第33話「カミュ先生の甘い診察」
ルル嬢の停学があけた日、
入れ替わるようにわたしは学院を休んだ。風邪が長引いて寝込んだためだ。
だから復学したルル嬢がどうしているかとか、アレク様達で話し合いはもたれたのかとか、ルル嬢が納得したのかとか何も知らなかった。
あの日ルル嬢の断罪に一役買ってしまった身としては少しばかり気になっていた。停学中の寮で、ルル嬢が大暴れしていたこともそれに拍車をかけていた。
寮の自室にはお見舞いの花やメッセージカードなどが届けられ、こういう時だけはつきっきりで看病してくれる学院で雇っている侍女さんによれば、アレク様にシルヴィ様、レイトン様になんとミラ様からもお見舞いが届いているとか。キース理事長からは果物が届いて、熱がある時は普通の食事は喉をとおらないからありがたかった。
レイチェル様とエイレーン様はお見舞いに顔を出してくださる。わたしの体調を気遣って短時間で引き上げていくけれど寝込むと人恋しくなる不思議があるからわずかな時間でも顔を出してくれるのは何より嬉しかった。
そしてカミュ先生は――
「おはようございます、リア。具合はどうですか?」
きゃぁぁぁぁあリアだってリアだってリアだって!!
いつの間に愛称呼びに?!気づいたら一気に進展してたんですけどどういうこと!?
「…おはようございます。はい、もう大分よくなったみたいです。」
嬉し恥じらう乙女のわたしはシーツを鼻までかぶって入ってきたカミュ先生を見上げる。胸はドキドキするし下がったはずの熱がまだあがってしまいそうなほどだ。傍に侍女さんがいなければキュン死するか壊れてたかもしれない。侍女さんのおかげでなんとか醜態をさらさずにいれてるギリギリのラインだ。もうジタバタしたいくらいキュンキュンだ。
先生はお医者さんなので生徒が寝込んだ時はこうして往診するらしい。傍に侍女さんさえいなければこのままお医者さんごっこを――
「まだ少し熱いですね」
それは妄想を爆発させちゃったからかもです。なんて言えない。
「薬はちゃんと飲めてますか?」
「はい」
わたしの額に手をあてて、優しい瞳でわたしを見下ろすカミュ先生。ああああああ、好き。好きです!もうわたしふらついたりしません!だからお婿さんに来ませんかカミュ先生!
わたしの心の声が届いたみたいに微笑んでくれるカミュ先生が、ベッドのサイドボードに置かれた手紙を手にとった。わたしもそれを見て
「父からなんです」
と聞かれる前に答える。
「…遠く離れて暮らす大事な娘が寝込んでいては、ご両親も心配でしょう。早く元気になりましょうね。」
だからキュン死するって!!!
「…はい」
父からの手紙はすでに目を通した。やっぱり寝込むと特に家族が恋しくなるもので、無理をしてでも父からの手紙だけは読んだのだ。わたしが寝込んだことを知ってからの手紙ではなく、以前書いたものの返事でありただタイミングが合っただけなのだが、懐かしい領地の香りまで運んでくるような封書に弱った心では涙まで滲んでしまった。
それも、中身を読んでひっこんだが。
「お父様は、なんと?」
「……わたくしが風邪をひいたのを知っての手紙ではないので、特には。」
―『お前の言ってる意味がわからない。』―
父からの手紙には一言、それだけが書かれていた。そりゃ涙もひっこむ。
そういえば寝込む前、ちょっと頭が混乱しておかしくなっていた時、領地のお父様にあるお願いをしたためた手紙を送ったのだった。これはその返事なのだろう。
美しい父子の愛情を信じて疑っていないようなカミュ先生の視線が気まずくてそれとなく視線をそらし遠い目になる。
あの時は、着ぐるみパニックだったのだ。
あまりに着ぐるみとの距離が近づいていくから、ちょっと、わたしもおかしくなっていた。
だからって
―『お前の言ってる意味がわからない。』―
はないでしょう、お父様。もうちょっとなんかこう、なかったの。もっと娘を心配しようよ。冷たい。
まあ、確かに。意味不明な手紙だったとは思うけど。
着ぐるみを送ってくれ、だなんて。
なかったらオーダーメイドでわたし仕様に作って送ってくれ、だなんて。
言われてお父様も意味はわからなかったんだろうけど。
頭上でカミュ先生が笑う気配がした。
「先生?」
「ユーリアさんは、人気者ですね。お見舞いの品が毎日増えてます。」
「皆様がお優しい方々なだけですわ。」
また改めて思う。
アレク様もシルヴィ様もレイトン様もミラ様も。もちろんエイレーン様も。
着ぐるみかどうかなんて関係ない。ちゃんと人の心を持った優しい人達だった。勝手に怖がってばかりのわたしを許して気遣ってくれる。
「学院の方は、どうですか?」
ふと思いつき、尋ねた。寮で大暴れしていたルル嬢は復学後どうしているのだろうか。彼女こそおかしくなっていたみたいなので心配だ。
先生が侍女さんに目配せして、ベッド横の椅子を入れ替わって先生が座った。侍女さんは少し離れて、扉の近くで待機してくれる。そう、今までずっとすぐ傍に侍女さんがいたのです。学院の侍女さんってスーパー侍女さんです。今まで完全に気配を消してました。とことん無言を貫き通すその姿勢、プロですね!
「変わりありませんよ。あなたがいなくて静かなものです。」
「ひどいわ。」
カミュ先生が笑う。
またどきんと心臓が跳ねた。
「アレク様達は、その……」
「…サンチェ子爵令嬢のことですか?」
わたしは頷いた。
「話し合いはした、と…聞きましたが」
「ルル嬢はそれを受け入れたのですか?」
停学から戻ったら逆ハーが解散してたなんてルル嬢、大丈夫かな。
職員会議の時いまいち現状を理解できてないみたいだったけど。
「ええ…不気味なくらい何も言わなかったということでしたが……今では近寄りもしていないようですよ。」
彼女もきちんと反省したのかもしれませんね、とカミュ先生。
「味方になってくれなかったアレク様達に恋心が冷めたのかもしれませんね」
カミュ先生の手が伸びてきて
優しくわたしの額にかかった髪をなでる。
「彼らは飽きやすくて惚れっぽいようだ。リアも、気をつけなさい。」
「わたし…?」
あんなにルル嬢に求愛していたアレク様達だもんね。そう言われても仕方ないのかも。けど、彼らは彼らなりに考えて、頑張って気持ちを切り替えたのかもしれない。と、思えるほどにはわたしはもう彼らの人となりを知っている。好きになるのも一瞬なら、冷める時も一瞬だということもまた、前世の記憶からわたしは知っている。
それにしてもわたしも気をつけろとはどういう意味だろう?
「リアも、実は惚れっぽいでしょう?」
「せ、先生っ」
悪戯っぽく笑うカミュ先生。
馬鹿な子供をあやすみたいなそれに悔しいけどまだドキドキした。
「でも――」
そっとカミュ先生の顔が近づいてきて
「よそ見はいけませんよ、わたしのリア」
耳元でカミュ先生が囁いた―――――。




