第30話「緑のヤンデレ着ぐるみをぶった切る」
「その生意気な口、黙らせてあげようか――?」
掴まれた顎に近づいてくる大きな顔
そこでやっと、わたしは今自分が何をされようとしているのかを理解した。
そして…――
「っ!」
わたしはミラ様の股に向かって足を振り上げた。
咄嗟のことで渾身の力をこめられなかったことが悔やまれる。相手との距離も近すぎて下から上へ振り上げるのもやりにくくていまいちうまくいかなかった。が、
「………何してくれてるの?」
阻止することには成功したようだ。わたしは急いで後ろに飛んだ。
「……何?その変なポーズは。」
呆れたようなミラ様の問いに
わたしは大きく頷くと構えをとったまま反復横飛びをしてみせる。
「臨戦態勢の構えですわ」
「意味わかんないんだけど。」
護身術でも習っておけばよかったが貴族の令嬢がそういったものを習うことはなく、そもそも護身術が存在するのかどうかもわからない。大体貴族の令嬢といえば守られるものであり危険な場所へ行く場合は護衛を傍に置くのが普通である。
咄嗟に動けたのは僥倖であった。さすがわたしである。一瞬蹴ることも浮かんだのだが足をあげてから曲げて蹴るという3つの行動を瞬時に行うのは難しいと判断し、そのまま下から上へ振り上げることを選択した。目的は威嚇であり致命傷を与えることではない。いい判断であったと自分で自分を褒めてあげたい。
「いや、そういう解説はいらないんだけど。なんでそういう考えに至ったのかが信じられない。ここは普通、抵抗するにしてもビンタくらいじゃないの?」
「嗜虐趣味ですの?」
ビンタしてほしかったのか?
ますます恐ろしいヤンデレ着ぐるみだ。
「何でそうなるのさ!本気で信じられない人だな!」
そろそろ息切れしてきたので反復横飛びをやめる。構えはそのままだ。
上手くいった興奮がわたしから恐怖から遠ざけてくれている。
「言いすぎたことは謝りますが蹴り上げたことは謝りませんわ。正当防衛ですから。」
「蹴り上げた…」
若干、ミラ様の顔が引き攣り苦しそうになる。軽い衝撃だけで痛みは与えられなかったみたいなのに言葉でダメージを受けるとはなんと弱々しい着ぐ…少年だ。
「それにしてもミラ様。腹がたつことを言われたから迫るという方式が成立する意味がわかりません。やはり嗜虐趣味がおありで?」
「だから何でそうなるのさ!」
今度はわたしが眉を寄せる番だった。
「ならばもうひとつだけ、言わせていただいても?」
「……聞くのすごく怖いけど、何。」
多分これ前世からの考えなんだと思うんだけど。
「顎クイも壁ドンも股ドンも…『イケメンに限る』ですわよ!しかも許されるのは漫画やドラマの中だけですわ!!」
「全く意味がわからない!アンタさっきから何言ってるのさ?!」
その時だった。
押し殺した笑い声にわたし達は振り返った。
「くっ……ごめ…っっくく…っ」
「理事長先生…?」
「理事長?」
保健室で会った理事長が、声を押し殺し笑って立っていた。
口元に手を当てて笑いをかみ殺す様子もイケメンは絵になるときた。それにしてもどこから見られていたのか、全く気づかなかった。
かぁぁぁあっと頬に熱が集まり、羞恥に駆られ抗議する。
「見ていたのなら助けてください!」
「いや、ごめ……そのつもりだったんだけど…君、あまりにも、あれ…くっ……だから…」
笑いすぎていて理事長が何を言いたいのかがわからない。
わたしは慌てて構えを解くと恥ずかしさに小さくなる。人間イケメンに乙女らしからぬところを見られた…!
「いやほんと…すぐに助けるつもりだったんだよ。けど、その前に君が……っくは…!駄目だ思い出したらまた…っっ」
ピンチに王子様が助けてくれるのはお姫様だけだからわたしは自分の身は自分で守ろうと思ったのに!
あのまま大人しくしてれば助けてもらえてたなんてなんて勿体無いことを…!!
「……先輩?」
低い声が響く。
ミラ様が怒りのオーラを放っていた。
「なんで僕には平然としててそこの理事長?には赤面してるのかなぁ?喧嘩売ってる?それとも本気で趣味悪いの?」
失礼な!!
「だから何その顔」
「いえ…ミラ様があまりにも、その…」
「何だよ!!」
「……言っても怒りません?」
「言えよ!」
「いえ、やっぱりやめておきます。」
だってもうすでに怒ってるし。
わたしはそっと笑いを噛み締め、手の甲で口元を隠してミラ様に聖母の微笑みを贈った。
ナチュラルにナルシスト発言ってどんだけ~
「心の声が駄々漏れなんだよアンタ!」
「ふふ。ご冗談を。わたくし、本音と建前はきちんと使い分けられてましてよ?本音はきちんと心に仕舞っております。」
「それ認めてるも同然だろう!」
おやおや。馬鹿にした先輩呼びからアンタ呼びに変わったな。
なんだ、この年下着ぐるみ意外に可愛いところがあるじゃないか。
「今度は何だよ…」
何故かミラ様の方がわたしから距離をとる。
後ずさるその顔色は悪く、まるで嫌なものを見るかのような視線を向けてくる。
ふむ、ちっとも怖くないぞ。
もしかしてわたし着ぐるみ克服?!
「そちらが本当のミラ様のお姿なら可愛いのにと思っただけですわ。ふふ。」
可愛い子ぶってるのより今の方が年相応の自然さでいいと思うな。
「~~っ!」
「ユーリア君?そこまでにしてあげようか。さすがにちょっと…可哀想になってきたから。」




