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出会い

「あるーひもりのなかっくまさんにでああった〜」

幼稚園バスから息子が歌いながら降りてきた。

3歳の息子は今年度から幼稚園に入園した。初めての幼稚園生活に慣れないのかこの一ヶ月毎日沈んだ顔をして帰って来ていた。その息子が今日はえらく上機嫌だ。

「千夏くん。今日は何か楽しいことでもあったの?」と息子に聞いてみた。

「うん! あたらしいおともだちができたよ」

へぇ珍しい……。息子が自分からおともだちの話しをしてくれるなんて。少しの間に息子が成長しているのを感じて嬉しく思った。

「そのおともだち名前はなんていうの?」と聞くと今度は満面の笑みを振りまいて「くみこちゃん!」と答えた。

女の子なんだ! 息子よ。なかなかやるな。なんて心の中で思いつつ嬉しい報告は終わった。


それから毎日「今日はだれと遊んだの?」と聞くと必ず「くみこちゃん!」と答えが返ってきた。そんな仲のいいおともだちが出来たんだと微笑ましく思っていた。

くみこちゃんと出会う前は正直、千夏のことが心配だった。「幼稚園楽しい?」と聞くとしょんぼりした顔をして「たのしくない…」と言う。時には泣きじゃくって帰ってくることもあった。それが今こんなにも楽しそうに毎日帰ってきてくれる。その姿を見れただけで心配していた気持ちは一気に吹き飛んだ。見たことも会ったこともない「くみこちゃん」には感謝の気持ちでいっぱいだった。


今日は夕方の4時に千夏の予防接種を予約していたのでバスではなくお迎えにした。千夏からくみこちゃんはバスに乗っていないと聞いていたので、もしくみこちゃんのママに会うことがあったら一言挨拶をしておきたいと思っていた。くみこちゃんのママは一体どんな人なんだろう?

千夏の教室の前で待っていると千夏が私に向かって飛び込んできた。「わぁ! びっくりした。おかえり! 今日は楽しかった?」いつもと違ってバスではなくお迎えだからか千夏もはしゃいでいる。「うん。たのしかったよ!」満面の笑顔が弾けていた。「くみこちゃんはどこにいるの?」千夏に聞いてみる。「まだきてなーい」

「まだ来てない」ってどういうこと? もしかしたらおやすみってことなのかな。今日はおやすみなら仕方がない。挨拶はまた今度会った時にでもしよう。


そう思っていたところ教室の外からブロロロロロ…ッとけたたましいエンジン音が聞こえた。

すごい車に乗っている人がいるなと思って驚いたが、予防接種の予約の時間もあったので急がなければならなかった。千夏の手を取って先生に「さようなら」の挨拶をして幼稚園の玄関に向かおうとした。

すると千夏が「あ!くみこちゃーん!」と私の手を振りほどいて玄関に向かって走っていった。くみこちゃん? この時間から来るの? どういうこと? 頭の中がはてなでいっぱいになった。千夏は走って行って勢いよく踏み切り、そのくみこちゃんに向かって飛びついた。

くみこちゃんはふかふかのお腹をしていた。

ふくよかでふかふかしていそう……という比喩表現ではない。本当にふかふかの茶色の毛に全身包まれており飛びついたら気持ちがいいだろうなと思った。


なんて呑気なことを言っている場合ではない。


「熊だ……本物の熊がここにいる。」どうしてここに熊がいるの?

そして息子よ……なぜ熊に向かって飛びついた?

熊がいたら死んだふりをしなきゃ……!


私の動揺とは裏腹にその熊は幼稚園の日常に溶け込んでいた。律儀に先生に「こんにちは」の会釈をしている。すれ違うママたちもなんとも思わない顔で熊に挨拶をしていた。

なぜ? 不思議でたまらない。

熊にしがみついた千夏がそのまま顔だけをこちらに向けて「マーマー!くみこちゃんきたよーっ!」と大声で叫んだ。

この人がくみこちゃん? 正確には人ではなく熊か……。熊のくみこちゃんがこちらに向かって会釈した。私もそれにつられて軽く頭を下げた。

なんてことなの…! くみこちゃんが熊でくみこちゃんがママで熊がくみこちゃんで……私の頭はパニック状態だった。くみこちゃんはしがみついていた千夏を一度床にそっと下ろしそれから今度は千夏の脇を抱えてブンブンと振り回した。千夏はケタケタと笑っている。

私ははっと目が覚めた。とっ、とりあえず挨拶しなきゃ! 私は本来の目的を思い出した。

くみこちゃんが千夏をブンブン振り回しているところまで行き「はっ初めまして……千夏の母です。いつも千夏がお世話になっています」とだけ伝えた。くみこちゃんは千夏をまたそっと優しく床におろし私に向かって深々と頭を下げてくれた。

どうやら悪い熊ではないらしい……。2人で向かい合って挨拶をしていたら足元をけむくじゃらな何かが素早い動きで通っていった。「なっなに?」見るとそれは可愛らしい小さな子熊だった。くみこちゃんの子供だ! くみこちゃんにそっくりだからすぐにわかった。同じ熊だから。


「あっ!キラちゃん!」

千夏が嬉しそうに名前を呼ぶ。子熊は意外にもキラキラネームだった。千夏とキラちゃんは手を繋いで向かい合いその場をクルクルと回ってはしゃいでいた。千夏には今日家に帰ったら聞くことが山ほどありそうだった。


くみこちゃんとキラちゃんは手を繋いで先に駐車場へ向かっていった。私はその場でしばらく呆然と立ち尽くしていたが、予防接種の予約のことを思いだし急いで駐車場へ向かった。

駐車場ではまたけたたましいエンジン音が鳴っていた。それは幼稚園にはふさわしくない音だった。その音の方を見るとドラゴンのオブジェがついたスーパーカーにくみこちゃんが乗っていた。窓を全開にしてキラちゃんがこっちに向かって手を振っている。

千夏は「くみこちゃんとキラちゃんバイバーイ!」と言って大きく手を振った。顔の大きさの半分くらいはありそうな大きなサングラスを掛けたくみこちゃんがこっちに気づいてまた軽く会釈をした。そしてブゥゥゥンッ!とけたたましい音のエンジンをふかして勢いよく去っていった。


大変な人と友だちになってしまった。実際には熊だけど……。千夏の楽しい幼稚園生活が始まると期待していたところが、まさかの出来事だった。

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