第二十九話 戦を求むる古の甲骨
雪が降り始めても良い様な頃。
七穂は組織本支部の保育部の見学に行っていた。
「ねーねー、お姉さんあそぼ!」「わたしとあそぼ!」「だっこー!」
子どもたちの可愛さに酔った七穂はこの上なく嬉しそうな表情をする。
――ゴォゥゥゥンン……
「今、なにか衝突音しませんでした?」
職員の先生に話しかけた。
「そうね……。でもまた、艦内エンジンの不調とかで、緊急停止するだけになるでしょ」
「え、停止……!?」
「あ、停電ってことね。機体は浮いたままよ」
「なんだ……」
その時、バツッっという音と共に電気が消え、非常用ライトがついた。
「あらあら、やっぱり」
「暗いですね……」
「大丈夫よ、皆慣れてるから」
遠くから大人数の足音がしてきて、勢いよく保育部のドアが開いて銃装備の人間たちが何人も駆け込んできた。
――プルルルル……
禊のケータイが鳴った。
「……はい、支部長です。はい、はい、……えぇ……。……攻められた!? 守備は!? 全部綺麗に破られた!? ウイルスが入り込んでいないかチェックしろ!」
「ゲームのデータでも飛んだんすか?」
楔荘の地下配線の点検をしていた榊が床下から顔を出した。
「榊、本支部が名無しに攻められた」
「バリアは!?」
「全部ハッキングされた!」
「そんな……名無しがもう……名もなき組織がここまでどうやって……!?」
「多分、矛盾の甲殻類だ」
「甲殻……」
「いつまでもこうしていられない、国連は名無しを消せと言っていた。ある程度の被害はお互いにしょうがないってか……」
禊は仕事着である灰色のパーカーに袖を通すと、
「タチキリ、緊急出動だ! 目的地本支部! 目標は取り押さえだ!」
『タチキリ、システムヲ強制的ニ起動サセマス』
タチキリが光を放ちながら起動する。
「榊、お前はビーストモードになっておけ」
「了解っす!」
『タチキリ、軌道ヲ確保』
「タチキリ、いつでも行けますよ!」
タチキリが元気よく禊の前に身体を横たわらせた。
「榊!」
「ドラゴン化完了」
「行くぞ!」
「了解!」
禊はタチキリを持って中庭に出る。
「エンジン点火! 出力全開、200%!」
禊はタチキリの上に乗る。
「発射!」
タチキリは高速で楔荘から飛び出し、空の彼方に向かって榊と共に飛んで行った。
「タチキリ、アメリカ、ヨーロッパ、日本、第二本支部に連絡します!」
本支部北側ゲートに着き、
「榊、お前は真上に居ろ!」
『ギャァァァ!』
ドラゴン化した榊は鳴き声で返事をした。
カードキーをかざすが、ゲートの鍵が開かない。
「タチキリ、ハッキングは?」
「ダメです、ここのネットワークは完全乗っ取られてます」
「んならこじ開けっか……!」
禊はタチキリの刃先をゲートの隙間に差し込みこじ開ける。鈍い金属の音がして、ゆっくり開いた。人一人通れる隙間が空き、中に入る。
長い長い、うねった廊下を全速で走る。
「邪魔だぁぁぁ!」
廊下にいた敵の顔めがけて蹴りを入れた。吹き飛ばされた敵はその向こうにいた敵と共に吹き飛ばされる。
「旦那様、この状況を楽しんでいるのでは?」
「知らねぇよッ!」
禊の左目が紫色に光る。
高速で移動し、第一ホールに着く。武装した敵が数え切れないほどいて、銃等の武器をこちらに向けていた。禊の目が水色に光り、大声を上げる。空気を暴れさせるほどの振動が走り、前方の敵100人ほどは倒れた。
今度は青く光り、結晶が体表の所々を覆う。
「双剣タチキリバサミ……」
タチキリの排気管から煙が勢いよく出る。そして鋏の要が外れ、双剣に姿を変えた。
さらに持ち手部分と刃が外れ、その間からワイヤーが出てスネイクソードになる。
「えあ゛ぁぁッ!!」
剣を振り回すと、刃は暴れる大蛇のようにのたうち回り、敵も周りの建物にも刃を向けた。
ワイヤーが巻き戻され、元の双剣に戻る。
「負傷率30%、タチキリ残りエネルギー85%……」
「なまってんなぁ……」
禊が首の骨を鳴らす。
雨あられのように飛んでくる銃弾を素早い身のこなしでかわしていく。床に手をつき宙返りをし、壁を伝う配管の上を走る。
本支部内どこを探しても敵しかいなく、支部の人間が見当たらない。
「第二ホールに職員のGPSを複数感知」
禊は第二ホール、操縦機関室に向かう。
操縦機関室の扉が開いて、目に飛び込んだものに驚いた。
「……矛盾の……」
目の前の男は喉を鳴らすように笑うと、
「……愚民が。貴様が本支部に来て8分かかった」
「甲殻……!」
禊はキッと視線を鋭くする。
矛盾の一人の男、甲殻が部下に合図をする。
そこに対極秘又対矛盾生物用オートマチック銃を握らされた忍が、禊の前に出された。手に握らされた銃はガムテープで固定され、特型手錠で拘束されていた。
「禊……俺、そんな……」
「おい蛙、アイツを撃て」
「い、いやだ!」
「貴様の元姉はどうするんだ?」
髪をつかまれた七穂に銃が突きつけられる。
「七穂!」
「おい愚民! タチキリから手を離せ!」
禊はタチキリを背後に隠し、甲殻を睨む。
目が橙色に光った。
甲殻が忍の手をつかみ、銃で禊のタチキリを持つ腕を撃ち落した。タチキリごと腕が吹っ飛ぶ。
「あぁ、すまない。手が滑ってしまった。次はその……忌々しい左腕をハチの巣にしてやる……!」
禊は右肩を押さえた。
「そういや、タコがダクトにいたな」
血まみれでボロボロになり、縛り上げられた嫌好が目の前に転がされる。
「嫌、好……」
「さすがに、大事な大事な幼馴染がこんな目に会ったらつらいか?」
甲殻は嘲笑った。
「甲殻……!」
禊の目が赤く光る。
「おっと」
今度は禊の左腕が撃ち落とされた。
「ぐぅっ!!」
「もう嫌だ! やめてくれよ!」
忍の目から大粒の涙が溢れる。
「ほらほらぁ、お仲間さんが苦しんでるぜ」
禊の体内に鼓動が響く。
「昔のお前はどこに行った……」
「はあ? んなもん捨てたに決まってんだろ。家族も仲間も全てお前に壊されて、絶望の淵を歩いていてようやくわかったよ。俺は王になる。王となり貴様に復讐をし、今こそ予言を完成させ……!」
禊は甲殻の言葉に驚いた。
「今、予言って言ったか?」
「……あー、口走っちまったな。見つけたんだよ、サハラ砂漠の砂に埋もれてるのを。実に美しい予言だ! これこそまさに地球のあるべき姿へのシナリオだ! もう、人間の時代は終わったんだよ」
「お前は間違ってる……。予言にはいくつか分岐があり、中には潰さなければならない予言もある。お前が拾ったのは失敗作だ!」
「黙れ!」
甲殻は何かを企んでいるかのように笑った。禊は異変に気付き、
「他の職員らはどうした?」
「あ? あぁ、他のザコか。第三ホールとかいう倉庫に押し込んどいたぜ」
「取引してくれ」
「おっ!」
甲殻は嬉しそうに椅子から身を乗り出して顔を見つめた。
「他の矛盾した奴らを好きなように始末して構わないから、こいつら……貴様の言うザコを解放してくれ」
「う~ん……」
甲殻は顎をさすり、少し悩んだ後、
「いいだろう。愚民とタコ、お前らは火星軌道外に追放。残りの矛盾は眠らせて、力を使えないようにして置くか」
甲殻は顎で部下に合図すると、禊を取り押さえた。
禊らを地球の外に追い出すべく、2日後の事。
禊の腕は人の腕しか回復しておらず、骨の様に細く、その腕に手錠がかけられていた。
「禊!」
本支部発射台でロケットに搭乗しようとしていた所に、アーサーが青い顔で駆け付けた。
「お願いや。最後に……最後に、業務命令をくれ!」
「最後っていうな。……必ず戻って見せる。タチキリは甲殻の命令しか聞けないように改造されちまったが、アイツにはきっと何か策があるだろう」
「禊……」
「いいか、名無しの目的は矛盾達を操ってこの世界を壊す事だ。しかも、ロシア支部で廃棄しようとしていた核爆弾を見つけてしまった。言うことを聞かなければヨーロッパが吹き飛ぶ。全世界の人命を守りつつ、世界を壊さない方向で甲殻の言うことを聞け。……これが、次合う時までの業務命令だ」
「……Recibido!」
「詳しい話はマーリンが知っているだろう。それじゃあ……」
禊はロケットに乗り込んだ。
アーサーは歯を食いしばり拳を握り、空の彼方に向かって敬礼した。
禊と嫌好は改造版タチキリエンジンロケットによって、地球を追放された。
マーリンは電話でアランに、
「国連事務総長とアメリカ大統領、全支部長を、内密に私の事務所の地下最深会議室に集めてくれ」
「え、何で……」
「本支部が乗っ取られ、世界が危機だからだ。手を打っておかねばならない。それに――」
「――了解」
アランはあちこちに電話を掛けた。
禊がいなくなって、一か月が経とうとしていた。
名もなき組織、通称名無しの人間が世界で多くの犯罪を起こしていた。
――バシッ!
甲殻が縛られた言葉の顔を殴る。
口から血を流して言葉は甲殻を睨んだ。
「……いい顔するじゃねぇか。あぁ?」
「民にあんなに好かれていた大王のすることじゃありませんわ」
「黙れ!」
甲殻は言葉の腹を思いっきり蹴り上げた。
「ガハッ!」
「全て……全てあのガキの仕業だ。あのガキが国に来なければ、災害も飢饉も何もなかったのだ!」
「……貴方は大王になるのが早すぎたんだわ。貴方が巫女の言う事に少しは疑いを持てば、こんなことにはならなかった。…貴方はやり方が雑すぎるのよ!」
「フン! 虫けらが……どうせそのうち口もきけなくなり、私の命令しか聞けない体になるのだ」
そこへ部下がやって来て、
「報告します! 魚類と爬虫類の行方を捜しましたが、見つかりません」
「くっそ、俺に手を貸すと言っておいて……あの巫女め……!」
「大変です! 謎の物体が地球に向かっています!」
「何!?」
『オーストラリア支部、反撃されました! もう無理です……!』
放送にノイズが走る。
「何が起きていいるんだ!?」
「各国の支部が次々と反撃されています!」
「ロシア支部から通信です!」
「早く繋げろ!」
「繋がります!」
操縦室にノイズ交じりの通信が入る。
『……初めまして、ってところだな。我が名はマーリン、貴様が乗っ取ったロシア支部の支部長だ。甲殻、貴様の夢見た国家政治はもう終わりだ。我々の世界を返せ!』
「黙れ! 速く……核爆弾のスイッチをよこせ!」
その時、本支部機体に衝撃が起こり、機体が傾いた。
「物体が機体に衝突しました! きょ……巨人です! 300mの巨人です!」
「巨人!? おい虫! これはどういう……!」
言葉の居たところには解かれたロープしかなかった。
「くっそ!!」
「核爆弾起動できません!」
『こちら核爆弾班! 巨大な軟体動物に襲われました……!』
「くっそ……矛盾の奴らだ! 対矛盾用武器を装備し、すぐに殺せ!」
本支部機体が揺れる。
「巨人、第一ホールに侵入しました!」
「今すぐ止めろ! 殺せ!」
武装した人間が巨人に向かって発砲する。
巨人は唸り声をあげ、
「ヴゥォォォォァァァァァ!!」
鼓膜が破れるほどの咆哮を上げた。
巨人は人間を蹴散らし、足で踏みつぶしていく。
「おのれ……禊ぃ……!」
甲殻はビーストモードになり、第一ホールへ壁を突き破り向かう。
「ウウゥゥ……」
巨人のビーストモードの禊は近づいてくる甲殻に気づいた。
甲殻が禊に体当たりをする。
禊は踏ん張り、自分よりも二倍はある甲殻を抱え、本支部機体を破壊しながら太平洋へ落ちていった。
軟体動物、ビーストモードの嫌好は核爆弾を食べていた。
「砲撃開始ー!」
名無したちが嫌好に向けて砲撃する。
嫌好は一切痛がる様子もなく、触手で敵を薙ぎ払っていく。
ビーストモードの言葉は体の一部から糸を出し、名無しを捕獲していた。
『小町……組織の者々、背中に乗せられし』
魚類である小町は台湾沖の海にビーストモードでいた。
『幸い、台湾、攻められん。良きかな……』
脱出用船の上にいた七穂が仲間に手を取られながら台湾に上陸する。
「禊、忍……」
七穂は心配げに空を見上げた。
第二支部外で忍は半ビーストモードで名無しと戦っていた。
「無茶だよ! 数が多すぎる!」
「弱音はいてる暇ねぇぞ!」
アーサーが剣を振りまわしながら叫んだ。
「聖霊の騎士、聖騎士と呼ばれる俺を舐めんじゃねぇぞ!!」
アーサーの目が光る。
「聖騎士王の剣技!!」
剣は眩いばかりに光り、数々の剣技が繰り広げられる。剣の一振りで戦車はあっという間に真っ二つになった。
「カッコイイ能力……」
忍がそう呟いたとき、
「見とれてる場合じゃありませんよ! 名前はかっこいいですが、アーサー王とは全く関係ありませんからね!」
健良はそう言いながらバズーカ砲を構えた。
「俺がアーサー王を好きなんだよ! 名前使って何が悪い!!」
「書作権問題でしょうかね!」
健良はバズーカ砲を放った。
「税金の無駄遣いだな……っ!!」
ひときわ大きい戦車に切りかかった時、アーサーの剣にひびが入って折れてしまった。
「ああああ俺の剣!!!!」
「アーサー、落ち着いて!」
アーサーは急いで物陰に隠れる。足元のコンクリートの隙間に指を入れると、指紋認証と血管認証が反応してコンクリートの扉が開いた。
「ヘヘッ、支部地域内の床は特殊コンクリートで覆われてるから、床下収納も完備なんやで!」
収納から剣をいくつか取り出して装備し、
「刀なんて使うの何年ぶりだろうなぁ!」
刀の刃を敵にかざした。
榊は日本で第二本支部を守備していた。
『久美子! あとどれくらい!?』
「まだまだよ! 手の空いているものはどんどんぶっ放せ! 税金の無駄遣いなんて気にするな!!」
久美子はヌンチャクを振り回しながら言った。足元に散る名無しを片っ端から銜えては飲み込む榊。
「救護班はピッチを上げろ! 3班は負傷者の運搬! 1班2班は火炎放射を使え!」
久美子の声に、部下たちは一層動きを速める。
榊は口から火を噴きながら突進する。
久美子は戦車に乗り込み、
「4班は私に続けぇーー!!」
戦車の大群が敵に向かって突進して行った。
甲殻と禊は攻防を繰り返していた。
その時、
『禊』
意識が心の奥に引き込まれる。
『存在……!?』
存在は禊の肩に手を置くと、
『……代われ』
『代わるって?』
『バカか。お前じゃアイツを押さえることはできねぇよ』
『……また暴れるのか、また壊すのか。だから俺はお前を……!』
『お前は頭が悪いな』
存在は禊を抱きしめる。肌が密着して、少しばかり心が落ち着いた。
『わかった、殺すなよ』
禊はため息を溢すように言った。
『多分な』
存在は禊の右目に口づけし、肩を軽く叩くと光の中に消えていった。
巨人の動きが止まる。
「ウ……ウゥゥ……」
すると突然、巨人は頭を抱えてもがきだした。
「ヴゥォォァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
甲殻が一歩引く。
「コカカカカカ……」
甲殻が大きな鋏で腕を切り落とそうとしたとき、
「ア゛ァァァ!」
巨人の腕にひびが入り、腕を破って中から大腕が現れた。
中身が存在の巨人甲殻の鋏をつかむと握りつぶした。
「ギャァァァ!」
甲殻はひっくり返る。その甲殻の上に巨人が馬乗りになった。
「ガハァ゛ァ゛ァァ……」
巨人の口が開き、乳白色の歯がむき出しになる。赤黒い口内からは熱気と湯気が上がり、舌なめずりをして甲殻を見下ろした。
「禊……まさか巨人の口を開いたな!?」
戦艦内で小町はモニターを睨んだ。
「巨人の口が開いたという事は……奴、存在の罪を起こしたか」
小町は無線を入れた。
「コルカカカ……」
巨人は一心に甲殻を殴り続ける、まるで楽しんでいるかのように。
「ギューー!」
甲殻は口の中の細い足を伸ばして、禊の喉を貫いた。禊の動きが止まったが、またすぐに動き出し、
「ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァァァァ!!!」
鋭い指先を立て、甲殻の胸部の殻をはがし、肉をそいでいく。
「ギャァァァァ!!!」
甲殻の鋏が頭部に衝突し、巨人の視界が歪む。
振り下ろされた鋏は巨人の肩から出た固い突起に当たり、砕け散る。巨人は甲殻をつかむと力いっぱい放り投げ、ひっくり返った甲殻の上にまた乗る。
大きく露出した真っ赤な心臓に右手をかざした。そして念を込めるようにかざす右手を左手で支えると、黒い左腕から黒い粒子のようなものが放出され始めた。それと同時に右手からも白い粒子が放出され始める。
そして右手が心臓に触れたその瞬間、世界は真っ白い光に包まれた。
白髪の少年がふと何かに気づき、空の彼方を見た。
―――――――。
太平洋のど真ん中。
『準備いいか』
小町、榊、嫌好、忍、言葉ら矛盾が、吹き飛ばされ破片となった禊を回収する。
船の上はバラバラになった臓物でいっぱいになった。その臓物の山の側で、小町がタブレットで部位の数を確認していた。
「こーまちーん!」
「その名で呼ぶな、榊!」
「……そう。ならいいや。小町ってほんとかわいくないっすよね。婆臭いよ」
「黙れ」
小町は眉間のしわを深くさせた。
潮風が濡れた体を乾かす。
「てか、何で服とか持ってこれなかったんすか?」
「組織は今大赤字だからな、ビーストモードになると服が破ける」
「でも全裸はきついっすよ」
榊はそう言いながら自分の身体を抱くように肩をさすった。
引き上げた矛盾達も臓物の側に集まる。嫌好が臓物の山を見上げ、
「よくこんな破片になっても死なないよね。矛盾って本当不死身だよね」
「これモザイクかけないとヤバくね」
榊と嫌好が臓物を指でつつく。
「小町、はしたないですわ。せめて毛布の一枚くらい持ってきても良かったのに」
「小町さーん、全員引き上げ……って言葉さんブゥゥゥ!!」
忍が鼻血を吹き出した。
榊が忍を見て笑う。
「み、見ないで下さい!」
言葉は胸を隠して小町の足元に隠れた。
「俺は鱗で隠れるから平気~」
榊が得意げに笑う。
「す、すみません……」
忍は鼻を押さえて背中を向けた。
「小町さん、禊さんのビーストモードについて新たなレポートできましたか?」
背中で尋ねると、
「丁度、今」
小町は忍にタブレットを渡す。
「あれ、前と大きく変わってませんね」
「今回分かった事は、人間と体の造りが似ているという事だ。それから、人型だった腕の表面が割れ、中から変形した腕が出てくる事。手のひらだけでも大きさは3倍になる。普通、人は腕を降ろすと腿の辺りまでだが、コイツは膝までくる。それから肩と肘付近に突起物ができる。どうやら骨が変形したもののようだな」
「未だに不明な部分も多く、謎に包まれた矛盾の存在か……」
「解明したいが、実験観察に禊は付き合ってくれない」
「だろうね~」
「疲れた、中で寝る」
「俺もー」
次々と矛盾達が船内の部屋に入る。
「俺、もう少し潮風に当たってるよ」
忍はその場に残った。
臓物の山の周りを少し歩く。その中から巨人の右手が出ていた。表面の固い殻が剥がれて、皮膚が露出している。
忍は手のひらの上に座る。指先がすうと通っていて、関節と関節の間は細く、痩せた手をしていた。人差し指にもたれる。自分の身長と同じくらいある。いや、もっとだろうか。
その手はどことなく怨を思わせた。
(心臓は別で回収してあるんだよな……)
記憶があってもなくても、禊の事が、怨の事が忍は気になっていた。
「それはきっと、恋かもしれない」
ふと、いつの間にか忍の目の前に白髪の青年が立っていた。
「誰!?」
「きっと、そのうちわかるよ」
青年は柔らかく微笑んで見せた、忍は青い顔で青年を見つめる。
「全てが予言通りに」
青年がそう言って忍に近づくと、忍は恐る恐る、
「ねえ、そのみんなが言う予言ってのは何?」
青年は地平線の彼方を見ると、
「海に沈みし聖女の残した、世界の美しさを保つためのシナリオ。……そんなところかな」
青年はそう言って忍の鼻先に指を置いた。
少しどぎまぎして瞬きをしたとき、そこに少年はいなかった。
「アレ!?」
周りを見回すと、大きな影が上空を飛び、風が髪を吹き上げた。飛行機かと思ったが違った。明らかにそれは羽ばたいていた。
「鴻……」
忍は空のそれを見つめて呟いた。
鳥は太陽の光を反射してキラキラ輝いていた。




