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第10話「着ぐるみ世界への誘い」

「ミラ様が……言っているのです…エイレーン様がサンチェ子爵令嬢を…突き落としたと……」


そう教えてくれたエミリ様は青ざめていた。


「サンチェ子爵令嬢から聞いたのではなく?」


「いえ…現場を、目撃なさったとか……」


あの場に緑の着ぐるみがいた?

あんな目立つものを見落としてた??


「そう…ミラ様が証言されているなら……安易に疑えませんわね…」


なるほど。ミラ様は公爵家のご子息だ。公爵家の子息のミラ様が見たと言っているのをそんなはずはないと簡単には切って捨てられない。皆が半信半疑ながらもエイレーン様に疑惑を向けるわけだ。

だからといって、エイレーン様を責める雰囲気はないけど。


でもでもやっぱりそれよりも!!


「ルル嬢がお怪我をなさっているのかがわたくしは断固として知りたいですわ!」


だってだってだって。

今になって気づいちゃったんだけど!

ルル嬢って着ぐるみじゃない?あの時は怪我してるようにはわたしの場所からは見えなかったけどもし仮に怪我をしてたとしてね?!


血って出るの??!!


着ぐるみの身体から!

出てくるのは綿じゃないの?!

布でできてる身体だから例え屋上から落ちたとしても平気なんじゃないの?切りつけられたって刺されたって綻び部分を縫えば元通りになるんじゃない?

あの人達の手術って実は裁縫の達人が担ってるとかじゃないの?!


「……そうですわね、子爵令嬢の狂言だと考えれば、怪我らしい怪我をしていないあのお姿も頷けますわ」


「ミラ様に泣きついてはいましたけれど学院にいらっしゃってますものね」


あれ?


そういうつもりじゃないんだけどレイチェル様とエミリ様の間でルル嬢の自作自演説が有力になってる?

いや、そうなんだけど。


そもそもさ、ミラ様があの場を目撃してたとしてよ?どこにいたのか知らないけどミラ様のいた位置からルル嬢がエイレーン様に突き落とされたと見えたとしてもさ。その後のルル嬢の発言はあれだよ?


『……ふふ、わたしがあなたに突き落とされたって言えば殿下たちはわたしを信じてくれるわ。』


あれを聞いたらあれ?これ自作自演?って気づきそうなんだけどなぁ…。

めっちゃ笑ってたし。ものすごい怖い笑顔だったし。

とても突き落とされてショックを受けてる人の顔じゃなかったもの、あれ…。


ぞわ~っと、

思い出してまた身体が震えた。











着ぐるみーズの痴情のもつれなどわたしには関係ない。

シルヴィ様がさっさとマーシャル様を紹介してくれないから今日もわたしはこっそりと、壁に隠れてマーシャル様のお姿を堪能する。


はう…。

やっぱり素敵…。


好きすぎると固まっちゃって駄目ね。尊すぎて近寄れないなんてせっかく芸能人並みのイケメンが平凡な世界に生まれ変わったというのに話しかけることもできない。

遠くから見つめるだけなんて乙女か!恋する乙女か!少女漫画の乙女か!!

こちらの世界にストーカーという言葉がなくてよかった。


でも…。

マーシャル様はシルヴィ様達に手綱を握られてる感をひしひし感じるからなあ。


もう一人の候補、ショーン様にいってみようかな。

ショーン様は年下のものすごい綺麗な顔立ち(この世界では平凡)の音楽の申し子だ。平凡に変換されてしまう容姿と低い爵位のせいでその才能に脚光があたることは少ないけれど、ショーン様は貴族でありながらとても素敵な曲を作る。一度、一人で自作の曲を口ずさんでいるところを見かけてしまった時にハートを打ち抜かれた。まだ14歳だから…3つも年下だから躊躇があったけれど。


ここは年上の女の魅力で落としにかかるべき!?


マーシャル様を眺めることをやめてショーン様を探そうかと思案を始めたわたしの耳に

またしてもエイレーン様の名前が聞こえて振り返った。


「エイレーン様がそんなことを?」


「必死でしたわ。できればご協力したいと思ったのですけれど」


「わたくし達には何もできませんものね」


「ええ、嘘の証言をするわけにはまいりませんわ」


マーシャル様に見つからないように壁際に隠れてはいるけれど、いかにも隠れてるようではわたしがヤバい令嬢になってしまうので

人を待っている風を装って壁横に立っていた向こうから通り過ぎる令嬢達の会話が聞こえてきて耳をすました。


「正面玄関で?」


「そうなんですの。なにせあちらにはミラ様がついていますしエイレーン様も必死ですわ」


「新しい噂では子爵令嬢の狂言だとか聞きましたわよ?」


「それを証明できるかが難しいところですわね」


「公爵令嬢自らが証人探しとはおいたわしいことです」


………。


あの階段落しの一件がますます大事になってる…。


通りすがりの令嬢達の後ろをさりげなくついて歩いて耳をすませたところによれば

どうやらエイレーン様が玄関に立ってあの階段落しの目撃者を探しているという。

ミラ様という公爵子息が証人についてるルル嬢に対して冤罪を主張するエイレーン様にはそれを証明してくれる人がいない孤立無援状態。このままではやってもいない罪をやったことになってしまうと…あの日の目撃者を学院の正面玄関で探しているらしい。


マズイ…どうにかしてわたしを巻き込もうという世界の悪意を感じる…!


着ぐるみーズ達で勝手に解決してくれればいいものを…

正面玄関で声をあげるなんて。公爵令嬢が自ら証人探しするほど切羽詰ってる感がいたたまれない。


わたしへの圧力なの?!嫌がらせなの?見てたくせに黙ってんじゃねえとわたしは今絶賛責められてる最中なの??

着ぐるみでさえなければ…っっ

すぐにでも名乗り出るのに!!


いてもたってもいられず、エイレーン様が立っているという正面玄関に向かうと

下駄箱に隠れてこっそりと様子を見る。


「お願いいたします……っどなたか!どなたか…!!証言していただける方はいらっしゃいませんか?!」


目撃者を探しています、というチラシまで作って配っている。

公爵家の資金力よ…!


「エイレーン様をお助けくださいませ!」


「現場を目撃された方がいたら名乗りでてください!!このままではエイレーン様が冤罪をかぶせられてしまうのです……!」


「エイレーン様は無実です!冤罪の被害者です!子爵令嬢を突き落としてなどいません!!」


声をはりあげながらチラシを配っているのはエイレーン様だけではなかった。

お友達の皆様も一緒に目撃者を探して立っている。

美しい友情がそこにはあるがエイレーン様以外の女生徒は普通の人間の姿だ。


「ど、どどどどどうしよう……っ」


名乗り出たくない。

これ以上着ぐるみーズに関わりたくない。

着ぐるみ対着ぐるみの戦いなんかに巻き込まれたくない。

特にあのピンクの着ぐるみは絶対ヤバい着ぐるみだもん。めちゃくちゃ怖そうだもん。ピンクの味方してる緑の着ぐるみなんてヤンデレっぽいんだもん!絶対ヤバいって!!わたし殺されるからっっ


「わたくしはサンチェ子爵令嬢を突き落としてなどいないのです!!彼女が自分から落ちたのです!わたくしに……わたくしに罪を擦り付けるために!!」


着ぐるみでさえ…


なければ………


「どうだか」


それは最初、小さな呟きだった。

エイレーン様達の声にまぎれて消えてしまうくらいの小さな、誰か一人の呟いた独り言だった。


「冤罪とか言ってるけどさ、本当はやったんじゃないの?」


「まさか。エイレーン様は公爵令嬢だぞ?」


「だからこそだよ。公爵令嬢様にとっては子爵令嬢なんて何をしてもいいと考えてるかもしれないだろ?」


「やめとけよ、聞かれたら大変だぞ」


「わかってるよ。公爵家に喧嘩売ったらただではいられないさ」


「でもミラ様が守ってくれるかもしれないぞ?」


「ミラ様が見たって言ってるんだもんな。ならやったんじゃないか?」


それは主に、男子生徒だった。エイレーン様達を遠巻きに眺める男子生徒達の、こそこそと囁きあう会話だった。彼らのエイレーン様を見る目には疑いが含まれていた。

最初は小さかったその声は、やがてさざ波のように大きなうねりとなって広がっていった。まるで誰かに仕組まれたように見事に、綺麗に一つの大きな意思となり声となり


とうとうエイレーン様本人の耳にまで届いてしまった。


「本当は突き落としたくせに!!」


「死ねばいいと思ってたんだろ!」


どこから叫ばれたものかわからない。群集に埋もれ、声の場所を探すことすらできなかった。騒然となる玄関前で、大勢の悪意の声に晒され囲まれ非難されたエイレーン様は


「ちがう……ちがいますわ…………わたくしはやっていない…」


身体を震わせ、涙の浮かんだ瞳で首を振りながら何度も否定の言葉を口にする。

同じように一緒にいた女生徒達も、それ以上に大勢の男子生徒達の声に怯えてしまい、言い返すことができずに固まっていた。


あまりに、酷い状況だった。


例え着ぐるみでも。


可哀想すぎると、心が痛んでしまうほどに。


「……………エイレーン様はやっていない……」


わたしは小さく小さく呟いた。


「エイレーン様じゃないわ……わたしは見ていたもの……」


たった一人の着ぐるみを

大勢の人間が取り囲み攻め立てるなんて

いくら着ぐるみでも怖いはずだ。しかも、女の子なのだ。

わたしの目には着ぐるみにしか見えなくても、心はちゃんと普通の女の子のはずなのだ。


こんなの、あんまりよ。


ひどい。



「エイレーン様はやっていません!!わたし、見てました!!!あの時階段の上からお2人を見ていました!エイレーン様は突き落としていません!彼女が自分から飛び降りていました!!!」



とうとうわたしは


世界の悪意に押されて



声をあげてしまったのだった。

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