちゃってるかもしれない。

最後の方はさすがのプロ侍女さんも呆れ顔だった。











プロ侍女さんの予言通り、全部の御礼状を書き終わったのは日が暮れた頃だった。届けるために侍女さんが出ていってからしばらく、


事件は学院ではなく、女子寮で起こった。


「ねぇ、わたし綺麗?」の口裂け女もどきが現れたのだ。

それは一室一室順番に訊ねてくるという。ノックがして扉を開けると――


「ねぇ…本当にわたし、可愛いと思う―――?」


噂は噂を呼び、()()がわたしの部屋にたどり着く前にわたしの耳にも入った。レイチェル様とエイレーン様が助けを求めわたしの部屋に駆け込んできたのだ。三人で身体を寄せ合い、ガタガタと震える。プロ侍女さんが戻ってくるのとそれがやってくるのとどっちが先だろう。


「い、いいいいいい今どの辺でしょうか?!」


「ほほほ本当に来るのでしょうか?!」


「う、噂では、一室ずつ回ってるとか!」


「ならばもっと大勢の方と合流した方がいいのでは?!」


「ででですが今外に出て遭遇したら…!」


「それに皆様がどの部屋に集まってるかわかりませんし!」


「探してる間に遭遇したら?!」


どのみち遭遇するのが早いか遅いかの違いかもしれないけれど、待ち受けるのと逃亡先を探している時に遭遇してしまうのではどっちが怖いだろうか。どっちも怖そうだけどわたし達は協議の結果このまま動かず待ち構えることにした。もしかしたらその前にプロ侍女さんが戻ってきて退治してくれるかもしれないし!プロ侍女さん怖いものとかなさそうな感じだし!


「け、警備はどうしたのでしょう?!」


「学院の女生徒ということですから警備の方も動けないのでは?!」


「女生徒は女生徒でも幽霊の女生徒なら警備員さんのお仕事じゃないのですか?!」


口裂け女さんも幽霊だよね?!化け物?!

とにかく回ってきた噂では学院の女生徒らしきものが自分が本当に可愛いか確認してくるらしい。聞かれた方はパニックで相手をよく見ていないからそれ以上詳しいことは不明とのこと。大体皆様その後卒倒してしまうらしいからほとんどが聞かれる前に逃げ込んだ人の証言というのも詳細が不明な理由だ。皆様貴族のご令嬢なので繊細なのだ。逃げただけでも気丈といえる。


「た、確か対処方法は『きれい』と答えると『これでも―?』って裂けた口を見せられて『きれいじゃない』と答えると切り殺され……」


「どっちも対処できてませんわよユーリア様!」


あわわわわわわほ、他には?!他にはなんだっけ?!今こそ蘇れ前世の知識!


「…っポマード!ポマードって3回唱えるんですわ!」


「ぽまー?」


「いや違う!べっこう飴!口裂け女はべっこう飴が好物で…いや嫌い?金平糖?!」


「どどっどっちなのですかユーリア様!」


「どちらも持ち合わせておりませんわよ?!」


「この世界べっこう飴あったんですか?!」


アイテムは駄目だ!急に来られても手持ちがない!

言葉だ!何か口裂け女に有効な言葉!


「……に、ニンニク!ハゲ!犬が来た!」


「なんですのそれは?!」


「それで逃げ切れますの?!」


「唱えるのです!確かこれを唱えれば逃げていきます!」


「にんにく?!」


「はげ!」


「犬が来た!」


声を揃えて唱えましょう!さあもう一度!


「…“普通”!ユーリア様!『普通』と答えるのはどうですか?!最初の問いに!」


「それだ!!!」


そしてついに――


()()がわたしの部屋まで……


コン


「っひい!」


「きききききましたわよユーリア様!」


コンコン


「こここのまま扉を開けないというのはどうですかね?!」


コン…コンコンコン


「きゃあ!エイレーン様!!先ほどから静かだと思ったら失神してます!エイレーン様!しっかりなさって!!」


コンコンコンコン


………キーーーーーー


「ユーリア様……と、扉………」


「か、鍵をかけるの…忘れてました……」


開いた扉から



大きな人影が現れて――




「ねぇ…本当にわたし、可愛いと思う―――?」

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