第三十二話 まだ終わらないんだ。
忍の高校の卒業式。
あれから約一年経っていた。
卒業証書を持ち、走って本支部へ向かった。
「禊さん!」
矛盾の家のドアを勢いよく開けた。
「おぉ、お帰り。紅茶飲むか?」
「あ、いただきます」
紅茶を受け取る。
「そろそろちゃんと仕事を再開しようかと思っているんだが。忍、お前はどうする?」
「矛盾として……全う出来る仕事はありますか?」
「数え切れないほどにな」
「俺、禊さんと仕事がしたい。矛盾はいちゃいけない存在だけど……人の役に立ちたい!」
「うむ、我が社員として素晴らしい心意気だ」
――ピンポーン
インターホンの音が響いた。
「来客……?」
禊が玄関を開けると、
「んだよ、インターホン壊れてるから、鳴らすなって言ってん――」
禊の言葉が切れた。
忍が肩越しに覗くと、目の前には白髪の少年が立っていた。
「見つけた、僕だけの月」
矛盾らが矛盾の家に集められた。
「……これはかなり深刻だぞ」
小町のティーカップを持つ手が震える。
嫌好は触手を背中から出し、威嚇する。
忍は不安げに皆の顔色をうかがう。
榊はオレンジジュースのストローから息をブクブクと出す。
言葉はただ黙って瞬きをするだけ。
尊は指先で髪をいじる。
禊は考え事にふけっていた。
「……ねえ、みんな何で黙ってるの?」
白髪の少年が切り出した。
「話す理由が無いからだ」
小町の眉間のしわがより一層深くなった。
「小町、機嫌悪そうだね」
青年はさわやかな微笑みを向けた。
おしゃれなジャズが静かにその場の空気を飾る。
「蒼月 要を忘れたの?」
「ちげーよ。ったく、どっか行ったと思ったら急に帰ってくるし……」
禊は要に冷たい目を向ける。
「あと一人探さねばと思っていたら、自らやってくる。本当、お前は気ままだな」
小町がため息をついた。
「だって、本部に居るのがつまらなかったんだもん。今は本部にいて存在と一緒にいられるから……」
「迷惑だ」
禊は突き放すように答えた。
「えぇー。そうだ、僕の配属は? 前々から決まってるんでしょ?」
「小町と共に研究部に入ってもらう」
禊は爪を眺めながら答えた。
「りょーかい」
「あと榊」
「ん?」
「お前、この前の任務失敗したんだってな」
「うん!」
「次の任務の後、お仕置きだかんな」
「ハーイ!」
榊が嬉しそうに返事する。
「……キモっ」
嫌好が触手で榊の頭を叩いた。
「早くお仕事したいですわ」
「なかなか任せてもらえないからな……。お、今入ったぞ」
「どっから?」
小町がタブレットを机に置く。
「国連からだ。あと動物保護団体」
「動物の、私やりたいです!」
言葉が手を挙げた。
「国連の、禊とやる」
嫌好が禊にくっつく。
「んじゃ、仕事に行くか!」
禊は立ち上がった。
「要、研究棟へ行くぞ」
「はーい」
それぞれが席を立つ。
「……ねえ俺、何したらいい?」
尊が小町の背中に尋ねるが、小町はそれを無視して家を出る。
「ねえ俺、何したらいいの!?」
もう一度聞くと禊がドアから首を出して、
「お前は機密部に住んでろ、本支部から出るな。矛盾の家の掃除でもしてろ」
そう言ってさっさとその場を立ち去った。
忍と二人、静かになったリビングに残る。沈黙に耐えられず、尊が話しかける。
「趣味とかある?」
「え!? しゅ、趣味……考えたこともないや……」
忍はしばらく考え、
「あ、アニメ鑑賞?」
「あにめ? なんだそれ」
「え」
「俺の趣味は自分をかっこよくすることだ!」
「え」
「カッコイイ武器をいくつか手に入れたんだけど、この前の戦闘で禊に壊されるわ小町に没収されるわ、もうメンタルぼろぼろ」
尊は肩を落とす。
「その服って、禊さんがチョイスしたんですか?」
忍が尊の服を指さした。
「あ、そうなの? 置いてあったから着てる」
「いや、禊さんらしいチョイスだなって思って」
「へー」
話が途切れる。
「小町さんとの関係って……?」
忍はどうにか話をつなげる。
「小町は研究目的で俺に接触し、俺は矛盾や組織についての情報提供口として関わってた。まあ、良い情報は全く入らなかったけどな」
尊は頭の後ろに手をやる。
「矛盾になる前からも接点あったんだけどな」
「えっ?」
「俺は王子で、小町は巫女をやっていたんだ、それも一番位の高い巫女だ。次期大王として色々仕事をこなしてたんだけど……王族という束縛が嫌だったからだろうね、反抗したくて何かできないことをしてみたかったんだ」
尊は立ち上がり、
「こんな話お前にしても意味無いか!」
笑顔で忍の肩を軽く叩くと、二階へ上がって行った。
「……明るい笑顔だけど、その明るさに悲しさが隠れてたな……」
忍はしばらく、階段を見つめていた。
突然、七穂のケータイが鳴った。
「もしもし」
『あぁ、七穂ちゃん?』
禊はいつも通り話始める。
「どうかしましたか? 業務の事か――」
『いや、そうじゃなくて……君にだけ言っておこうかと思ってな』
「な、なんですか?」
七穂は唾を飲んだ。
『ちょっと、業務関連でしばらく本支部を留守にしようかと思ってね』
「え……」
『だ、大丈夫大丈夫! 小町や、新しく入った要、榊と尊と言葉もいるしね!』
「そうですか……」
七穂は笑顔を浮かべるも、声は寂しそうだった。
『小町と要は確実にいるから、大丈夫だよ』
「……どこへ行かれるのですか?」
『う~ん……世界かな。ちょっとここは企業秘密かな?』
「社内の話なのに?」
『ま、まあな』
「じゃあ、嫌好はどうなるんですか?」
『俺についてくるって』
「それ危険すぎじゃありません?」
『うん、だよね』
「えぇ」
二人はなんだかおかしくなって少し笑った。
『でも昔、嫌好と約束したんだ。いつかあの海の向こうに連れて行ってやるって』
「へぇー」
『見た目は大人でも、中身は昔のまんま。まだガキなんだよな、ハハッ』
「いつ、帰ってこれますか? このことは琉子ちゃんは知っているんですか?」
『琉子は知らないだろうな。すぐばれると思うけど! ……怒られるなぁ……』
禊の声は困った様子だった。
「琉子ちゃんの為にも、帰ってきてあげてください」
『そうだな。次、世界の平和を祝う時に帰ってきてやるか』
「了解です」
『んじゃ、達者でな。七穂ちゃん』
「禊も!」
『おう!』
通話は切れた。
母親は本当の母親じゃないって知ってはいた。でも、稔が実は忍って子で、本当の弟ではないって知って、少しショックだった。それでも、小さい頃遊んだことや一緒にお母さんに怒られたことを思うと、姉弟でなくても絆は姉弟みたいなもんで、ちっとも寂しくない。
そう思い、七穂は自分の頬を叩く。
「さてと……保育師資格取ったし、本支部で頑張るか!」
七穂は体を伸ばし、第二本支部に向かった。
今日も天気は平和だ。




