第17話「着ぐるみじゃない先生を誘惑します」
「親愛を、君に。友として、これからどうかよろしく頼む。ユーリア。」
わたしって人が良過ぎない??流されすぎじゃない??
わたしは、馬鹿なの…?!
赤着ぐるみのレイトン様が、あまりにも爽やかに笑って手を差し出してくるものだから
ぐぁぁぁぁあああ!受け入れてどうするのよユーリア!着ぐるみと友情成立させてどうするのよ馬鹿じゃないのわたし??!!
だってだってだって。
すんごいわたし、あの時沈黙したのよ?!恐怖で固まってたしプルプル震えてもいたと思うわ。瞳には涙の膜まではってたはずなのよ!
なのにあの赤着ぐるみ!どれだけわたしが黙り込んでてもずっと待ってるのよ!わたしが手を出すまでずーーっと笑顔で待ってるのよ!怖いじゃない!断ったら殺されるって思うじゃない!!まるで受け入れられて当然、みたいな。いいえ違うわ、まさか断るわけないよな断らないよなみたいな圧を放ってたわよねあれは!?
それともなんなの?心からの無邪気さだったの?どっちにしろわたしには恐怖でしかなかったっていうのに!
「……ハイ。コチラコソ、ドウゾヨロシクオネガイシマスワ、レイトンサマ」
とうとう圧に負けてわたしも手を差し出したわよ着ぐるみと握手しちゃったわよ前世だったら記念写真でも頼みたいところだけどこっちでは罰ゲームよ!
あの時わたしの目は死んでいたと確信できる。
「はは…着ぐるみとの友情か……まあ、いつまでも怖いとか言っててもこの世界からは逃げられないんだし仕方ないか…これを機会に克服するのもいいかもしれない……」
悪い着ぐるみじゃないんだろうし。
友情くらい、別に。結婚するわけでもなし。
「エイレーン様もわたしのことお友達だと思ってくださってるし……今更、着ぐるみの1体や2体くらい増えたって、ねえ…?」
……。
…………。
……………。
って変わるわ!!
複数体に一気に囲まれるのはさすがに無理だって!!!
「世界の悪意を感じる!!!」
天に向かって高々と叫んだ。
すっかり疲れきりショーン様との偶然の出会いを作る心の余裕がなくなったわたしは、
「ユーリア様!顔色が悪いですわよ」
一度教室に戻ったものの、レイチェル様にそう言われて保健室に向かった。
カミュ先生に癒してもらおう…。
眼鏡の癒し系カミュ先生はわたしの心のオアシスだ。あの職員会議でわたしの中でカミュ先生への信頼は鰻登りである。あきらかにビビッているわたしを心配して校長室でついていてくれたのも、職員室へとエスコートしてくださったのも…
大人の余裕が素敵だったわ、カミュ先生…!
本当にありがたかった。
あれから調査したところによればカミュ先生は独身!恋人の有無まではわからなかったけれど…。
先生方の爵位は伏せられているのでわからないけれどわたしの父は伯爵位なので上にも下にも嫁げる問題なしである!
もちろん、知っている人はいるだろう。けれど先生になるくらいなのだから年上だしまだ成人前のわたし達が知る術はほとんどない。爵位を継がない次男・三男が教職につくことが主なのでお婿さんに来てもらえる可能性もある。忘れていたがわたしは長女なので結婚相手には婿入り希望です!でも絶対ではありません!
などど、ショーン様のことなどすっかり忘れて、顔色が悪いことをこれ幸いと心はうきうきと保健室の扉をノックした。
「おや。ユーリアさん。どうしました?」
扉を開けるとキイっと小さな音を立てて
座っていた椅子を回転させ振り返ったカミュ先生が微笑んだ。
「すみません、少し具合が悪くて」
先生は立ち上がるとわたしの傍までやってきて顔を覗き込む。
「顔色が悪いですね。熱でも?」
そう言って額に当ててくれるその手はひんやりとしていて心地いい。
手の感触を味わうべくわたしはうっとりと瞳を閉じた。
「…熱はないようですね。」
はぅ…。
耳に響くカミュ先生のテノールボイス、素敵すぎます…
「少し横になっていきますか?」
「はい…」
体温計を渡され、「一応ちゃんと計ってみてくださいね」と言われカーテンの衝立で仕切られたベッドに座る。そんなわたしに、カミュ先生がくすりと笑うのが聞こえた。
「ユーリアさんはそこが好きですね」
それにからかうような響きを感じ取って、わたしは少し拗ねた気持ちで口を尖らせた。
「あの時これのおかげで頑張れたから」
三つあるベッドのうちの、カーテンで半分閉じられた奥のベッドを無意識に選んでいたのは、あの職員会議でこれがわたしを守ってくれたからなのだと思う。視界をふさぐことでわたしの脳内では着ぐるみも普通の人間として変換され、怖がらずに証言できた。
でなければピンクの着ぐるみにあんなに恐ろしく食って掛かられてわたしが平然としていられるはずがない。
「カミュ先生のおかげです」
ありがとうございます、とわたしはもう一度お礼を述べた。あそこまで徹底的にわたしを隠すための衝立を手配するのは簡単ではなかったはずだ。リースしたものはもう返却したのだろうか?そこのところはさすが貴族の学院である。庶民の学校ならそこまでできなかったかもしれない。
ピピピ、と鳴った体温計を取り出し、平熱であることを確認していると傍まで来ていたカミュ先生に返す。
「平熱ですね」
カミュ先生は熱がないことを確かめると手元のカルテに書き込む。それを見ながらわたしはベッドに横になりシーツを胸元までひっぱった。
カルテに目を落とし何かを書きながら
なんでもないことのようにカミュ先生が言った。
「ユーリアさんは…何故彼らが苦手なのです?」
わたしは驚いてカミュ先生を凝視する。
カミュ先生はそのまま、カルテから視線を逸らさない。
「彼らは全員……人気がある。彼らから逃げようとするのはユーリアさんくらいだ。彼らの、何が怖い?何か…おそろしいことを、されましたか…?」
そこまで聞かれて、ようやく理解してほっとした。
そうか、カミュ先生はわたしの着ぐるみーズへの異常なまでの恐れを、心配してくれてるんだ。何かされたのではないかと。案じてくれている。それを遠まわしに確認しようとしてるんだ。
なんていい先生…。
本来であれば考えもしないことだろう。あの着ぐるみーズは皆高位貴族家の子女であり皇子殿下である。身分も容姿も上の彼らがわたしに何かしたなんて考える人はなかなかいないだろう。
わたしは感動にうち震えながら、うるんだ瞳でカミュ先生を見つめた。できることなら、堕としたい。うちの婿にきませんかカミュ先生……!
「何もされてはいません。殿下方とお話するようになったのはごく最近のことですし…わたしがただ、勝手に怖がっているだけなのです…。」
と、ここは正直に答えておく。
そしてレイトン様対策で身につけたTHEか弱い令嬢の弱々しいしゃべり方をしてみる。
カミュ先生がカルテから顔をあげ、わたしを見た。
「怖い…?」
「はい……」
「それは何故です…?彼らは皆、その……女性に好かれる姿をしていると思うのですが」
いいえわたしには着ぐるみにしかみえません。先生こそがイケメンですなんならわたし嫁ぐのでもかまいませんよカミュ先生!うちの伯爵家は妹もいますし従兄弟の誰かからひっぱってくることも可能です!この世界、そういうとこすごくフランクで適当なんですよね有難いけど何故なのでしょう?
「わたしにはカミュ先生の方が素敵に見えます……」
「ユーリア、さん…?」
おっと本音がつい!
でもちょうどよい!イケイケGOGOだ!のってきたわたし今ならイケる気がする…っ!
「殿下達より……わたしは、先生の、方が………」
殿下達が着ぐるみに見えるとは言わずに話題をチェンジ!怖い理由は言えないし本音なので問題ありません!わたし!ルル嬢を見習って肉食女になります!!
ギシ……、と
わたしが横たわるベッドが軋む。
カミュ先生の片手がベッドに置かれ
挑戦的な、探るような瞳がわたしを覗き込む――
「本気ですか…?」
「…本気です、と。言ったら……?」
きゃあああああああ!!!カミュ先生ぃぃぃぃぃぃ
このまま?!このままですか?!
震える声は期待から。わたしの脳内はもうピンク一色だ。危ない妄想がノンストップです!!!
覚悟はできてますカミュ先生!!
そこにいるのは先ほどまでの癒し系のカミュ先生の顔とは違う
「いけない生徒ですね……誘っているのですか?」
肉食獣の如き雄の顔をしたカミュ先生だった。
ギャップ萌え…!!
知らなかった裏の顔!
なんて素敵な二面性なんでしょう?!
もちろん全力で誘ってます!!!
幸せな結婚生活のために!!!
さすがに全ての想いは言葉にできないのでその分、
瞳で伝わるように
精一杯の女の顔で
わたしはじっとカミュ先生を見つめ返した―――――。




