とある花屋の恋模様
ここは静かな住宅街にある花屋さん。
花を買う目的といえば、家に飾る為やプレゼントなど様々だろうが、ここは何故かプレゼントに買う人が圧倒的に多い。
理由はおそらく……
「あの、プレゼント用に花束を欲しいのですが……」
ほら、来た。
スーツを着た若い男性。
カウンターで作業していた店長が爽やかな笑顔で答えた。
「はい。どのようなものに致しますか?」
店長は所謂イケメン店長。
歳は30代後半だが、元からの爽やかさに加え、最近渋さもでてきた。
店長目的で来る女性も多い。
そして私は一応ここの店員で、自分で言うのもなんだが看板娘といったところだろうか。
「彼女にプロポーズしたくて、彼女をイメージしたものがいいんですが」
男性はスマホを差し出した。
そこにあったのはツーショットの写真。
私も店長と一緒に覗いてみる。
写っている彼女はほんわかした雰囲気の可愛らしい女性だ。
あんた、見た目は平凡なのに随分可愛らしい彼女ゲットしたわね。
声には出さないけど。
「小柄な子なんです」
「なるほど……。小春、選ぶの手伝ってくれるかい?」
了解。
これも私、小春の仕事。
店長と一緒に花を選ぶ。
そうね。ありきたりかもしれないけれど、かすみ草は外せないわね。小柄でふわっとした感じ。
「かすみ草か。いいね。じゃあ後は……」
手際よく花を選んでまとめていく。
出来上がったのは全体的にパステルカラーの小さな花束。
「小柄な女性ということなので、小さなものにしてみました」
「ありがとうございます!実は、ここで買った花束でプロポーズすると必ず成功すると噂で聞いてきたんです」
ほらね。
いつからだろうか。こんな噂が流れ始めたのは。
おそらくここの花束を買ってプロポーズした人が惚気がてら話したことがきっかけなんだろう。そして人から人へ。噂なんてそんなものだ。
まぁ、店長がセンスいいのは本当の事だけれどね!
「成功するといいですね」
ニッコリと笑う店長。
今日も素敵な笑顔ね。
男性客は軽い足取りで帰っていった。
暇になった私は通りに面した日当たりの良い場所でのんびり日向ぼっこ。
花に囲まれて暖かい日差しを浴びるのが大好き。
花だろうが人間だろうが、どんな生き物にも太陽って大事。
「ねぇ、小春。不思議だよね」
何が?
視線を向けると困ったような嬉しいような、なんとも言えない微笑みを浮かべた店長がさっき切り落とした茎を指で弄っていた。
「きっと成功だけでなく失敗もあったはずなのに、何で必ずプロポーズが成功するって噂になるんだろうね。大事な時の花束をうちで買ってくれるのは嬉しいんだけどさ」
そりゃあ成功した人は舞い上がって周りにベラベラと喋るでしょうけど、失敗した人はあまり言わないわよ。それに多少脚色されるのが人の噂話ってやつよ。
「……さっきの人、プロポーズ成功するといいね」
店長、それ毎回言うわね。そんな人の良いところも魅力の1つだけれど。
堪え切れない欠伸とともに伸びをすると、こちらに向かって来る人影が見えた。
今度は女性だ。
「こんにちはぁ」
甘ったるい喋り方。
たまにここに来る人で、明らかに店長目的だ。
わざと露出の多い服を着て前屈みになり上目遣い。
はっきり言う。私はこの人が嫌いだ。
彼女が来る前にバックヤードへ逃げ込む。
「あれ、今日は小春ちゃんはいないんですかぁ?」
「今、奥にいます」
「なぁんだ。残念」
残念がっていないでしょう、あなた。
「今日はこの前買った月兎耳ちゃんに栄養剤をって思ってぇ」
「それなら、こちらです」
いつも通りのスマイルで接客をする店長。
その笑顔は素敵だけど今はやめてほしい。女性客はみんな目がハートになってしまうから。
「ありがとうございましたぁ。ところで店長、今日何か予定あります?」
「今日は……やらなきゃいけない仕事が多くて」
「そっかぁ。なら、今度時間のあるとき、ご飯行きましょうよ」
「機会があれば」
「絶対ですよぉ」
こちらをチラリと見て、困ったように眉を下げた店長に気付いているのかいないのか、約束ですよ!と店長の手を握った女性客はとびっきりの笑顔で出ていった。
店長に色目使いすぎ。
私は少し不機嫌そうにカウンターにいる店長の側に行った。
「小春、お前は本当に女性のお客さんが嫌いだね。何故だい?」
店長に見え見えのアプローチかけるからよ。
「お前が気に入ってくれる人が見つからない限り、私はずっと独り身だろうなぁ」
ため息をつきながら優しく頭を撫でてくれる。
見上げた顔はまた、困ったような嬉しいような微笑み。
大丈夫よ、店長。
きっといつか、私が認める女性が来るわよ。私のジャッジは厳しいけれどね。
「お前のことを気にしなければいいんだろうけれど、ついつい小春を優先してしまうのは、私がお前に甘い証拠なんだろうなぁ」
何度も何度も撫でてくれるこの大きな手が大好き。
私を優しく包んでくれるこの腕が大好き。
小春って何度も名前を呼んでくれるこの声が大好き。
私だってね、いつまでもこの時が続くとは思っていないわ。
だから、だからもう少しだけ。もう少しだけ、ね。
軽々と私を抱き上げた店長の頬に、私は擦り寄る。
「な、小春」
「ニャー」
店長の1番の雌猫(女の子)は私でいさせてね。
恋模様っていう割には恋愛要素少ないです。
すいません。
月兎耳ってのは多肉植物です。
小春ちゃんは、私のイメージではメインクーンのような長毛種です。
店長……いつか結婚できるかな。