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第21話「ヤンデレ緑着ぐるみの自分語り」

「じゃ、行こうか」


どどどどどどこにでしょうか?!


渾身の力をこめて手を振りほどこうとしているのにちっとも離すことのできない着ぐるみの、触感は人間の肌と同じ手がそのままわたしを文字通り引きずりどこかへ連れ去ろうとする。


「無理無理無理無理無理……!」


絶対無理!!


着ぐるみが不愉快そうにわたしに言う。


「何が無理なのさ。ほんと、失礼だよ先輩」


失礼でけっこう!

断ってるのに無理矢理連れ去ろうとするのは失礼じゃないんですか!?わたしが前世生きていた世界ではそれを誘拐拉致監禁って言うんです!犯罪なんです!!


緑の着ぐるみが舌打ちした。


「ほんと、先輩面倒くさい。ほら、いくよ。」


「ひぎゃぁぁぁぁああ?!」


あっという間に緑の着ぐるみはわたしを持ち上げ


「軽っ…ちゃんと食べてる?」


あろうことか荷物のようにその肩にのっけて連れ去る、否!運びだしたのだ。


「嫌…っ!おろ、降ろして……っっ!!」


「ダーメ。また鬼ごっこしたいの?」


「ぐ…っ」


けれどあまりに効果抜群のその言葉に

わたしは諦め受け入れざるをえなかった。











わたしは一体何回着ぐるみにドナドナされるんだろう…。


緑着ぐるみの肩にのせられて

ドナドナされながらわたしは遠い目になっていた。授業中のため他の生徒達に目撃されていないことは幸いだろう。また見られたら今度は何を言われるかわからない。着ぐるみの気を惹くためにわざとあれこれしているとか言われたら人間女子として屈辱である。


「着いた。ほら、降ろすよ。」


ここはどこだろう。どこかの空き教室にわたしは着ぐるみによって運ばれたようだ。

緑の着ぐるみが扉の鍵を閉めているように見えるのはきっとわたしの見間違いだ。


「座って。」


そう促されるけれどその着ぐるみが座る位置を確認してからでないと座れない。できる限りの距離を置きたいのだ。ここまできては無駄な抵抗にも思えるが。


「…本当に、心底僕が嫌いなんだね」


わたしの仕草や表情から伝わったのか、呆れたように嘆息された。

その通りなので即刻帰してもらいたい。


「ほら、端っこでもいいからさっさとして。次の授業も休みたいの?」


マッハで椅子に腰掛けた。


「じゃあ嫌そうだから僕はこっちに座るね。これくらい距離があればいいでしょ。」


「……はい。」


緑の着ぐるみは自分からわたしから遠い席に座った。

これでなんとか心の安寧が……。

ふと視線をあげると、緑の着ぐる…ミラ様から見られていた。見られまくっていた。怖いから本当にやめてください。


「おおおおお話とは何でしょうか?!」


多分ルル嬢のこととかルル嬢のこととかルル嬢のこととかなんでしょうけど…!

病んでる着ぐるみに黙ってじっと見つめられ続けると変な汗が出てくるとかお腹の底から恐怖が沸き上がってくるとか初めて知った…!知りたくなかった新発見!


「みみみみミラ様?!」


「うん……色々あったんだけど…」


今なら何でも吐きますから許してください!


「なんか先輩見てたら全部どうでもよくなったっていうか…」


「だだだだったらわたくしは授業に戻ってもいいですか?!」


「駄目。」


「なんで!!!」


ミラ様がくすりと笑った。

もうわたしは蛇に睨まれた蛙、捕食されるのを待つことしかできない憐れな犠牲者の気分である。


「ん~」


机に肘をついて面白そうに目を細め

わたしをじっと観察するミラ様はきっとどういう殺し方をしようかと考えているのだろう。

大切なルル嬢を停学に追い込んだわたしを、ヤンデレな彼が見逃すはずはなかったのだ。

わたしの震えが振動して座る椅子がカタカタと鳴る。怖い怖い怖い沈黙は怖いですこの静寂は耐えられません殺すならいっそひとおもいにサクッとやっちゃってください…!


「…ルルが自分で飛び降りてたってのは本当?」


わたしは涙目でぶんぶん首を縦に振った。


「エイレーン様にわざと冤罪きせたのも本当?」


また首を振る。


「……じゃあ、ルルが僕たちを弄んでたってのは?」


「それは知りませんわかりません!」


「でも、シルヴィは君にそう指摘されたって言ってたよ?」


あんのくされ眼鏡着ぐるみ~~~~っっっ


「そそそそそそれは……!!!」


「う・そ。カマかけただけ。先輩、簡単にひっかかりすぎ。」


ヤンデレーーー!!!


「……なんでだろうね。つい最近まで僕はさ、この世で自分が一番不幸みたいに思ってたんだ」


「………」


あの…


「ルルがそんな僕を励ましてくれたのは本当だよ。僕にはルルしかいないんだって思ってた。」


あの…


な、なんで自分語りが始まっちゃったんですかね??


興味ないんですけど?!


「よくよく考えれば僕には僕を大切に思ってくれてる相手がたくさんいることくらい…ちゃんとわかるはずなのに。馬鹿だよねえ」


や、だから…興味な……


「父上や義母上だって…死んじゃった、本当の母親だってさ…」


だから興味ねえって言ってんだろうがああんこの中二病が!!一人で勝手に自分の世界に浸ってんじゃねえよこちとら興味ねんだよ早く解放しろや!


「…なに?その顔。」


「イエナンデモアリマセンワ。ドウゾ、オツヅケニナッテクダサイマセ」


「とはいえ、ルルがあの時の僕を救ってくれたことに変わりはない。だから――」


「だ、だから…?」


ここまで長々と語っておいてやっぱりわたしを殺すとかそういうことでしょうかごめんなさいもうしませんから許してください!!


ミラ様がふっと笑った。


「だから僕にルルへの怒りはないんだ。恋は失っても…ルルには幸せになってほしいと思ってる。」


「………そうですか。…いいと、思いますわ」


あっさりばっさり裏切る殿下達よりよっぽど。

いいんじゃないかな。


ミラ様はついていた肘を戻し今度は首をかしげた。自分の容姿が人からどう見られるのかをよく理解しているとわかる、あざとく可愛らしさを演出する仕草だ。わたしの目には着ぐるみだけどな!


「ルルは自覚有りの悪女だったけど、先輩は無自覚の小悪魔みたいだね」


「は?」


「しかもルルは美少女だったけど…先輩は……なんていうか………」


おい待てコラこの着ぐるみが!

なに人のこと残念なもの見るみたいな目で見てんだ?!


「なんていうか……普通?だよね」


ふふ、ごめん。

と。

着ぐるみが微笑む。


わたしの額に青筋が入る。


はい、恐怖は一瞬で吹き飛びました。


ああん?!


「なんで殿下達は普通の先輩がいいのかな?」


「わたくしは“普通”であることに誇りをもっていますが?!」


普通でけっこう!だからこそいい!

この世界の美に興味はない!


「…え?」


「“普通”でけっこうですわ!最高ではありませんか!“普通”が一番です!」


着ぐるみ会の美形に憧れなどない!


「ふうん…」


むしろ着ぐるみになんてなった日には…無理。ちょっと、想像するのも無理だった。泣くどこじゃすみそうにない。多分色んなものが壊れる。


「皆特別になりたがるのに変わってるね。……………そういうところ、なのかな。」


ルルを追い出して自分がルルのようになろうとしてる女かと思ってたんだけど。


どうやら違うみたいだね、と―――



緑のヤンデレ着ぐるみは捕食者の瞳でまた嗤った。

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