第25話「着ぐるみ達の進軍開始」
この世界にはテレビがない。あったらわたしは「今日の運勢」を毎朝確認してから登校するかしないかを決めていたかもしれない。近頃本当についてない。いや着ぐるみはついている。ついていなくていいものがついている。
ヤンデレ着ぐるみのミラ様は、終業のベルが鳴るとあっさりわたしを解放してくれた。わたしは瞬発力と短距離の自己最高記録を叩き出す勢いで着ぐるみの前からダッシュして逃げ帰った。けれどあまりに恐ろしい体験は、わたしに夢という形で影響を及ぼしたのだ。そう、例の夢である。あれはあの日の夜に見た夢だ。あんな恐ろしい夢を見たのは確実にミラ様との恐怖の鬼ごっこのせいである。夢の中でまでわたしを苦しめなくてもいいのに。酷すぎる。
「ユーリア様…あの、」
「気のせいです」
「ですが」
「勘違いです」
「ユーリア様……」
「でなければ夢です幻です幻影ですとにかく現実ではありません。レイチェル様しっかりなさってくださいませ!見えてはいけないものが見えているのではありませんか?!」
「ユーリア様…」
「すみません…」
ちょっと色々言い過ぎました。完全に八つ当たりでした。
でもレイチェル様も酷いと思う。わたしがあの着ぐるみ達に気があるみたいな空気を出してきてどんなに否定してもレイチェル様ってば“いいのよ、わたくしはわかっていますわ”みたいな暖簾に腕押しな態度で全然聞きやしねえ!聞けよ!違うって言ってるのに!!
「…わたくし、近頃とても言葉遣いが乱れてますの……疲れているのですわ…」
心の叫びは日に日に酷くなってる気がする。もう前世庶民のせいどころじゃない。わたし、前世男の人だったのかもしれない。
怒るとものすごく口が悪くなってしまう…。
「ユーリア様はわりと以前からそうだったような気がしますけれど……」
「品行方正な淑女の鏡であるわたくしに、あるまじきことですわよね!気をつけますわ!」
「…え、ええ、そうですわね……」
今日も教室で、わたしがお話しするのは美人な友人、レイチェル様である。他からの視線など感じない。感じないったら感じない。このクラスの着ぐるみが話しかけたそうにこちらを見ていたりしない…!
同じクラスの銀の着ぐるみ、シルヴィ様はあれ以来以前のように毎日きっちり授業を受けている。もちろん着ぐるみにだって人権はあるわけで(あるの?)、授業を受ける権利だって当然ある。学院に籍を置く以上、授業を真面目に受けることは義務であり権利だ。だからシルヴィ様がいるのは仕方がない。仕方がないのだが……
着ぐるみ光線が…っ!
シルヴィ様からの何か言いたげな視線が!
でも負けない!わたしは屈したりしない!絶対に気づいてないふりを押し通すんだから…!!
これ以上着ぐるみーズに関わってなるものか…!
わたしも必死である。着ぐるみ達との交流はわたしの心の安寧を脅かすだけでなく、周囲に要らぬ誤解と嫉妬を呼んでしまう。ルル嬢の二の舞などまっぴらごめんである。
着ぐるみーズはこの世界において絶世の美形。彼らのせいでわたしに話しかけようとする普通男子生徒が尻ごみしたらどうしてくれる!わたしの普通で平凡で真のイケメン人間男性と結婚するという野望が着ぐるみによって阻まれたら…
「そんなことになったらもう…剥ぐ。絶対あの着ぐるみ剥ぐ…!」
チャックを探すなんてまどろっこしいことはしない。無理矢理にでも剥ぎ取って正体を暴いてやるんだから…!
ただでさえわたしのストレスはたまっている。教室に来ればシルヴィ様、校舎を歩けば赤着ぐるみのレイトン様、そしてうっかり一人にでもなろうものならどこからともなく緑着ぐるみのヤンデレミラ様が現れる。
何なの何なの何なの?!
わたしは着ぐるみを攻略なんかしてないはずなのに!
どうしてこうあっちからこっちから着ぐるみが集まってくるのよ?!
世界はわたしに退学を迫っているの?!
それとも領地に戻っての引き篭りを望んでいるの?!
真のイケメンをゲットするまで帰らないんだから!!
わたしは授業が始まるギリギリまでレイチェル様を引きとめお話を続け、授業のために先生が入ってきてようやく安心する。これで授業の間は着ぐるみ光線を受けなくてすむ。シルヴィ様の席はわたしから斜め前方、一定の距離が離れている。
「先生」
入ってきた「普通の人間」の男性教諭、わたしの目から見ても平凡な容姿の中年教師に向かって
前方に座るシルヴィ様が声をかけ立ち上がった。授業が始まる寸前であることもあるしシルヴィ様が目立つ方であることもあって、自然とクラス中の視線がシルヴィ様へ集まる。
「どうしました?」
シルヴィ様は立ち上がり、一度何故か後ろを振り返ってからまた先生に向き合った。
「席を移動したいのですがよろしいでしょうか」
…は?!
「わたしが前に座っていては、後ろの方が黒板が見えないのではないかと。ですので、わたしは後ろの席に移動してもよろしいでしょうか?」
はあああああ??!!
先生はあっさりと納得してシルヴィ様は席を移動する支度を始める。クラスの皆も一瞬驚いていたものの、すぐに納得して動き出した。
わたしは
はあ?はあ?はあ?!
である。
意味わかんない!
だって今更すぎじゃない?!でかい着ぐるみが前にいたら後ろの人が見えないのはわかりきったことだったけど今まで誰も何にも思ってなかったじゃない!なんで今頃!
呆然としている間に事態は悪い方向へ進んでいく。あれよあれよといううちに一体何故こうなったのか、
気がつけば
「よろしく、ユーリア嬢」
と。
わたしの隣の席に銀の着ぐるみが座っていた。
「何故……」
唇がわななく。
レイチェル様はどこ行った。
わたしの親友、普通の人間美人のレイチェル様はどこに!!
シルヴィ様を無視続けていたツケがまわってきたのだと
腹黒さを感じさせる笑顔で微笑んだシルヴィ様を見て
わたしは心から叫んだ。
その眼鏡、かち割りたい……っっ!
「ユーリア様、お昼をご一緒しませんこと?」
お昼になり、教室にやってきたエイレーン様がそう言ってわたしを誘ってくださった。
「よろしければお友達の方もご一緒に、ぜひ」
そうレイチェル様にも声をかけてくださったのでレイチェル様を見れば嬉しそうだったので
わたしはエイレーン様とレイチェル様と3人で食堂でランチをすることになった。着ぐるみの中でもエイレーン様はわりと特別枠になりつつある。どれくらい特別かと言われれば怖いけど態度に出さないようにできるくらいには特別である。だって、優しい方なのだ。怖いなんて言えるはずがない。
シルヴィ様が口を開きかけていたのを華麗にスルーしたわたし達は食堂へ向かい、前世の記憶からすれば信じられないくらいだだ広い食堂の、一番奥端のテーブルに着席した。
注文は給仕がしてくれる。貴族学院は支払いも注文も料理を運ぶのもやる必要はないのだ。これで食堂とはさすがセレブの子女の集まりだよね。勝ち組への転生やったね!
奥端の中でも一番奥の席にわたし、その隣にレイチェル様、レイチェル様の前の席にエイレーン様が座る。
吹き抜けの全面ガラス張りの食堂は開放感があり、食堂外には緑の庭園が広がる。
斜め向かいに座ったエイレーン様が微笑んだ。
「実は、もう一人お誘いしていますの。よろしいかしら?」
もしかしてマーシャル様!?
エイレーン様、鈍感とはいえそれはあんまりです。せっかく潔く諦めたというのにまた傷が痛みだしてしまうのはご遠慮したいです。
「……はい。どうぞ…」
だけど言えない。
断れるはずがない。
エイレーン様はマーシャル様のお気持ちをご存知ではないし紹介してほしいと頼んだのはわたしの方。
せっかくエイレーン様がわたしのためにと呼んでくださったのをここで断ればエイレーン様にも呼ばれたマーシャル様にも申し訳ない。エイレーン様にマーシャル様のことはもういいのだと諦めたと伝えるのを忘れていたわたしのせいだ。後できちんとお詫びして伝えておこう。わたしは新しい恋を見つけるのだと。
「ありがとうございます。―――――殿下」
え。
「ユーリア様の許可をいただきましてよ。さあ、お座りになって。ユーリア様、レイチェル様。アレク皇子殿下ですわ。」
「ユーリア嬢…。イートン伯爵令嬢、わたしも同席させてもらってもいいだろうか。」
エイレーン様、あなたもですか!!!




