第五話 戦争防止平和維持特殊組織、極秘担当班
菖蒲の花が咲くころ。
そんな頃の楔荘。
「いやぁ~、いい天気だよな~」
俺は自室の窓を開け、外を眺める。
「おい、稔」
窓の下から裏拏さんに呼ばれる声がした。
「なんすか?」
「この古本の束、ゴミに出しといてくれ」
「わかりましたー」
庭にまわり、本の束をゴミ捨て場に出す。
楔荘に戻ると表子さんが、
「ないないないないないないないないないないないない!! わたくしの薔薇の薄い本たちが!!」
「あの……さっき裏拏に頼まれて雑誌の束をゴミに出しましたが……?」
「ほあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「あ、あの……」
「このくそがっ! ハゲになる呪いかけてやる!! ビチグソが!!」
この人は怒るとおしとやかさがどこかへ行く……。
そんな表子さんを放っておいて、リビングへ逃げる。ソファーに座ってゆっくりテレビでも見るか。そんな矢先、
「あーのさぁ……」
「あ、護さ――って全裸~~~~~~!?」
「ん……?」
声が出なくなり、口がパクパクいうというのは正にこれか。
「俺の体、なんか……変……?」
……まっ……
「参りました!」
「え」
負けた。完璧負けた。俺よりもデカ……ていうか巨根レベルでは……!?
「そっ、それよりも、下、隠してもらえませんか?」
護さんは首をかしげたが、
「……あぁ。すぐ風呂に戻るから」
「あっ、な、何か用があったんですよね? なんですか?」
「あぁ。シャンプーがちょうど切れて……」
「いつものところですよ。これ何回目ですか?」
「え……何……回、じゅ……いや、20……あ……」
「もう! そんなに悩まなくても!!」
「こらぁぁ!! 護!! またちゃんと拭かないで廊下ほっつきやがって! 何度言えばわかるんだ! 掃除は私がするんだぞ! ポコポコブチブチ……!」
禊さんがどかどかとリビングへ来て護さんの耳をつかむ。
「いっ……や、やだぁ……!」
「いいからお前はさっさと戻れ!! プンスカプンスカ……!」
禊さんに耳をつかまれ、護さんはリビングから引きずり出される。
「ちょっ、憤怒、やめ……痛たたたたた……」
護さんはマイペースだなぁ。
「稔~くんっ!」
ふと肩が急に重くなる。
「あ、殺欺……」
殺欺が俺の肩に乗りかかっていた。
「今とぉっても、欲求不満なんだよねぇ~」
殺欺くんがにんまりと笑う。
「え……ま、まさか……」
「さっすが稔くん! 大丈夫、安心して。……痛くしないから」
殺欺が俺の肩を力強くつかむ。
「ひっ……」
殺欺くんが近づいてく。
「ひぃぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ヘルプミィ~~~~~~!!!!」
「朝からうるさいのよオタクメガネ!!」
琉子先輩に怒鳴られた。
一方、七穂――。
『あ、ななちゃんもしもし? お母さんだよ~。あのねぇ、お母さんお友達とピースランド、ほら、ななちゃんのいる寮のちょっと? 近くにある遊園地。あれのチケット二人分手に入れたんだけど、友達がね、ドタキャンしちゃって。だから、ななちゃん宛てに送っといたから。彼氏と行ってきたら? それじゃあね』
〈留守電の再生が修了しました〉
あ……あんのおっかぁー!
彼氏だぁ!? カチンてきたカチン!
「でも、これどうしよ……」
「僕一緒に行きたいなっ!」
「うわっ!」
自室の窓の横の木から逆さまの殺欺くんが見えた。
「あ、あの、葉っぱいっぱいついてる……」
「よし! じゃあ今から行こう!」
殺欺くんは私の手をつかむなり、手の甲に口づけしてにんまり笑った。
絶対聞いてない。
―――なんだかんだあって遊園地に到着。
「へぇ、三駅程で着くんだ。これなら走っていけるね」
「えっ!?」
走るの? この距離? なんなのこの人。
「よし。じゃあ行こっか」
「えええちょ、待って!」
休日だからか、人がいっぱいいる。
あぁ。まただ。昔からそうだ。どんどん空気になってって、誰も私が見えなくなる。
お願い――誰か、私をここから引き出して――
「七穂ちゃん!」
誰かに手を引かれて我に返る。
「殺欺……くん……」
「ど、どうしたの!? 泣いてるよ? どっか怪我した?」
「ううん……違う……でも、だ……怖……消えちゃう……」
全身の震えが止まらなくて、どうにかしようと肩をさすった。
ふっと殺欺くんの服の柔らかい感触が目元に感じた。
「え……?」
「泣かないで。僕、君の泣いた顔なんか見たくないよ」
ふわっと体が宙に浮く。
「ほらっ、笑って! 笑った顔を僕に見せてよ!」
「あ……。――ってお姫様抱っこ~!?」
殺欺くんの無邪気で大胆な行動に顔が熱くなるのが分かった。まるで乙女ゲームのヒロインになった気分だ。
「さ、いっくよぉ!」
「えっちょ、あっあっぁつ……」
殺欺くんが足に力を入れてぐっと踏ん張る。そして、体がぐおっと、まるでエレベーターの上りみたいな感じがした。
「いぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ほらっ下を見てみな」
うわ……人がゴマ粒に――。
……これって、このまま落下するんじゃ……。
体が―――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どんなに声を出しても届かない。誰も聞こえないの? それとも、私の声が小さいから?
なんでなんでなんでなんでなんでなんで――。
お願い。誰でもいい。悪魔でも、天使でも、神様でも、そこらの猫でもいいから、私を見て。気づいて。触れて。
本当に、
「――なんで――」
その時、目が覚めた。
「ようこそ七穂ちゃん!」
そこには殺欺くんがいた。
――戻り、稔。
第二本支部東13番通路にて。
「ふあぁ~……」
顎が外れそうなほど大きなあくびが出た。
今日は日曜だから昼過ぎまで寝てたかったのに、禊さんから電話で「本支部特殊係班一斑は全員第二本支部地下5階第2会議室にヒトマルマルマルに集合。遅刻した者は下痢になるツボ押してやるからな。おいアーサー! その書類はあっち! ドタバタゴタゴタ……」と、すんごい忙しそうな様子だった。
でもなんでこんな時に。なんか知らないけどねーちゃんは殺欺とランド行ったみたいだしなんなの全くポコポコプンスカ……。
ちょっとしたことでもなんだか腹が立つ。
例の第二本支部(以下略)会議室のドアを開ける。
「舞島稔到着しましたー」
部屋には班員が全員集まっていた。班員は楔荘の住居人全員。
会議室はいたってシンプルで、真っ白な部屋に机といすが円形に並べられているだけだった。
「遅い。吾輩は暇すぎて、ついお茶を30杯は飲んでしまったぞ。ゲプ……」
裏拏さんが小さくげっぷをする。
「あ、裏拏さん。すんません……」
「わたくしだって。暇ですから、ほら! 第二本部仮眠室全てからこんなにもエロ本が!」
表子さんがビラッと見せる。
「そそそそんなハレンチダメーの! ボクハレンチいや! ご飯がいい! ひょーこ変態! ばか!」
禊子ちゃんが必死になって表子を叩く。だが痛くもかゆくもないのか、表子さんは禊子ちゃんの頭を撫でるだけ。
「そうだぞひょーこ! 薔薇とかキモイわ! ヴぁかめ!」
ケイが便乗する。
「禊子の言葉に乗せてさりげなくバカにするなクソガキが! わたくしはそんなことありませんよね、稔様?」
えっと……。
「ふんっ。ビッチが。そんなんだから彼氏にフラれたんだろうが、この嫉妬に溺れた尻の軽い女が」
「黙れクソガキ! いちゅねけいだよぉ~☆ ……とかっていっつもパソコンに向かって言ってるオタクが」
「ううううるさい!」
ケイ、声が震えてんぞ。
「ねーぇー、マジここ乾燥してんだけど。かわいい琉子ちんの肌がダメージぃ」
琉子先輩が頬杖をつきながら、ゴテゴテにデコレーションされた爪を眺める。
「加湿器置こうか。ねーねー怠惰、備品班から加湿器借りてきて」
殺欺が護さんの背中を突く。
「えー、むきあえねぇー……。っ痛ぅ……あたまいてぇ……。俺マジ勘弁。うわ、睡魔が……」
――まとまってねぇ……泣きたい。
「こらお前ら! グダグダじゃないか! ちゃんとビシッとしろ! あとそこ! お菓子のカスこぼさない! 床に染みがつく!」
禊さんの一括にその場の全員が身を縮める。
み、禊さん……!
「新メンバーだ。入れ」
禊さんの影から出てきたのは、サラサラの長い髪の女の子――って、
「姉貴ぃぃぃ!?」
「み、稔!?」
「……お前ら毎度毎度叫びすぎじゃね? なんなのこの兄弟。耳痛ぁなってくる」
クッキーを頬張りながらケイが言った。
「七穂。お前には極秘の任務、この班に入ってもらう」
「は、はい!」
「ところで七穂さんの能力は?」
表子さんが尋ねると、
「私は身を隠す能力です。すなわち……影が薄いってことかな。あはは……」
周りがシンと静まる。
「……あっ。ナルホドね。うん」
ケイが何か悟ったような顔をする。
「やめて! ケイ君そんな目で見ないで!!」
「やーい、クリぼっちぃ~?」
禊子ちゃんが首をかしげながら言う。
「ちょっと禊子ちゃん、どこで覚えたのそんな言葉?」
表子さんが禊子ちゃんの顔を見張る。
「ケイが言ってた」
ケイを指さす。
禊さんはケイのこめかみに拳骨を押し当て、
「ケイ、禊子はまだ子供なんだぞ。年上のものとして正しい事をだな……」
「痛い痛い! こめかみゴリゴリするのやめて!!」
……平和だなぁ。