スーパーマーケット
あの出来事から数日が経った。数日経ってもまだ夢じゃないかと信じられなかった。まさか熊と友だちだったなんて。しかも子熊じゃなくて親熊の方だし。あの日家に帰ってから千夏にマシンガンのように質問した。
わかったことをまとめると、くみこちゃんはママの方で子供の名前はキラちゃん。キラちゃんは女の子。キラちゃんは入園式には出席せず、最近登園するようになったらしい。くみこちゃんはキラちゃんのお迎えの時に毎回千夏と遊んでくれているようだ。
夢であってほしい。私はきっと疲れてたんだ。数日経ってもパニック状態から抜け出せずにいた。時計を見るとお昼の一時過ぎだった。「そうだ。夕飯の買い出しに行かなきゃいけないんだった」私は気持ちを切り換えるべくスーパーに向かった。
スーパーでカートを引きながら今日は何を作ろうか考えた。こうしていると気が紛れるようだった。
「今日はカレーにしよう。千夏はカレーが好きだから」まず野菜コーナーから物色する。すると店内から「カランカラン!」とカネの音が聞こえた。
「今からタイムセールが始まります! こちらのワゴンに入っている野菜の詰め放題がなんと100円でーす! ぜひご参加くださーい!」スーパーの店員さんが大声で客たちに呼びかけている。
その声を聞いて主婦達の波がどっと押し寄せてきた。その中でも一際目立っていたのが他の主婦たちよりもひと回りもふた回りもでかいけむくじゃらの主婦だった。それは紛れもない熊のくみこちゃんだった。
夢じゃなかった……。私は再び愕然とした。くみこちゃんは人の波をかき分けて入り、詰め放題に挑戦していた。くみこちゃんはその太くて大きい手に似合わず繊細かつ丁寧に野菜を詰めていった。そして袋が破れるか破れないかのギリギリのところまで野菜を詰め込み、そこにいた誰よりも野菜をたくさん獲得していた。私はその人混みに入ることができず人混みの後ろからその様子を観察していた。
詰め放題が終わったくみこちゃんが人混みの中から出てきて目があった。くみこちゃんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにぺこっと軽く頭を下げてくれた。それから思い出したかのようにこっちまでカートを走らせて来て、私の顔の前にスマートフォンの画面を突き出した。
スマホ持ってたんだ。熊なのに……。スマホの画面はラインになっていた。「もしかして連絡先を交換したいってことですか?」くみこちゃんは画面を突き出したまま「うんうん」と頷いた。そしてその勢いに圧倒されるがままにラインの連絡先を交換することになった。お互いのQRコードを出して読み取り私たちは晴れて友だちとなった。
まさか熊と友だちになるとは……。こんなことは夢にも思わなかった。
家に帰ってから礼儀として一応ラインを送ってみることにした。「千夏の母です。今日はスーパーで声を掛けて頂きありがとうございました。また何かありましたら今後ともよろしくお願いします。」と定型文を送ってみた。
くみこちゃんのラインの写真は現実のくみこちゃんとはだいぶ違っていた。くみこちゃんはふわふわの毛に覆われた丸顔をしている。しかし、写真の中のくみこちゃんは顎がシャープに整っていて目にはあのドラゴンの車に乗っていた時に掛けていたあの大きなサングラスを掛けている。そして谷間のような部分が際どく開いたセクシーなビキニを身につけて砂浜で眩しそうに日差しを浴びながらこっちに向かって微笑んでいる。
これは仲良くなれそうにないタイプだ。リア充感が半端なかった。そして熊なのに加工を使いこなしている。
しばらくするとラインが既読になった。それからすぐにくみこちゃんから返事がきた。「こちらこそ(ハート)同じクラスのキラのママのくみこです(クマ)これからよろしくお願いしまーす(ハート)(ハート)仲良くしてくださぁい(ハート)(ハート)(ハート)(ハート)(ハート)」それに続いて可愛いらしい熊がペコペコと頭を下げているスタンプが送られてきた。
益々仲良くなれるような気がしない……。
熊であることだけならともかく人間であってもこの手のタイプとは距離を置きたいと思うのに。いや、まず熊であることも始めはおかしいと思っていたのに、熊であることはともかくって……。私の頭はだいぶ麻痺してきていた。とりあえず無料のスタンプを送って返事をしておいた。
これから一体どうなってしまうのだろう?
幼稚園に通わせることが段々と気が重くなってきた。