第四話 帰って来た楔荘のオカン
ババババババババババババ―――
黒いヘリコプターが空高く上がる。
「もう少しで目的地です、禊さん」
ヘリのパイロットが禊に話しかける。
禊の少し長めの黒髪が風に揺れる。
「てかさー禊、なんで白い袴上下なん?」
小麦色の肌の青年が話しかけた。
「ん……アーサー。これが私の仕事着だ」
「いやいや、そりゃ爺さんの禊にとっちゃそうかもだけど、なんか……縁起悪いで。死に行くつもりなん?」
「私は死なない。それから爺さんじゃない。2000年近く生きているが、身体年齢は28だ。見た目もまだほら、こんなにピチピチ」
禊が自分の頬をプニプニと触る。
「ピチピチって言うてる時点で古いで。いや、確かに……うん、まぁ、イケメンだよ。そう言わんとマーリン怒るし」
「私がなんだ?」
「ひぃぃっ!」
マーリンの豊かな胸が揺れる。マーリンの顔は彫りが少し深く、淡い青色の目をしている。その強い眼差しは野生の狼を虐げるとも言われている。
「アーサー、故郷に妹を置いてきたそうだな。本部に預けておけば良いものを」
「あぁ、別に大丈夫やで。頼りになるジャパニーズの親戚がおるんや」
「確かお前の地元は……」
「スペリョーン」
「……あ、あぁ。スペインだったか」
「みなさん、着きましたよ」
ヘリのパイロットが声を張り上げて言った。
禊は二人に指示を出す。
「マーリンは現地民を救出、避難させろ。アーサーはミサイルとマル秘の特殊大型武器の導線を切ってこい。色は赤だぞ。間違っても黄色と青は切るなよ」
「りょーかいっ!」
「特殊睡眠ガスでマル秘は眠らせる予定だ」
「回収は?」
「日本支部に任せろ。地味なことは、まぁ得意だからな」
「了解、本支部長官禊殿」
「マーリン……いや、ロシア支部長官。あまり無茶をするなよ。骨の一本で始末書一枚にしようか」
「長官殿、ジョークは程々にしてやくれないか」
「……冗談だ」
「アーサー基ヨーロッパ支部元副長官も、また鎧を壊すなよ。経費にも限度がある」
「元って……ハイハイ。今じゃお祭り班部長やもんな」
「貴様が馬鹿なのが悪い」
「マーリン、えぐるなや……」
ヘリのパイロットが、
「トルコ支部と連絡繋がりました。出撃OKだそうです」
「ふむ。マーリン! アーサー! 行くぞっ!」
「はっ!」
二人が同時に返事をし、三人がヘリから街へ飛び降りる。
街はかなりの破壊が進んでおり、建物のほとんどは倒壊していた。
アーサーが剣を構える。
「タチキリ」
禊は剣に額を近づける。
「お前が血で汚れることを許してくれ」
タチキリはそれに応えるかのように、要となる石が光った。
ピピピピピピピ……
目覚まし時計のアラームが鳴る。
「う……うぅん……」
七穂はもぞもぞと布団から手を伸ばして、アラームを止める。
「ん、9時ちょいか……」
ゆっくり起き出し、のろのろと身支度を整える。
リビングに行くと、ソファーに腰かけて雑誌を読む成則さんがいた。
「お、おはようございます……?」
「おはようございます、七穂さん。と言うより、こんにちは、かな?」
「あはは……すんません」
「いや、別にかまいませんよ」
「キッチンお借りしてもいいですか?」
「別にかまいませんよ。ここはもう君の家ですから、自由に使ってください」
「あっありがとうございます」
パタパタとキッチンへ歩く。
キッチンの引き戸を開けて入る。
正しい入れ方や美味しい入れ方はよくわからなかったが、ティーバッグをお湯を入れたカップの中に泳がせる。そしてその紅茶を持ってテラスへ出た。
「ふぅ……」
テラスの椅子に腰かけて、テーブルの上に紅茶を置く。
その時、玄関の開く音がした。
すると、テラス前の廊下をバスタオル一枚の琉子が走り去る。最初はただ琉子が走り去っただけだと思っていたが、その格好に思わず二度見した。
「ちょっ、先輩! 服! 服着て! せめてちゃんと拭いてください!!」
後ろから琉子の服らしき衣類を抱えた稔が走って行く。何事かと思い、七穂も二人の後を追った。
たどり着いたのは玄関で、そこにはボロボロの布を纏った男性が目に入った。
「パパりん!!」
琉子が目を輝かせてその人を見る。
「えっ!?」
稔と七穂は思わず驚きの声を出してしまった。
「……ただいま、琉子」
「おかえりぃパパりん!」
琉子が嬉しそうにその人に飛び付く。
「おっとっと……。また大きくなったな、琉子」
「うん! 琉子、ちゃんといい子にしてたよ。成則おじちゃんの言う事も聞いたよ」
「うん。いい子だね」
その人は琉子の頭をその大きな手で撫でた。よく見ると、手は包帯と傷だらけで歴戦を感じさせるものだった。
琉子はその人と目を合わせるとにっこりと笑った。その人もうっすらと優しい、見た目とは裏腹の微笑みを琉子に見せた。
「ところで琉子。なんで裸なんだ? しかもこんなにも濡れて……風邪ひくぞ?」
琉子を纏っていたバスタオルが足元に落ちていた。顔はみるみる赤くなり、頭から湯気が出はじめる。そして琉子は稔をキッと睨んだ。
「なんで俺ー!?」
リビングに住人全員が集められる。
七穂、稔、成則、護、裏拏、表子、殺欺、ケイ、禊子、琉子、それから、ガスマスクを着けた明らかに怪しい者。
「怪しすぎる……」
七穂はその床に座る怪しい者をジトと見る。だが誰もその者を気にも留めない。
そこへ風呂上りの大家が入ってくる。
「よっこいしょ……」
ドカッと大家は中央の、彼の為に空けてあるかのように空いてるソファーのスペースに座る。
ふぅ、とため息交じりに、肩にかけてあるタオルでゴシゴシ頭を拭く。
「さぁてぇとぉ……」
ケイが口を開く。
「それでは皆さんお待たせしましたぁ! 本日舞い戻ってまいりましたはお待ちかね、ここ楔荘の大家、五月雨 禊で~すっ☆」
「……ども」
ピクリとも表情を変えずにその人は頭を下げる。
「……まあ、またまた変な名前ですがっ! これ、本名じゃあ無いんだよねぃ。じゃあじゃあ、本名知りたいよって人ーお手上げ挙手っ!」
全員がそろそろと上げたり、すっと上げたりする。
「ふむほむふむほむ……。みんな手ぇ上げちゃったか……。教えてほしい?」
一同がうなずく。
「ほんとにぃ?」
またうなずく。
「ウ~ン……よしっ!」
ケイが立ち上がる。
「じゃあ教えて~……」
一同がケイを見る。
「あ~げないっ!」
「はぁ~? なにそれ。マジ腹立つ」
琉子は眉を下げて中指を立てた。
「まぁまぁ、俺だって知りたいけど仕方ないじゃないですか」
琉子をなだめる稔。
「少し良いか」
禊が小さく手を挙げた。
「そこのガスマスク!」
ガスマスク人間が驚いた様子を見せる。
「お前だお前! 私が散々綺麗を心掛けている神聖なリビングでガスマスクとは気に入らん!」
ガスマスク人間が首を左右に振る。
「いいからそれを外せ!」
禊がガスマスク人間の元へ近づき、ガスマスクを奪う。
「ぎゃあぁ! ごめんなさい! でも返してぇ! わぁぁ怖いぃ! 禊が怖い!」
「いい加減にしろ榊! ブツブツポコポコ……!」
「ねぇ、あれ誰?」
七穂が稔に尋ねると、
「姉ちゃんまだ会ったことなかったもんね。南方 榊。確か……韓国人だったかな。育ちは日本だけど。禊さんが名付け親なんだ」
「へ~」
「禊さんはよく仕事場から異能……じゃなくて、特殊な孤児を拾ってくるんだ」
「え、異能?」
「え。何でもないよ?」
「そう……」
「びょええぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
禊に胸倉をつかまれる榊は顔から出る汁全て垂れ流して怯えきっていた。