第三話 変な住人
毛先が絡まっている。なんとなく不安な気分。髪が絡まっているときは、大体何か起きる。
絡まっている部分を解こうとして、力を入れてしまい、髪が二本抜ける。
「痛っって……!」
あぁ、なんか複雑な気分。顔文字に表わすなら、(´3`)
きっと、気分が高まっているんだ。
「七穂さん、そろそろ夕ご飯にしましょうか」
成則さんの声が自室のドアの向こうから聞こえる。
「あ、ハイ。今行きます」
ポーチの中にリップをしまって、口を閉める。淡いピンクで白い小花柄のポーチ。
ドアを開けると、成則さんはもういなかった。
階段を下りて行って、ダイニングのドアを開ける。
「遅れました~……」
「遅い! 実に遅い! 吾輩は待ちくたびれたぞ!」
灰色の髪の女の子が私を指さして言う。
「まあまあ、仕方ないよ。大目に見てあげな」
男子高校生がなだめた。
「あ、七穂さん、こっちです」
成則さんが手招きで席へ案内する。
床は白い大理石模様で、天井は真っ黒で、最近風のライトがついていた。
「それでは、まずはご飯にしますか」
数々の品がテーブルの上に並ぶ。
少し食事が進み、
「そうだ、自己紹介でもしましょうか」
「あ、それいいね! シゲちゃん!」
「ハイハーイ! じゃあまず俺から!」
灰色の髪に、水色の目の18歳くらいの少年が手を挙げる。
「どうもっ! 五音 ケイで~す☆ ネット界で歌ったり踊ったりしてまーす! ネットアイドルです♪」
こげ茶色の髪に、緑の目の高校生の男の子が、
「剛腕 殺欺だよー。名前の漢字は気にしないでね~」
次に黒髪に橙色の目の女子大生…の割には大人っぽい子が、
「呪目 表子です。イラストを描いたり、ネット上曰く腐向け物も描いてます。アニメとか大好きですよ」
すると殺欺さんが部屋の隅を指さし、
「そこの部屋の隅にいるのが、喰口 禊子ちゃん。人が苦手でね、いつも隅の床でご飯を食べたがるんだ」
殺欺さんがやれやれという仕草をする。
禊子ちゃんが振り向く。黄色い目に黒赤い髪。私がにこやかに手を振ると、顔を背けられた……。
「をい! 怠惰の阿呆! お前もやれ!」
おっぱいの大きな娘が怒鳴る。すると、黒髪で少し巻き毛の青い目で、二十歳くらいの青年が顔を上げる。
「……っさいなぁ……。……智額護。別に、このメンバーの中では一番まともな名前なんじゃない……」
「なんだとっ!? 吾輩が一番まともだ! 吾輩は迅足 裏拏だ」
灰色の髪の少女が腕を組んでそう言った。
「あー、ハイハイ。ふぁ……」
護さんが大あくびをする。
「じゃぁ稔っち。いこーか」
「えっケイ、もう!? 何というか……」
ふと、私は気づいてしまった。
「痛っ、ちょ、突かないで!」
柔らかそうな明るい茶色のねこっ毛の髪、滑らかそうな肌に、猫のように薄い唇、パッチリ開いた目、赤い透明なフレームのメガネ、軽いトレーナー姿…。
「ブリタニアナイフの攻撃!」
「うわっ! ケイ!」
……恋か……!?
「だからケイ止めろって……」
思わず彼と目が合う。
どれくらいだろう。ほんの一瞬のような、一分も見つめ合っていたような。
「……はっ! ご、ごめんなさい。私……」
「あっ、い、いえ! こちらこそ……」
急いで目を逸らす。どうしよう。空気が……気まずい……。
ケイ君の目が私と彼の顔を行き来する。
「なあ、お前らいつまで下向いてるんだ?」
「あら、どうかなさいました、七穂さん、稔くん?」
どどどどうしよう……。
「あ、あのっ!」
彼から口を開いた。
「へと――ま、舞島 稔です……。趣味は、ゲームとか、です……」
彼の言葉に私は顔を上げる。
「あ、奇遇ですね。私も舞島なんですよ。舞島 七穂」
「七穂……俺の姉の名前と同じです!」
「えっ!? すごい! あの、もしや、お母様のお名前は……」
「え。小町ですが……?」
「え。うちも小町。出身中学は……?」
「岬ヶ丘中ですが……」
「わ、私も……」
「……」
「……」
しばし沈黙が続き、
「……み、稔……?」
「……ね、姉ちゃん……?」
ケイがフォークを咥えて頬杖つきながら私たちを眺める。
「……え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私と弟はお互いを指さして叫んだ。
「感動の再開みたいやんなぁ、みのっち」
胸の大きな子が稔の肩をつついた。
「せ、先輩!」
「ども~。こいつの先輩の琉子でぇーす。お世話になりますー」
やっぱり。なんか弟に似てると思ったら、まさかの。全然昔と違うんだけど。
その時、誰かの携帯が鳴る。ケイがポケットから携帯を取り出し、電話に出た。
「あ、もしもし? ケイだお~。うんうん。あ、もう少しで帰るぅ? ハイハーイ。ほんじゃらのぉ~」
「大家さんがもう少しで来るそうですよ」
成則さんがにっこりと笑って言った。
「大家さん?」
「えぇ。琉子さんのお父様です。少し……というか、かなり威厳のあるお方です」
い……威厳。さぞ厳ついオッサンなんだろうな……。