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第2話「眼鏡の銀着ぐるみにドナドナされる」

この世界は身分社会だけどその縛りはそこまで厳しくない。

同じ身分の者同士で結婚することが多いが身分差の結婚を絶対禁止しているわけではないのだ。滅多にない例ではあるけれど稀に貴族と庶民が結婚することもある。その場合、庶民を一度どこかの貴族家に養子に出してそこから結婚させるといった手順が必要にはなる。もちろん、同程度の爵位で結婚する割合の方が圧倒的に多いしさすがに皇族に嫁げるのは伯爵位以上と決まっているけれど。


さらに年頃の子女を一箇所に集める学院があるということは。

貴族同士ならば恋愛結婚も許されるということだ。


「ショーン様かマーシャル様か……どちらも素敵…」


ということでわたしの目標、好条件で好みの結婚相手獲得のため「普通の人間」のご子息の皆様を日々物色中である。


「ユーリア様は慎ましいのね」


数多いる子息方の中からわたしが第一候補に挙げた二人を見て、友人のレイチェル様は優しく微笑んだ。

わたし以外の人達にとっての美形は着ぐるみーズなので、あれから遠く離れた容姿をしている二人を選んだことにレイチェル様は慎ましいと評価する。


「わたしにはあの方々のお相手はつとまりませんから。」


「伯爵家ならば皇家にも嫁げる身分ですわよ?」


「とんでもないことですわ」


心の中の絶叫を隠した笑顔で否定する。

レイチェル様には謙遜と見えてるかもしれないがわたしは本気だ。心の底から遠慮している。いや、遠慮ではなく断固として嫌なのだ。


着ぐるみと結婚したら中身が出てくるとかならまだしも……


んん?

そういう可能性もあるのか?

中に普通の人間が入ってるとかいう!?


今度背中にチャックを探してみよう。そうしよう。


でもわたしが狙っているショーン様とマーシャル様の魅力に他の人が気づいていないというのは喜ばしいことだ。ライバルは少ない方がいい。だって、

だってだって、あの二人を見つけた時神様に感謝したもの。


ドストライク!!

わたしの好みど真ん中!


「レイチェル様もご婚約はまだですわよね?」


「わたくしは……不美人ですから…なかなか縁談もまとまりませんの…」


なんてこと!!!


「そんな!レイチェル様は美人ですわ!誰が何と言おうと美人です!レイチェル様が美人でないという方の方が間違っているのです!」


わたしは全力でレイチェル様の言葉を否定した。


なんて世界だ。

本当の美人が自分を卑下するなんて…っ


「ありがとうございます、ユーリア様。わたくしも…ユーリア様のように可愛らしければよかったのですけれど」


「可愛いは雰囲気でごまかせるだけですわ」


「ユーリア様」


でも美人はごまかせない。

美人だけは真実美人でなくては美人とは言えないのだ。

だから美的感覚のおかしいこの世界で本当の美人のレイチェル様は損をして、わたしのように可愛い系の顔はまだましに見えるのだ。

喜んでいいのか悲しんでいいのか。

ショーン様かマーシャル様をゲットできるのなら喜ぶけれど。


わたしはレイチェル様の両手を握った。


「きっとレイチェル様の本当の美しさに気づいてくれる方が現れますわ」


「ええ…それを祈るわ」


わたくしは自分の容姿を棚に上げて高望みしすぎなのでしょうね、とレイチェル様が微笑む。


「高望み…」


「ええ。あの方々と結婚したいとまでは望んでいませんけれど……憧れていましたから。」


残念なことにレイチェル様の目にも着ぐるみは美形に映っているのようだ。


「…そういえば、アレク殿下だけは入学前からエイレーン様とご婚約してますけど皇太子殿下はまだ婚約者もおられませんよね?」


何故なのでしょう、とわたしは首をかしげた。

貴族でも恋愛結婚が許される風習の中、皇帝陛下がお決めになられた婚約者がいるのはアレク皇子殿下お一人だ。すでに成人している皇太子殿下でさえ、いまだ独り身で婚約者もいない。いずれ皇位を継ぐ時までには…という話は聞いたことがある。

レイチェル様も首をかしげた。


「そういえば……何故なのでしょう?ですが…あの子爵令嬢が現れるまではお二人の仲は良好のようでしたわよ。幼い頃から仲睦まじかったとか。」


だから皇帝陛下もよかれと思ってお二人を婚約させたのかもしれませんわね、と。

ふと浮かんだ疑問はレイチェル様の言葉に納得して終わった。


全ては予定調和なのだと納得するのは、もう少し後のこと。











授業の終わった放課後、一人廊下を歩いていると前から着ぐるみが歩いてきた。


あれは銀色だから…


シルヴィ様か。

色から着ぐるみの名前を判断すると苦い顔になる。それを隠すため少し俯いて通り過ぎようとした。


なのに、


「ユーリア嬢」


着ぐるみは通り過ぎず、わたしの前で立ち止まった。


「少しいいですか」


「よくありません」


即行、お断りする。

顔は見ずに足元を凝視しながら。


近い。

近い近い近い離れて!!


心の叫びは届かない。


「…今日のことを謝罪したいのです。受け入れてはいただけませんか?」


そこでやっと顔をあげた。

真摯に謝ろうとしている申し訳なさそうなシルヴィ様の顔が…あった。


デカイ。


やっぱり着ぐるみは顔が大きいわ。


「あの時はわたしも少し苛立っていまして…失礼な言動だったと反省しています。」


ふむ。


「いいえ、わたくしこそ。」


しっかり言い返したし。

謝ってくれるならそれで。


少し心が軽くなってわたしはにっこりと微笑んだ。


着ぐるみも悪い着ぐるみじゃないのかも。


「では、謝罪は受け入れましたしわたくしはこれで。ごきげんよう。」


「っ待ってくださいユーリア嬢!」


「っっひ……!」


「…『ひ』?」


腕!

腕腕腕腕ー!!!

掴んでるよ!あなた掴んでるよ離して!!

いやぁぁぁぁぁぁああ!なんで着ぐるみなのに触感は人間のそれなのよぉぉおお?!

そんなギャップいらないからぁぁぁああ!


さっさと立ち去ろうとしたわたしの腕を、止めようとしたシルヴィ様が掴んだのだ。

思わず心の声までもが飛び出してしまいそうになる。


「は…離して、くださいません?」


必死に冷静に、動揺をひた隠しにしつつ懇願した。


「……あなたがわたしの話を聞いてくれるなら離します」


なのにシルヴィ様は尚もわたしの腕を掴んだまま、それどころか一層力をこめてくる。

ぞわわわわわ~っと

悪寒が全身を駆け巡って血の気がひく。怖いって!!

着ぐるみなのに体温あるのも目とか口が動くのが怖くてたまらないんだって!


「謝罪ならすでに受け入れましたけど?」


「そのことではありません。」


「わたくしとシルヴィ様にお話をするような関係ありましたかしら?」


「……やはり、あなたはわたしを嫌っているのですね」


バレてる!!


でもわたしは頑張って笑みを深くする。


「誤解ですわ。そもそもお話ししたのも今日が初めてですのに。」


ぐ…っと

掴まれたままの腕にまた力がこめられた。


「そうです。わたしとあなたが関わったのは今日が初めて。ひどい態度をとってしまいましたがそれは謝罪しましたしあなたは受け入れた。そこまで拒絶される理由はないはずです。」


そっと溜息をついた。


「わかりました。お話をお伺いします。」


だからこの手を離して。


シルヴィ様が微笑んだ。

そうして、わたしはシルヴィ様にドナドナされて近くの空き教室へ入ることになった。






「どういったお話でしょう?」


なるべく優雅にお嬢様らしく、嫌悪が顔に出ないように。

スマイルスマイル!

ゆったりと笑んで促してみる。


早くすませて逃げたい!


そんなわたしを、シルヴィ様は観察するように眺めていた。


「―――本当にあなたはわたしがお嫌いらしい」


「っまあ。誤解ですわ。」


ほほほ、とわざとらしく高笑い。

もういいや。わかってるならさっさと解放してくれないかな?


「わたしがあなたに何かしましたか?」


「――…なにもございませんわ。」


「では何故そこまで嫌がられるのでしょう?」


「…単純に苦手なだけです。申し訳ありません。わたしのほうが余程失礼なことを……」


自覚はあります。

ごめんなさい。

でもどうしても怖いんです!


少しだけ自分の態度を反省。

確かに、ほとんど面識のない相手に身に覚えもないのに嫌われてたら傷つく。

わたしが悪いわ。


「…認めるのですね。いいでしょう。理由を聞くのはやめておきましょう。」


そうしてくれると助かります!!


「わたしの周りには媚を売ってくる令嬢ばかりでしたからね。逆に信頼できます。」


だからそういうところっ


「そういう言い方はどうかと。令嬢方も純粋な好意からあなた様に話しかけていただけでしょう。」


じゃあルルとかいう子爵令嬢はどうなのよ。

彼女と他の令嬢達と何が違うっていうのよ?

その中に友人であるレイチェル様まで含まれているようでムッとする。


「皆わたしのこの顔と侯爵家という肩書きに惹かれているだけです。」


笑っていいところ?

着ぐるみの顔って…思ってるのはわたしだけなんだった!

シルヴィ様は本気だ!


「それも最初の切欠には違いないでしょう。初めは誰しもそこから入るものですわ。」


顔と身分隠して知り合うわけじゃないんだし。

目と耳がある以上、どうしようもないことじゃない。

だけどそこから好きになるかはその人の魅力があってこそでしょう?


「……………」


あの子爵令嬢だって他の人達から見たら外見は可愛らしいらしいわよ?

シルヴィ様だってそれに惹かれてないと言い切れるの?

わたしは言い切れるけどね!!


「お話とはそのことですの?」


いい加減本題に入ってほしい。


「いや…。やはりあなたは信用できる」


シルヴィ様は顎に手をかけ

一人で勝手に納得したといったように頷く。


「信用?」


「ええ。あなたなら交流しても下手に誤解して好意を向けられる心配はなさそうです。」


「こ…交流?!」


何を言ってるの?

着ぐるみと交流持つ気はないですけど?!


「失礼。わたしの心はすでにルルにありますので…多少親しくしたからといってその先を期待されては応えられないのでね。」


「そんな心配は全く不要でございますが?」


心の底からなに言ってるの?


シルヴィ様はさらに深く頷く。


「下心のある方だと何を言われるかわかりませんので…慎重になるのです。」


「はあ…」


「ユーリア嬢。あなたに頼みたいことがあります。」


「嫌です」


「実は、少し困っていまして。どうしたらいいものやら、女心というものは難しいですね。そこで…ユーリア嬢に色々相談にのってもらいたいのですよ。女性の視点からアドバイスがほしいのです。」


スルーしやがった!


「わたくしに頼まれても困りますわ」


だから嫌だって言ってるじゃん!

はっきり断ってるじゃん!


「いえ、あなたにしか頼めない。他の令嬢では…わたしとルルの仲を壊そうとおかしなアドバイスをされかねませんから。上手くいけば自分と…などと期待されても困る。」


知らんがな。


「ずいぶん自惚れがお強いのですわね。」


「………」


…しまった!

つい本音が!


けどシルヴィ様はくすりと笑ったのだ。


「そこがあなたに頼む理由ですよ!あなたならおかしな期待を寄せてくることはない。ずいぶんと…わたしのことがお嫌いなようで。」


嫌いじゃなくて苦手なんだってば。

怖いから。


「…嫌われてる相手に相談だなんてそれこそおかしなアドバイスをされかねないのではありませんか?」


「それは自分の見る目を信じるしかありません。しかしユーリア嬢、あなたは正直な人だ。わたしへの感情も簡単に露呈させてしまうくらいに。」


「………」


ぐうの音も出ない!


「フリュエ侯爵家のマーシャルとは顔馴染みなのですよ。」


「!!」


「同じ侯爵家の縁で子供の頃から会う機会が何度もありましてね。」


何故それを!!


「あなたに紹介することくらい容易いのですが……」


「ぜひ!ぜひお願いしますシルヴィ様!!」


最初が難しいんだもの!

いきなり声かけるのも変だし接点なかったら仲良くなる前にまず知り合わなくちゃいけないから!

接点さえあれば後は何とでも!

紹介はベターな最初の出会いです!ありがとうございますシルヴィ様!着ぐるみだなんて馬鹿にしてすみません!


シルヴィ様がにっこりと


「交渉成立ですね、ユーリア嬢。これからよろしくお願いします。」


と笑った。

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