第24話「伯爵令嬢レイチェルのユーリア考察」
わたくしの友人、ルドフォン伯爵家のユーリア様はとても優しくて謙虚な方です。
「レイチェル様は美人ですわ!誰が何と言おうと美人です!レイチェル様が美人でないという方の方が間違っているのです!」
誰が見ても平凡な、美人などとはほど遠い容姿のわたくしの両手を強く握り締めて
ユーリア様は偽りではないとわかる本気の瞳でわたくしに言ってくださいました。
ユーリア様のように可愛らしい雰囲気であればまだよかったのに、と零したわたくしに
「可愛いは雰囲気でごまかせるだけですわ。でも、美人だけはごまかせません。小細工が通用しないからこそ美しいのです。」
と。繰り返しこんなわたくしを褒めてくれたのです。
「レイチェル様の本当の美しさに気づいてくれる方が現れますわ」
ユーリア様のくれる言葉はいつも、本気の言葉でした。
嘘偽りなく心からそう信じているとわかる言葉に、例えユーリア様の思いこみだとわかっていても、わたくしの心は温かくなりました。
ユーリア様は心からの言葉でわたくしを褒めてくださるけれど。
実際のところ、わたくしは決して美しくなどありません。これは、自虐などではなく純然とした事実。哀しいけれどわたくしは自分のことはきちんと正しく理解しています。
同じ学院に通っているアレク皇子殿下を始めとした“色持ち”の方々。美しいだけではなく華やかな色合いをその髪と瞳に持つ、美しさも身分も尊いあの方々に比べたら。わたくしなど、美人などといえるはずもありません。不器量ではないと思いたいけれど…どこにでもいる平凡な、ごく一般的な顔つき。それが、わたくし。真っ黒なこの髪の色も…あの方々に比べなんと地味なことか。あの方々のような華やかさに、憧れずにはいられない。
アレク皇子殿下方、この国でも有名な美しさを持つ皆様はもう、わたくし達とは造形からして全てが違うように見えます。髪の毛や瞳の色ばかりではなく、均整のとれた立派なお身体はもちろん、なんといってもこの世の美を全てつめこんだかのようなその顔は。
まるで夜空に輝く星々を集めたかのように輝きを放つ大きな瞳、その瞳を彩る睫は瞬きのたびに小さな風が起こりそうなほど。鼻筋は綺麗な直線を描き、しっかりと存在を主張する唇は紅をつけなくても魅惑的な色香を放っている。
どれほどあの方々のようになりたいと憧れても、どんなに努力しても、化粧で真似ようとしてみても。
平凡なわたくし達には決して手の届くことのない、まさに神に選ばれた者のみが許された“美”が、そこにはあるのです――。
あの方々の美しさはわたくし達には眩しすぎて。
足元にも及ばないわたくし達にはただただ憧れ眺めることしかできない。
圧倒的なまでの“美”――。
“美しい”とは、アレク殿下方のためにある言葉。
わたくし程度の容姿の人間が“美しい”などありえない話なのです―――。
「あっレイチェル様、今すれ違った方、素敵でしたわよね?」
「……そうでしたか?よく見ていませんでしたわ。」
「勿体無いですわよレイチェル様!何が素敵な結婚相手確保のきっかけになるかわかりませんのに!」
「…ええ、そうですわね。今度から気をつけますわ。」
けれどユーリア様の“美”の基準は少しばかり違うようで。
「そういえばエミリ様も美人ですわよね。レイチェル様もそう思いません?」
「ええ…思いますわ。」
時々こんな風に。
返答に困るようなことを言うのです。いえ、エミリ様が不器量というわけではありませんわ。先ほどすれ違った男子生徒がそうだというわけでもないのです。ただ、少しばかり、なんというか…“美”という言葉を使われてしまうと、違うのではないかと感じてしまうのです。わたくしの中での“美”の基準が殿下方なせいでしょう。
「レイチェル様とは違う種類の美人ですわね。あ!れれれれ、レイチェル様、あの子!あの子見てください!学院に天使がいますわ!どこのクラスでしょうか?!ものすごく可愛い…!!」
「そうですわね、可愛らしい方ですわね。1年生でしょうか?」
「13歳かあ。いいですねえ、妹にしたいくらいですわ。」
「ユーリア様にも妹がいらっしゃいましたわよね?」
「ええ。うちの妹もとっても可愛いんですよ。」
そう言ったユーリア様は妹さんのことを思い出しているのか、目尻は下がり、口元が緩み、幸せそうに微笑んでいました。そのお顔からは、妹さんへの愛情が滲み出ていました。
「妹さんはユーリア様に似ていらっしゃるのですか?」
「はい!領地ではよく似た姉妹だと言われてるんですよ。」
「それはそれは…ぜひお会いしてみたいですわ。」
「ぜひ。」
ユーリア様はもしかしたら、外見など気にせずその人の中身を見る方なのかもしれません。だって、ユーリア様のおっしゃる美しい方や可愛らしい方の幅が、あまりにも広くて。ユーリア様の目には全ての人が美しく見えているのではと疑うほど、ユーリア様は嘘偽りのない本気の瞳で言うのです。
「…ユーリア様は、心が素晴らしく綺麗な方なのですわね」
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ…。何でもありませんわ。」
きっと、そうなのでしょう。
ユーリア様は俗物なわたくしなどと違い、人の外見ではなく内面を見る方なのですわ。だからこそ、ユーリア様の瞳は外見の美醜に左右されないのです。
そうすると、わたくしはユーリア様に心が美しいと評価されたと思ってもいいのでしょうか?ならばずっとそうであれるように、ユーリア様に美しいと言っていただけるように励まねばなりませんね。
「そういえばユーリア様、男爵令嬢のマリアからユーリア様にお礼を伝えてほしいと頼まれましたわ。泣いていたのを励ましたのですって?」
「マリア様…?ああ!思い出しました、ええ、そうなんです!夜に寮の談話室でものすごく可愛らしい方が泣いてらっしゃるのを見かけたんです。話を聞いたら、幼馴染の恋人から暴言を吐かれたって言うんです。あんなに可愛らしい子に向かって“可愛くない”なんて恐ろしい暴言をですよ!!信じられませんわ!」
「そうでしたの…。マリアはわたくしの従姉妹なんですの。幼馴染の恋人は…いつも喧嘩しているのですわ。どうもわたくしから見ると、好きなのに素直になれないように見えるのですけれど、そのせいでいつもマリアは泣いているのです。」
それでも普段は仲良くしていて。互いに想いあっている2人です。ただ、幼さのあまり…時に派手な喧嘩をしてはそのような暴言の応酬をしているようで。
マリアも泣いているとは言っても、相手以上にひどいことを言っているようなので正直、わたくしからするとどちらもどちらのお互い様に思えるのですが。
「なるほど。そういうパターンでしたか。でも可愛い子に可愛くないなんて言っても負け惜しみにしかならないように思えますわ。その相手の子ももっと語彙力を学ぶべきですわね。」
「はあ…」
こんな方ですから、ユーリア様は意外にもわたくし以外の令嬢方にも好かれております。
だって、本気で自分を褒めてくれる相手を、嫌いになることなどないでしょう?そういうことですわ。
ユーリア様こそ内面の素晴らしい、心の美しい方。
もしかしたらユーリア様は神の子で、神の子のユーリア様にはわたくし達ただの人の外見など無意味なのかもしれません。
「でもいいなぁ。わたしも早く人間のイケメンをゲットしたいなぁ…」
時々おかしな言動をすることもあるけれど。
ユーリア様はわたくしの、
大事で大切な
親友です―――。




