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第15話「着ぐるみ世界の現実にノックアウト」

「約束…?」


エイレーン様の呟きにわたしは大きく頷いた。もちろん、視線の先は生徒会室の壁である。一点集中だ。壁の染みの数まで数える勢いだ。残念ながら憎らしいほど美しい白一色で染みなどなかったが。


「……さて、ユーリア嬢と約束などしていましたか?」


「シルヴィ様?!」


卑怯な!!


「シル…」


殿下も呆れたように咎める。


「フリュエ侯爵家のマーシャル様に紹介していただけると約束したではありませんか!!」


忘れたとは言わせない!なんのためにわたしがここまで恐怖と戦ってきたのだと?!


「…ああ、そんなことも言っていましたね」


「今!すぐに!!お願いします!でないとその着ぐるみ引っ剥がしますよ?!」


「着ぐ…?」


「チャックを下ろして正体暴いてやる!!!」


「ゆ、ユーリア様…?」


エイレーン様、すみません。銀の着ぐるみがしれっとごまかそうとしてる気配を感じたのでわたしも必死なんです!着ぐるみに痴女だ変態だと思われたってどうでもいいわ!!


「落ち着け、ユーリア嬢」


「……誰も紹介しないとは言ってませんよ」


その言葉に、ようやくほっとして再び椅子に座った。ちなみに、今回は着ぐるみーズがソファに座っていて、わたしは窓際の殿下の席に座っている。前回同様、近くに座ることはわたしが断固拒否した結果の人数の関係上である。


「ちゃ、チャック…??」


悪役令嬢ではない深層の着ぐるみ令嬢のエイレーン様はわたしが叫んだ単語に反応して赤面していらっしゃる。両手で赤くなった頬を隠すようにしている姿は大変可愛らしいが申し訳ないけれどわたしの目にはやはり着ぐるみである。本当に、エイレーン様だけには言えない。わたしの目に映る姿を伝えたらショックで寝込んでしまうかもしれない。


「それもまあ、やぶさかではないが……」


「殿下」


こほん、とアレク殿下が咳ばらいをして。

シルヴィ様がおっしゃった。実に、実に、苦々しそうに。納得いかない。


「わかりましたよ…。事件も解決しましたし、明日にでもマーシャルに紹介します。」


「本当にですよ?!今度こそ本当にですよ?!シルヴィ様は以前もそうおっしゃったまま連絡を断たれましたからね?!」


「あの時は殿下との話し合いを優先させたのですよ」


「言い訳は無用!!」


わたしのシルヴィ様への信頼感はマイナスである。ゼロからのスタートでマイナスである。


「ユーリア嬢はどんどん…なんというか……言葉遣いが乱れていくな…」


「お褒めにあずかり光栄ですわ」


「褒めたのではないのだが…まあ、そのままでいいと思う。」などど独り言のように呟いた殿下の言葉が聞こえたがどうでもいい。それよりもマーシャル様だ。


「フリュエ侯爵家のマーシャル様ですか?」


「エイレーン様もご存知なのですか?」


やっと恥じらいから復活したらしいエイレーン様に聞き返した。


「ええ。存じ上げておりますわ。お優しいいい方ですわよね。」


なんと!!!


「そうですか、優しい方なのですね。よかったです。」


顔と爵位だけじゃなくて。やっぱり、結婚するなら優しい人じゃないとね。

俄然やる気が沸いてきた。


「ユーリア様はマーシャル様がお好きなのですか?」


「好きって…っそんな…っっ」


今度はわたしが赤面する番だった。乙女チックにわたしも、エイレーン様同様に赤くなる頬を両手で押さえ、恥らう乙女になった。顔に被った紙袋に阻まれてグシャっと紙が潰れる音がした。


「ただ憧れているだけですわ。お話ししたこともありませんのでシルヴィ様に紹介していただきたいとお願いしていたのです。」


「まあ」


この世界においては平凡顔のマーシャル様。わたしの目にはイケメンです。芸能人並みのイケメンです。あれは絶対、前世の芸能人の誰かの生まれ変わりです!!


「ならばわたくしがご紹介しましょうか?」


「エイレーン嬢!」

「本当ですか??!!」


わたしとシルヴィ様から同時に声があがった。

エイレーン様はおっとりと微笑んで頷く。


「かまいませんわ。マーシャル様にはよくご挨拶していただきますの。明日、一緒に登校しませんこと?そうすれば自然にマーシャル様に紹介できますわ。」


「エイレーン様!!!」


女神だ!天使だ!

恋のキューピッドがここにいる!!


「ありがとうございます……っ!最初からエイレーン様にお願いすればよかったです」


シルヴィ様ではなく。

と続けたわたしの呪詛はしっかり銀着ぐるみに届いていたことだろう。

あの銀着ぐるみめ。人の弱みにつけこんであれこれ呼び出しやがって……!


「………やめた方がいいと思いますがね……」


あぁん?!


「いえ……好きにしたらいいのではないですか?」


なんで銀着ぐるみにそんなこと言われないといけないの?!ここまで着ぐるみ都合で引っ張っておいて何様!?


「では明日の朝、女子寮の前で待ち合わせ致しましょう?ユーリア様。」


「はい!!!」


こうして、


わたしの恋は一歩前進した!

先行きは明るい!万歳!!!











なんて喜んでた自分が馬鹿でした。


「だからやめた方がいいと言ったんですよ…」


わたしは涙にくれていた顔をあげてギリリと頭上の銀着ぐるみを睨み上げた。

失恋した乙女には今だけ着ぐるみへの恐怖はない。それより心が痛い。


「ちゃんと教えてくれなかったじゃないですか!!!」


「あの場で言えますか?エイレーン嬢は気づいていないですし殿下も同様です。」


「後で教えてくれたって……」


「呼び止めようとしたのにあなたが全力で逃げていったのではありませんか」


「う……っ」


再び、わたしは泣き伏した。


「うう~…この世界の美醜が憎い……っ!!!」


わたし可愛いのに!

ご当地アイドルになれそうなほど可愛いのに!脇役女優くらいはいけそうなほどなのに!!




「マーシャル様がエイレーン様を好きだなんて聞いてない!!!」




朝、女子寮の玄関でエイレーン様と待ち合わせ(マーシャル様とお話しできることに舞い上がって着ぐるみだけど怖くなかった!)、ドキドキわくわくで学院に向かったわたしに

待っていたのは厳しい現実だった。


エイレーン様の言っていたとおり、学院の門をくぐったところで出くわしたマーシャル様がエイレーン様に


「おはよう、エイレーン嬢」


と声をかけてきたのだ。

エイレーン様は微笑んで朝の挨拶を返しわたしを紹介してくれた。


「最近お友達になったルドフォン伯爵家のユーリア様ですわ」


「はっ!は、初めまして!!マーシャル、様!!!」


「初めまして。フリュエ侯爵家のマーシャルです。よろしく、ユーリア嬢」


ここまではよかった、ここまでは。

わたしは念願かなってマーシャル様にお近づきになれたことで舞い上がっていたしお近くで拝見したマーシャル様はやっぱりかっこよかったし、

エイレーン様の言っていた通り、マーシャル様は優しい笑顔で微笑んでくださった。


でも。


そこまでだった…。


「あの表情を見て気づかないエイレーン様ってどんだけ鈍感なんですか………」


すぐに気づいた。

マーシャル様がエイレーン様を見つめる眼差しに、熱がこもっていたことを。

マーシャル様はあきらかに、エイレーン様に恋をしていらっしゃる。



わたし以外の人間には着ぐるみは美形に映ることを失念していた…っっ



不覚!!!


「エイレーン嬢は殿下のご婚約者でしたしその自分が他の人間の恋愛対象になるということは考えたことがないのでしょうね」


「生粋のお嬢様ですわね、エイレーン様…」


マーシャル様、わたしのことなんて眼中になかったもの。

エイレーン様がわたしのためにと長々お話してくださっていたけどマーシャル様ってばずっとエイレーン様を見つめていらしたもの。わたしなんて……話の合間にちょこっと視線が向けられるくらいで。愛想笑いだってすぐわかったわ。


「シルヴィ様はご存知だったんですね」


「まあ…人の機微には敏感なほうですから」


着ぐるみの機微?


「これまではエイレーン嬢は殿下の婚約者でしたからマーシャルも諦めていたのでしょうが、解消になった今、マーシャルも積極的にいくつもりかもしれませんね。」


「はは…そうですか……」


「あなたに紹介を頼まれた時はまだ殿下とエイレーン嬢は婚約中でしたし可能性がないとは言い切れなかったもので……期待をさせてしまって申し訳ありません」


「いえ…シルヴィ様のせいではありませんから……」


なんとか立ち上がり、わたしは溜息をついた。


「今のところエイレーン嬢にその気はありません。頑張ってみますか?」


そんな問いに、わたしはゆるゆると首をふった。


「いえ…。いいんです。あの目を見ちゃったら……望みは薄そうですし。それに、元々憧れていただけで恋と呼べるほどのものでもありませんでしたから。」


「……………。」


それに、


いいんだ!


わたしにはまだショーン様という候補もいるし!

年下だし、時間はたっぷりある!

青田買いよ、次いってみよう!!


ショーン様も駄目だったらカミュ先生に生徒も恋愛対象内かどうか駄目元で聞いてみるのもいいかも。

この世界には教師と生徒は禁断とかないんだし。


望みがありそうってわかってからじゃないと……怖くて踏み込めない。

わたしの悪いところだ。

つい、傷つくのが怖くて。失恋が怖くて。

わざと騒いで少しでも傷を浅くしようと…そんな浅はかなことを考えてしまう。


「……………わたしはいいと思いますよ」


「え?」


眼鏡をかけた銀髪の着ぐるみが言った。

何故かわたしの足元をじっと見つめながら。


「あなたが…あなたがいいという男はちゃんといますよ。」


うん。

わかってますけど??

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