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第16話「巨体赤着ぐるみ、再び」

わたしは鈍感ではない。

自分に向けられる異性の好意にはむしろ敏感に積極的に受け止めていきたい方向である。

だからわかった。


シルヴィ様のあの発言、あの視線……

もしかして…シルヴィ様って



足フェチなの?!



「セクハラだ!!!」



ぶるりと大きく震えた身体をわたしは両手で抱きしめた。











こうなったらショーン様である。もうわたしにはショーン様しかいない。

今日は勇気を出してショーン様に声をかけようと偶然の出会いを狙って休み時間になるたびに学院内を彷徨っている。


実際やってみて思うけど、恋愛シミュレーションゲームのヒロインって肉食女子パワーすごいよね。

こんな風に休み時間の度にうろついていたら友達もできないだろうしまさにイケメンゲットのためだけに生きてる感じがすごいわ。


わたしの場合はすでに入学からの4年でお友達は確保できているし、わたしのよりよい結婚相手の獲得は領民のためにもなることである。

と、自分に言い訳をしながら毎回レイチェル様に不審な目で見送られつつ教室を後にしている。

もう後がない。例えショーン様にいい感じの幼馴染的な可愛らしい少女がいたとしても簡単には諦めない!う、奪うくらいの気持ちで……い、いくんだからっっ


「ユーリア嬢」


?!


「っユーリア嬢!待ってくれ!」


ひぃぃぃぃぃぃいいいいいいいやです待ちませんんんんんん

着ぐるみはデカイ。デカイゆえにわりと遠目からもその姿を確認することができる。なのでわたしは毎回彼らの影を見つけると自慢の瞬発力で隠れてきた。


「ユーリア嬢、よかった。やっと会えた。」


なのになのにぃぃぃぃぃぃ


「あれからずっと探していたんだが会えなくて。身体を壊しているのかと心配していた。」


ショーン様を探すのに集中するあまりにわたしの着ぐるみセンサーの反応が遅れてしまったぁぁぁぁあ!

即行回れ右してさりげなく立ち去ろうとしたのに瞬きの間にもう前に移動してきてる!なんなのわたしを殺したいの?!


「ユーリア嬢?」


「また具合が悪いのか?」と顔を覗き込みそうに腰をかがめてくる赤着ぐるみ。わたしは十歩下がってにこりと微笑んだ。頑張れ、わたし!


「いいえ。大丈夫ですわ。」


正直に(あなたに会ってしまったせいで)気分が悪いとでも答えればこの赤着ぐるみはわたしを保健室に運ぼうとするかもしれない。カミュ先生には会いたいが赤着ぐるみの付き添いなど絶対にごめんだ!!

あの日レイトン様に運ばれたことでしばらく他の生徒達からの視線が痛かった。推測するに「顔も爵位も普通なくせしてレイトン様に運ばれるなんてどういうこと?!」である。1ミリも嬉しくない嫉妬である。謙虚に控えめに「具合が悪くなって倒れたわたくしを運んでくださっただけなのです」と説明することで納得してくれた皆様に「レイトン様はお優しい方なのですわね」とか「あのレイトン様にお姫様抱っこで運んでいただけるなんて羨ましいですわ」とか、非常に嬉しくないお言葉の数々をいただくたびに熨斗をつけてお譲りしたかったですと血の涙を流した。


とはいえ、レイトン様が好意で運んでくださったことは間違いないことなので、お礼は言うべきなのかもしれない。人として。相手が着ぐるみでも。お礼は、お礼である。


「…ユーリア嬢?」


しかしあの日に何故自分がお礼を言えなかったのかを思い出すと、恐怖と同じくらいの不愉快さがこみあげてきて


「お、怒ってるのか?」


と言われるほど素直に顔に出してしまっていた。


「いいえ?」


わかってる。レイトン様に悪気はない。女に慣れていないのだろう。だからこそルル嬢にも簡単にひっかかったチョロ着ぐるみである。

本来女性に対しての軽いという言葉は褒め言葉かもしれない。だが、着ぐるみ基準で言われてもちっとも嬉しくないのだ。理不尽な心配に彼が自分が着ぐるみであることを自覚していない様をまざまざと見せつけられてわたしの方こそ理不尽だろうけれど怒りを感じてしまう。


なんでこうこの人達は自分達の姿を自覚できないのよ…!


と。

自分の視覚がおかしいと思いたくないわたしはムカついてしまうのだ。


「ただ一つ言わせていただけるなら……レイトン様はルル様以外の女性を見なさすぎではありませんか?」


どんだけわたし達を下に見てるの?視界に入れる価値もないとでも思ってたの?

今まで全く見ていなかったことがよくわかった!


「ゆ、ユーリア、嬢…?」


わたしは微笑んだまま睨みつけるという芸当を披露する。


わたしだけじゃない。レイチェル様もエミリ様も着ぐるみーズ以外の全ての女性はわたしと似たような体型である。それなのにレイトン様はまるで初めて知ったとばかりに驚いて、わたしだけが特別であるかのように言ったのだ。


もう一度叫びたい。


お・ま・え・ら・が!!



でかすぎるんじゃぁぁぁぁぁぁぁあああああーーーーー!!!



ほほほ、と物語に出てくる悪役令嬢の如き笑い方で言ってやった。


「レイトン様はとことん視界が狭いのですわね。ご自分達とわたくし達の間に線引きをされていたようで。誇り高い将軍家のレイトン様にとっては、わたくし共普通の貴族など、視界に入れる価値もなかったのでしょう。致し方ありませんわね。わたくし達は()()の人間ですから。」


だから今まで自分達以外の全ての人間は小さいのだと気づいてなかったんでしょ?

そのでかすぎる身体で威圧することがちょっと脅す程度ですむと思っていたんでしょう?

否定はしませんけど!

普通のわたし達に着ぐるみのオプションはついてませんから!!


「ユーリア嬢……やはり怒っているのだな…」


当然じゃないか。

あのまま姿を見せなければいいのになんで声かけてくるのよ!怖いじゃないか!!


赤着ぐるみなレイトン様は苦悩に顔を歪めて(怖さ倍増!)身体を直角に折り曲げる勢いで頭をさげた。


「本当に申し訳ない。無神経なことを言った。驚いてしまって…いや、ユーリア嬢の言う通りだ。俺は、周りを見なさすぎていた。視野が狭かった。」


「………」


ねぇ、


その背中。


骨って入ってるの?

こう、折り曲げ自由な何かが入ってるとか??


チャックはやっぱり服の下なのか、見えなくて残念だった。


「ユーリア嬢に言われて目が覚めた。ルルのことも…殿下とシルヴィの話を、俺は初めから決めつけて聞いていた。そのせいであやうく2人との友情を失うところだった。」


職員会議の様子からわかってたけど。

レイトン様が顔をあげる。って近い!なんでぐっと距離が縮まってるの?!5歩くらい縮まってない?!下がって!下がってってば!!


「ユーリア嬢、君には感謝している。このことを君に報告しておこうと思ったんだ。だがいつ君の教室に行っても君はいなくて…こんなに遅くなってしまった。結果的に不義理なことをして申し訳ない。」


「いえ。充分ですわ。」


逃げ回ってたのはわたしですから。

というかその報告別にいらなかったんですけど着ぐるみーズって律儀ですよね。


「お礼に何かお返しをさせてもらいたい。」


「けっこうです!!」


「しかし」


「何もいりません!大丈夫ですからどうかお気になさらず!わたくしはアドバイスしただけですからお返しをしていただくようなことではありません!!」


だからこれ以上わたしとの接点を作ろうとしないで!

これで終わりにしてお願いだからっっ


「そうか……わかった。しかし君には借りがある。もしもこの先、何か困ったことがあれば相談してほしい。その時は必ず力になると誓おう。」


「重いです」


なにそれ重いわ!

重すぎるわ!

着ぐるみの誓いなど重い上に迷惑!そんなもの簡単に投げてよこさないで?!


「レイトン様?この程度のことでそこまで想っていただかなくてもけっこうなのですよ?わたくし、自分のことは自分でなんとかしますから、どうか思いつめないでくださいませ。」


「ユーリア、嬢……」


重いわー

レイトン様ってほんと思い込み激しいんじゃないの?思いつめすぎだよ。重いって。なんも変わってないじゃん。そんなんじゃまたすぐルル嬢みたいのにひっかかっちゃうよ?


「君は……」


何故かレイトン様の瞳がキラキラしてる。エフェクト効果?わかりやすく何かに感動してるっぽいけど何に感動してるの??今の会話で感動するところが一体どこに??


「では…握手してくれないか」


断る!!!


「友人になってほしい。ユーリア嬢、君と友情を結びたい。」


だから嫌だってば!!!

せっかく忘れていた恐怖がぶりかえしてきてわたしまで涙目になってきたんですけど!

空気を読めない着ぐるみは爽やかな笑顔で手を差し出してくる。


握れってことですか?!

これわたしも手を出して握り返せってことですか?!


なにそれこれなんの罰受けてるのわたし?!



「親愛を、君に。友として、これからどうかよろしく頼む。ユーリア。」

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