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第29話「赤着ぐるみの餌付けと緑着ぐるみの遊戯」

「とりあえずわたくし、長髪の男性はあまり…。眼鏡とスーツは大好物なのですけれど。軍服もありですわね。」


もしかしてマーシャル様に代わる誰かを紹介してくれるつもりなのだろうか。シルヴィ様も意外に気遣いの人である。

それを聞きたくてわたしに話しかけるタイミングを窺っていたのなら申し訳ないことをした。もっと早くお話すればよかった。


わたしが答えを返してから、何故かシルヴィ様は固まったように黙ってしまったけれどちょうど教師が入ってきて授業が始まったのでわたしは前を向き授業に集中することにした。


でも…。


カミュ先生…


脳裏に浮かんだ先生の面影にぽっと自分の頬が染まる。カミュ先生も眼鏡。眼鏡とスーツの組み合わせが一番好きなのだが、眼鏡と白衣というのも素敵なのだ。というかカミュ先生が素敵。


会いたいけど…哀しいほどに健康なのよね、わたし…。


どうも着ぐるみ耐性がついてしまったようで、レイトン様に遭遇して話しかけられてももう気絶もしなければ気分も悪くならない。恐怖、というよりも近頃では……


あんの赤着ぐるみ…わたしを動物かペットみたいに扱ってくれて…!!


おのれ自分こそがペット的存在のくせに!


赤着ぐるみのレイトン様は、すっかりわたしをを友人と位置付け、遭遇する度に声をかけてくる。気配を感じてわたしが逃げ切れる勝率は五分五分といったところか。日に日に勝率は下がっていっている。何故だ。


しかしレイトン様は意外にもわたしが人前でお話するのを避けたがっているということを察してくれてはいるようで、周囲に多くの生徒がいる場合は軽い会釈だけに留め話しかけてくることはない。逆に周りに人が少なければ、にこやかに有無を言わせない迫力でもってして俄然話しかけてくるのだが。


「やあ、ユーリア。イートン伯爵令嬢も。今からお昼か?」


「…ご機嫌よう、レイトン様」


レイトン様はルル嬢のことで教室にわたしを呼び出しにきたことがあるので、当然レイチェル様もわたしとの接点を知っている。うっかり気絶して保健室に運ばれたことも少しばかり噂にもなったし、このように話しかけられても不思議には思わないようだ。

レイトン様もあまり会話を長引かせることはしないでくれるし、レイチェル様と一緒にいる時に声をかけられる方が多いので嫉妬の対象にならずにすんでいることも幸いだ。


「ええ。よろしければレイトン様もご一緒しませんか?」


レイチェル様の誘いに

レイトン様がちらりとわたしを見た。

それにわたしは完璧な作り笑顔でもって無言を貫く。


「光栄だが…やめておこう。鍛錬もあるしな。またの機会に誘ってくれ。」


「そうですか、残念ですわ…」


空気を読んでくれたレイトン様と本気で残念そうなレイチェル様。すっかりこの着ぐるみにほだされて……!


「そうだ。ちょうどいい。食後のデザートにでもこれを食べてくれ。」


「まあ!いつもいつもよろしいのですか?」


「ああ。あまり甘いものが得意ではなくてな。もらってくれると助かる。」


「ありがとうございます、レイトン様!」


「アリガトウゴザイマス、レイトンサマ」


気がついて、レイチェル様!わたし達餌付けされてるから!毎回毎回お菓子でわたし達を釣ろうとしてるのよこの着ぐるみは!大体甘いものが苦手ならなんでいつもお菓子を持ち歩いてるのよ!この着ぐるみはわたし達をペットかなにかだと思ってるのよ!自分こそがペット的な存在のくせして!


レイトン様からの視線を感じて

受け取ったお菓子から顔をあげるとやけに優し気に目を細めているアニメ顔があった。


「…じゃあな、ユーリア。しっかりたくさん食べてこいよ。」


そう言ってポンっとわたしの頭に手を置き2.3度軽く叩くと

レイトン様はそのまま去っていかれた。


「レイトン様は見た目は少し怖い印象もありますけど…気さくでお優しい方ですわね……」


隣でレイチェル様がうっとりと呟く。


が。


餌付けして太らせた後食べようとしてることなどお見通しだ!!!











「せ~んぱい」


「ぴぎゃぁあ!」


そして次に来るのが緑の着ぐるみである。ミラ様だ。


「あはは。相変わらず可愛くない悲鳴、最高」


この着ぐるみ…いや、ミラ様。着ぐるみも人間、着ぐるみも人間、外見ではなく中身を見る、怖がらずに着ぐるみを知る努力を……よし。

心の中でお経のごとく繰り返し念じてから後ろを振り返る。


「ミラ様……」


このミラ様はわたしが1人になったところを狙ってやってくる。周囲に人がいないこともミラ様出現の条件だ。わかっているのなら1人にならなければいいのだがそうもいかない。あまりレイチェル様にべたべたしすぎて気持ち悪がって嫌われたらショックだ。女同士とはいえ、ほどよい距離を保ち必要以上に踏み込まず、しかしここぞという時にはぐいぐいいくのがきっといい。長くお付き合いできるコツだと思う。


「うん、頑張ってるみたいだけど全然嫌悪感隠せてないから、先輩」


「……わかっているのならやめていただきたいのですが」


ミラ様はこうしてわたしが一人になったところを狙って背後から、背後から!わざとびっくりさせるように声をかけてくる。突如背後から大きな着ぐるみに襲われるわたしの恐怖といったらもう。心臓が縮みあがる勢いだ。しかも両肩に手を置いてきたりするのだからとんでもない。


「だーめ。だって先輩の顔面白いんだもん。」


着ぐるみに言われたくないセリフNo1!!


このヤンデレめが…!わたしを怖がらせて楽しんでいるのを隠しもしやがらない!


「あは。今度は憤怒の顔だね。さっきは能面だったのに。あははははとてもご令嬢の顔じゃないって先輩超ウケルお腹痛い」


「ミラ様」


わたしは努めて冷静に、静かな口調で言ってやった。


「15にもなった男の方が、『もん』だなどと言って許されるのは物語の中だけでしてよ。正直申しまして、痛いです。」


「……は?」


ふん。ざまあみやがれですわ。

やられっぱなしのわたしではないのだ。


いまだキャラクターショーの舞台の上にいるつもりなのかもしれないがここはリアル。リアルで「もん」は痛い。


「『もん』って…3つ4つの幼子くらいですわよ、そんな言葉遣いするのは。5つにもなれば男の子も立派に殿方らしい話し方をしますわ。ミラ様は…いつまでも心がお若いのですわね?」


途中わざと笑ってあげた。THE貴族令嬢っぽい嫌味な言葉でだ。


「へえ……」


ミラ様の声が低くなる。


「いい度胸してるじゃない……本当は怖いくせに虚勢はって無駄な足掻き、必死だねぇ、ユーリア?」


ほらみろ!普段のボーイソプラノも演技じゃないか!本当の声は今の声なんでしょ!15歳ならもう声変わりしてる人の方が多いもんね!


じり…と

ミラ様が距離を詰めてくる。

先程振り返ると同時に基本行動としてミラ様との間に一定の距離をとっていた。その距離がじりじりと縮まる。


「先輩、自分で自分の首を絞めたの、わかってる?」


「ちょっとやり返しただけなのにこれくらいで怒るなんて心が狭いのではなくて?!」


ヤバい。

ヤンデレを怒らせてしまった!


一瞬で自分のしたことを後悔した。ついカッとなってやった。後悔しています!!

またやってしまった!


「なるほどねぇ…ちょっと、殿下達の気持ちがわかったかなぁ…?」


ただでさえこのヤンデレにはルル嬢のことで恨まれてるのにわたしの馬鹿馬鹿馬鹿!

短気なところ治さないと寿命真っ当できないわよわたし!



「その生意気な口、黙らせてあげようか――?」



あっという間にミラ様との距離は0になり

顎を掴まれ

持ち上げられた眼前



大きな大きなミラ様の顔がゆっくりと近づいてきた―――。




ついに殺害予告されました。

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