第27話「ピンクのビッチ着ぐるみ、壊れる」
それはルル嬢が停学になって5日目のことであった。
「奇声…?」
学院の寮の、どこからか甲高い悲鳴があがったのだ。
「なに…?!何があったの?!」
女生徒専用のこの寮だけでもかなりの大きさと広さがある、それなのにわたしの部屋まで届いた女性のものと思われる悲鳴。貴族の寮なのだからセキュリティもしっかりしているはずなのに火事か泥棒か痴漢か…!わたしは一瞬で不安と恐怖にあおられた。
ノックがして、慌てて扉を開けると同じく不安そうな顔をしたレイチェル様。
「ユーリア様、今の聞えまして?」
わたしは頷く。
「聞えましたわ。どこからでしょうか?」
「わかりませんわ…。でも、恐ろしくて。」
「ええ、一緒にいましょう。」
こんな時侍女でもいればいいのだけどこの学院に在籍している間はそういうものはいない。何かあっても自分で対処していかなくてはならないのだ。
「「?!」」
再び叫び声があがった。
今度は何かが割れるような音も。
わたし達は顔を見合わせ、震えながら手を握り合った。
「レイチェル様…」
「ユーリア様…」
大丈夫だ、この寮には警備の人間もいる。今頃すでに悲鳴のした部屋へ警備が向かっているはずだ。
でも――
「ユーリア様?」
わたしは素早く部屋中に視線を彷徨わせ、武器になりそうなものを探した。く…っ前世のようなゴルフクラブも野球のバットも傘もつっかえ棒すら何もない…!貴族の令嬢の部屋である。当然だが武器になりそうなものはなかった。
せめて箒くらいあれば…!
自分で掃除もしないのでそれすらもなかった。
「レイチェル様…いきましょう。」
「ええ?!ユーリア様?!」
「大丈夫ですわ、すぐに警備の方がいらっしゃるはずです。いいえ、もうすでに向かっているかもしれません。でも」
「でも…?」
このままここで震えていれば、安全のままに何かは終わり、後で概要くらいは知ることはできる。
「でも…もしかしたら悲鳴をあげたどなたかは1人でまだ何かと戦っているのかもしれません。わたくし達が行っても助けにはならないでしょうが…1人ではなく3人いれば、敵も逃げていくかもしれません。」
集団できていたらアウトだが。相手が1人なら誰かが来てしまった時点で逃げ帰るはずだ。戦力になるとかならないとかはこの場合関係ない。泥棒や痴漢なら誰かが1人でも駆けつけた時点で逃げていくもの。
「だから警備の方がくるまでのわずかな間だけでもわたくし達が行って時間を稼ぐのです」
「ユーリア様…!」
「行きましょう、レイチェル様」
「…はい!」
果たして、悲鳴のあがった部屋はあのルル嬢の部屋であった。
しかも同じように様子を見に来た生徒達でルル嬢の部屋の前は溢れかえっていた。
「ユーリア様どうしましょう…?」
これだけ部屋の前に人が集まって騒いでいるのだ、中にいるのが強盗でもなんでも外の気配に気づいているはずだ。
何かが壊れるような音は相変わらず続いているが…
「どうも侵入者ではないようですわね…?」
中から聞えてくるのはルル嬢と思わしき声だけで、叫び声の内容から誰かと戦っている風ではなく何かに怒り狂って当り散らしているようなものだ。
他の方々の話を聞くに、ノックをして声をかけてはみたものの「ほっといてよ!あんた達にわたしの気持ちなんかわかるわけないんだから!」と怒号が返ってきたらしい。
「先生を呼びましょうか?」
「警備の方は?」
「一度鍵を開けて中に入ったようなのですが…感情的になっているだけのようだと判断して戻っていかれましたわ」
一体ルル嬢はどうしたというのか。
わたし達は何もできず、扉の前で立ち尽くすばかりだ。
もしかして。
殿下達からお別れを言われたとか?それで怒り狂ってるとか?
「エイレーン様の件ではないかしら?」
誰かがひそめた声で呟く。
「嘘を見破られて頭にきたのでは?」
「ですが停学になって5日目ですわよ。今になってですの?」
さわさわと広がっていったそれは次第にざわざわとしたものへ変わり
やがて生徒達の関心も失せていった。
ルル嬢の自業自得だろうということで納得したのだ。
「あと2日で停学も終わるというのに…5日間も何を反省していたのかしら」
「反省なんてしていなかったのでしょうね」
「それで今になって暴れるなんて…。いい迷惑ですわ。」
納得した生徒達が口々にそんなことを呟きながら
1人また1人とルル嬢の部屋の前から去っていき始めた。
「……わたくし達も戻りましょうか?」
「…そうですわね。何でもなかったようですし。」
けれどこれが後々わたしに大きく関わってくるルル嬢の変化であったことを。
この時のわたしには知る由もなかった。




