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第19話「着ぐるみ世界における教師達の思惑」

「…コーヒーでも?」


少女が立ち去り、大人だけになった室内でカミュが問えば


「もちろん」


と、カミュより若干年上の――先ほど理事長と呼ばれていた男、キースは軽く両肩を上げおどけてみせ、

慣れたようにソファへ座る。カミュもコーヒーを手に座り、少しの間沈黙が訪れる。

先に口を開いたのはキースだった。


「例の子爵令嬢は反省文を提出したよ」


リーガロ公爵令嬢を陥れようとした子爵令嬢の、自作自演が証明された職員会議から三日。期限ぎりぎりの提出ではあったが一応は期限は守られ、提出された反省文もままあ及第点といったところだった。あとはリーガロ公爵令嬢への謝罪が認められれば1週間の停学で許されることになる。


「…公爵令嬢はなんと?」


カミュが訊ねる。


「謝罪らしきものはあった、と…まあ、公爵令嬢の顔を見ればどんな“謝罪”だったかわからないがね」


「リーガロ公爵令嬢は人がいいですね」


果たしてそんなものが“謝罪”と呼べるのかどうか。

しかし当事者である公爵令嬢が良しとするのならばこちらとしては受け入れるしかない。学院としてはできるならば学院内でおさめたいところでもある。


「オルガ公爵のとこの息子が助言したんだろう。あのままなら彼女は貴族として生きていけなくなっていた。」


カミュの眉間に皺がより深く苦い顔になる。それに気づいたキースが慰めるように軽い調子で続けた。


「オルガ公爵もわかってる。大丈夫だよ。ミラもまだ子供でこれからだ。そう簡単にわりきれるわけでもないさ。むしろアレク達の方がわたしは無情だと思うよ。あまりにもあっさりしすぎてる。」


キースの言葉に、カミュは嘆息する。

アレク達の子爵令嬢への執着はなくなったようだが、ミラだけは盲目的なまでの信頼は消えたものの、アレク達のように割り切れるまでには至っていないようだ。なかなか納得しない彼女に、謝罪と反省文を書くことを促し説得したのはミラだとキースはふんでいる。ミラは幼くとも公爵家の嫡男だ。そうしなければ彼女がどうなっていたのか、理解していたのだろう。


ミラは結局のところ、子爵令嬢を守るために動いたことになる。子爵令嬢がそれを理解しているかどうかはわからないが。


「そんな顔するな。若いうちの恋の失敗は将来の糧だよ。いい経験さ。」


「…そうですね」


年頃の男女を一箇所に集めるのだから、当然色恋のトラブルは起こる。そんなことは想定の上だ。彼らはまだ未成年、未熟なのだ。


「サンチェ子爵令嬢も守るべき生徒だ。これでよかったのさ。」


「…彼女についてはアレク達から訴えが出てますね」


「魅了ねぇ。……君はどう思う?カミュ先生?」


色恋のトラブルはつきものとはいえ、今回のように一人の女生徒に複数の男子生徒が侍るというのは初めてだった。だがそれだけなら問題ではない。中には飛びぬけた魅力を持った女生徒も存在するだろうし、男子生徒達が競い合うことになるのもありえる話だろう。

だが問題は、彼らを教え導く立場の教師(じぶん)達までもが、そんな彼らの状況をただただ見ているだけで咎めることも裏を探ることも、歯止めをかけるために動くこともしなかったことだ。彼らは揃って授業も生徒会の仕事すら疎かにしていたのに、である。


「確かに、あの状況は異常でした。注意してしかるべき状況だったというのに…わたし達は何もしなかった。」


「アレクが言っていたよ。あのままだったら自分は、リガーロ公爵令嬢に冤罪を押し付け、公衆の面前で婚約破棄をしていたかもしれないと。」


実際は冤罪は証明され、アレクと公爵令嬢の婚約は円満に解消された。

だがそれは結果論だ。一歩間違えればアレクの言う通りになっていただろう。


「そうなったらどうなっていたと思う?」


キースがカミュに問うた。


「…冤罪であったかどうかなど問題にはならず、逆にアレクに厳しい処分が下っていたでしょう。」


「うん、実際、皇太子辺りにその動きがあったみたいだよ。」


不思議だよねえ、と。キースは笑った。


「僕たちはきっと、そうなるまで動かなかっただろう。皇太子も大切なはずの弟を守るのではなく突き放すための準備をしていたなんて考えられないことだろうさ。今頃自問自答しているかもね。」


「ならばサンチェ子爵令嬢は魅了を使っていたと?」


「カミュ先生はどう思う?」


キースはそこでわざと一旦言葉を切ると、テーブルのコーヒーを飲んだ。

カミュも同じようにコーヒーに口をつけてから、答える。


「そういった類のものではないと思います。」


その答えを聞いて、キースが微笑む。


「うん、同意見だね。魅了ならばあっさりとアレク達の目が覚めたのはおかしい。だけど色々と納得いかないことも多いのは確かだ。」


「……結局のところ、何もわからないということですね。」


再びカミュが嘆息した。


「その通り。だからこそあの子爵令嬢を退学させるわけにはいかない。国としても、目の見えるところに置いて監視していくことになる。停学ですんでよかったよ。」


「修道院などでは目が行き届きませんからね。」


魅了などではない。しかし楽観視できないのも事実。あの子爵令嬢が二度と同じ事態を引き起こすことがなければ、そこでやっと安心できる――。


「ところで。」


ここからが本題だ、とばかりに。カップを置いたキースはゆったりと足を組み――

その上で両手を絡ませると


目の前に座るカミュへの視線を鋭いものへと変えた。


「どこまで本気なのかな?カミュは。」


「……何のことでしょう」


「カミュ」


はぐらかすことは許さない、と。カミュを射抜く視線の鋭さが物語る。呼ばれた名にこめられた意図を正確に読み取ったカミュは、諦めの息を吐いてキースを見つめた。


「好ましく思っています。お粗末な誘惑にのろうかと思うほどに、ですね。」


「…ルドフォン伯爵家、か。」


「ええ。問題のない家です。」


「可もなく、不可もなく、ね。いっそ見事なまでに都合がいい。」


先程の、カミュが庇っていた女子生徒。一見するとどこにでもいそうな平凡な生徒だ。家名にしても成績にしても品行にしても。特に目立ったところはない。職員会議で証言席に立つことがなければ、キースが認識することもなかっただろう。ルドフォン伯爵家も同様に、記憶をよくよく辿らなければ思い出せない程度のものだった。


だが――


「君を誘惑しようとする人間が平凡?普通?笑えない冗談だな、カミュ」


「彼女は何も知りませんよ。」


「そうだろうね」


目立つ容姿の彼らではなく、多くに埋もれる()()な容姿の自分達に顔を赤らめ恥じらいを見せた彼女。カミュが惹かれるのも無理はないと、キースも内心では考えていた。年齢と同じ分だけ経験を積んできたからこそ、見かけの美しさだけで惹かれることはない。


「面白いほど考えてることが顔に出る子だ。愛でる分には可愛らしいが、正妻にたてる分には足りないのではないか?」


正妻とするならば、家の切り盛りはもちろん、社交も任せることになる。家の顔として、様々な思惑が飛び交う中を乗り越えていってもらわなくてはならない。その時、考えていることが顔にでるようではあっという間に侮られ食われてしまうだろう。


「……問題ありませんよ。わたしは保健医です。」


カミュの返事にキースが笑った。


「これは失礼。カミュ()()


()()()はどうなんです?」


からかいの中にも幾分かの興味を拾いとっていたカミュは、牽制のつもりでキースに問いかける。

キースは面白そうに目を細めると、はぐらかすことはせず答えた。


「興味はあるね。この、髪に…わたしの正体を見抜いたのは彼女だけだ。」


そう言うと、キースは自分の髪にふれ、それからカミュの髪へ視線を移す。


「わたしもカミュのようにするべきだったかな?」


ユーリアの推測通り、キースは皇族だ。ユーリアはキースの色以外の容姿から傍系だと考えているが実際のところ彼は、そんなものではない。それよりもっと直系の――


「それとわかってもわたしを見る目は変わらなかった。好ましいね。この容姿のわたしに顔を赤らめるのも、色だけだと侮らないのも、なかなかいない。」


「譲りませんよ」


キースの言葉をカミュが遮る。

おや、とキースが片眉をあげカミュを見る。


「彼女はこのままのわたしの方がアレク達よりも好きだと。そんな女性を手放せますか?」


その言葉に、キースが嬉しそうに笑った。


「だがまだカミュのものではない。そうだろう?」


苦々しく顔を歪め、


「あなたが邪魔をしたんでしょう」


とカミュが吐き捨てる。


「邪魔をして正解だったな。………そうか、アレク達よりもわたし達の方がいいと?なるほど、それは手放せないね。」


「わたし達、ではありません。わたしですよ。」


キースもカミュも知らない。

ユーリアがアレク達が着ぐるみに見えるということを。だから怖れているだけだということも。美形ならわりと誰でもいい軽い娘だということも。


知らないまま、ユーリアへの評価はあがっていくのだった。

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