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楔荘 序~七罪と戦争~  作者: 智額 護/作者 字
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第二十八話 かえる

 知ってる……これも、ここも。

 本支部の極機密部の入り口に来る。固く閉ざされた入口。鍵穴があって、そこに手を入れる。手に太い針が貫いて、血が鍵穴から溢れた。不思議なことに手に開いた穴はすぐに塞がった。

 大きな扉が轟き、開く。中へ進み、エレベーターでさらに地下に降りる。扉が開いて、極機密部深部に入る。

 知ってる。知ってる。

 巨木の根元に来る。滝の裏に穴があって、その奥に階段状になった木の根がある。階段を上っていけば、大きな空間に着く。

 さらに、樹が飲み込んだ大理石の階段を上ると、頂上に着いた。頂上には苔むしたドーム型の大理石の屋根と柱があった。

「やっとお会いできました」

 長い、白い木綿のワンピースを着た女性が目に見える。

「お一人で来られたのですか?」

「俺らも来たぜ」

 後ろから禊の声がした。

「禊……!」

 女性は嬉しそうな表情で、頬を染めて禊の方に駆け寄った。

「よお、50年ぶりだな。今は存在だがな」

「嫌好も、榊も来たのね」

 あれ? 何かが……。

 頭痛が走る。

「稔、大丈夫か?」

「稔……? 違う。俺は……」

「しばらくの間、貴方の記憶を眠らさせていただきました」

 女性が俺に近づく。

「お忘れでしょう。私は玉前たまさき 言葉ことは、貴女と同じ矛盾で、クモ類です」

「そして、稔。お前の本当の名前は、七河 忍だ。生前の名前はもう無いが」

 存在はそう言いながら、僕に手を差し出した。

「ようやく記憶を戻したか、忍」

 僕の母親がその場に現れた。

「か、母さん!?」

「まだ上書きの記憶と混ざってるのか……。私はお前の母親ではない」

「じゃあ、姉さんの母さんは……」

「とっくの昔に死んでいる。後で七穂にも言っとかねばならんな」

 母さんだった人は小さくため息をつき、

かんなぎ 小町だ。500年前に説明したはずだ、忘れたのか?」

 知ってる、わかってる。でも、一度に思い出したから頭が……。

「急に思い出したから混乱しているのね、無理もありませんわ」

「他の奴らには俺と嫌好から説明しておこう」

「そうね。忍を矛盾の家に入れてもいいかしら、禊?」

「構わん。奥の部屋がある」

「了解。さあ、こちらへ」

 言葉の後をついていった。


 白い家に着く。

 表札には「Contradiction of house」と書かれていた。

 矛盾の家……。

 言葉の指が細く鋭いものに変わり、人差し指を差し込むと鍵の開く音がした。

 靴を脱いで中に入り、奥へ案内される。

 木製のドアを開けると、ログハウスのような内装の部屋だった。

「ご自由にお過ごしくださいな。でも、リビングなどの備品はあまりいじらないで。禊が怒るから」

 そう言い、言葉は部屋を出て行った。




 今から80年ほど前。僕が16の時。

「かーごめ、かごめ――」

 村の子供たちは神社で遊んでいた。妹の帰りがいつも遅くなってしまうから、僕は迎えに行って、しばらく子供らのそばで本を読んでいた。

「お兄ちゃん」

 10歳の妹のサトが僕の袖を引いた。

「ねえ、おままごとしよ。チヨちゃんとイヨちゃんも遊びたいって」

 妹の指さす先に女の子がおもちゃを広げて遊んでいた。

「仕方ないなぁ……。神社の灯りがついたらおしまいだよ」

 サトは嬉しそうに俺を引く。

「もしもし、お隣さん」

「おや、サトさんじゃないか。今日はどうしたんだい?」

 チヨとイヨがそろって首をかしげる。

「今日はウチの娘が結婚するんだ」

「それはめでたい!」

「今日は赤飯じゃ!」

 サトは俺に人形を渡す。白いボロ布で巻かれた人形は俺の花嫁役なんだろう。

 神社の灯りに明かりがついたのに気づかず、僕はくだらないと思いつつサトたちのままごとに少し夢中になっていた。

「ゴウ! サト!」

 父の雷のような声だった。

 家に帰るなり父に大怒られた。拳骨を二発食らわされ、頭が熟れた柘榴にでもなっちまうかと思った。

「ここは田舎だから飛行機が来ないが、いつ来るかわからん。あまり家の外に出るなと言っているだろう」

 うつむいて服の裾を握りしめる。目だけを父の腕に向ける。父の太くたくましい腕は確かに怖いが、顔はもっと恐ろしくて見れなかった。

「ワシはお前らを心配しているんだ、お前らに死んでほしくないからお前らを説教するんじゃ。わかったな?」

 珍しく、今日の父は説教の最後が少し優しかった。

「おとうちゃ~ん!」

 サトは父に抱き着いた。

「ゴウ」

 滅多に笑わない父が笑って手招きした。恐ろしさにこらえていた涙と、父の優しさに涙が出た。

「可愛い大事なワシの子じゃ!」

 父の硬いごま塩のひげが額に当たって、かゆくも痛かった。

 父は丸太のように丈夫で固い筋肉の体をしているが、昔、仕事で足をダメにして歩くことが大変だった。散歩は出来るが、走り回るという事が出来なかった。小さい頃は父と走り回って遊びたかったものだが、職人でもある父は仕事で忙しいのもあり、僕はどこか諦めていた。

 今でも父の足の傷を見ると、幼いころの悔しい思いが出てくる。

「ゴウ、学校はどうですか?」

 母が米をよそいながら訪ねた。

「うん、まあ楽しいよ。隣の村から来てる苗木ってやつが面白くてさ」

「あぁ、この前遊びに来た子! 礼儀正しい子だったわね。トウキョウから来た子なんですって?」

「うん、今は祖父母の家にいるんだって。そいつすごい物知りでさ、洋食を食べたことがあるんだって」

「オムレツなら母さんだって作れますよ?」

「母さんのは炒り卵じゃないか」

「まあ、オムレツを見たこともないくせに!」

「じゃあ母さんはあるのかよ」

「し、知り合いから写真を……」

 父がちゃぶ台を叩いた。

「異国に関する話をするな、飯がまずくなる!」

 母は申し訳なさそうに台所に身を隠した。俺は本を置いて父の顔をうかがうように箸を持った。

 二階から降りてきたサトが、

「えー、また芋ご飯!」

「お米が少ないんだから、我慢して頂戴」

「もうお芋嫌い~」

 サトは箸でちょいちょいと芋をつかむと、俺の茶碗に入れてきた。

「食べないとお昼までにお腹すくぞ」

「今日はお外行かないからお腹すかない」

「チヨちゃんとイヨちゃんが怒るぞ?」

「いい。昨日喧嘩した」

 サトは不貞腐れるように箸を置いた。

「昨日ね、チヨちゃんたちのお兄ちゃんの誕生日だったんだって。それで、私にお兄ちゃんがいることを妬んだの。そのうちサトのお兄ちゃんも戦争に行くんだって言ったの。それとね、サトのお父ちゃんは戦争に行かなくてずるいって」

 サトは口をとがらせて床に寝転んだ。

「みんな嫌い。みんな戦争で死んじゃえ。飛行機飛んで来い」

「サト……!」

 あまりに無情な事を言うからサトを怒ろうとしたら、

「馬鹿者!!」

 父の雷が飛んできた。サトは思いっきり叩かれ、床に叩きつけられた。

 父は何か言いたげだったが、サトは泣いてさっさと二階に逃げ込んでしまった。

「サト!」

 引き留めようとする母を父は止めた。

 しばらくして、郵便屋さんが親戚からの暑中見舞いのハガキを届けに来た。

 母はしばらくハガキを眺めていたが、それと一緒に渡されたもう一枚の手紙を見て顔を青ざめた。僕を呼ぶ赤い紙は戦火のようだった。

 妹はあれきり部屋から出てこない。母は隠れて台所で泣いていた。仕事道具を割れ物のように大事にする父が、仕事道具を投げてしまった。

 駅は人で騒がしかった。

「ゴウ、元気でな!」

「無事帰って来るんだよ!」

「頑張れ!」

 僕はありがとうと言えなかった。何でだろう。きっと、お国のためにとは口で言っているものの、心の奥底では国なんか捨てて逃げたかったんだと思う。みんなの言う言葉がお国のために言っているだけにしか聞こえなかったからだ。

 父は見送りには来なかった。足が悪くて駅まで来れないのだろうと、あえて思うことにした。

 母がお守りと茶碗を渡した。父が作るお椀の中でも一番高い物だった。

「一番の売り物なのに……!」

 母に返そうとしたら、押し返された。母は涙目で首を横に振り、

「いってらしゃい」

 そう言って人の陰に隠れた。

 汽車は言い残した僕の思いも悔しさも乗せて戦地に向かった。

――――――。

「天皇陛下は我々の元におられる! 神国大日本帝国は決して負けず――」

 日本は神国なんかじゃない。ただずるがしこいだけのドブネズミみたいなもんだ。

「お前、田舎から来ただろう?」

 目つきの悪い歳の近い男が話しかけてきた。

「あぁ、そうだが?」

「泥の匂いがするんだよな。家畜の糞の臭い」

 嫌な奴だ。僕はそいつを無視した。

「突撃ー!!」

 銃を持って敵に向かって突進する。こんなことしたって勝てるわけないのに、どうしてこんな無駄な事をするんだろう。これじゃあ無駄死にじゃないか。国は日本人を殺して破棄したいのか?

 戦車から放たれた爆風に吹き飛ばされる。かろうじて生きている。砂煙が立ち込める中、人々が苦しそうに倒れもがいていた。さっきの目つきの悪い男が僕の横に倒れていた。

「たっ……たすけ……くれ……」

 死が僕に囁いてきた気がした。死の吐息が耳にかかり、耳から体が凍ってしまう気がした。怖くなって凍るまいと走り出す。死から逃げるようにひたすら走った。

 体を冷たい弾がいくつも貫いた。痛い。痛い。体の震えが止まらない。体が動かせられない。

 目の前に死の足があった。いや、これは人か? 眼鏡はどこに行った? 砂煙で視界がぼやけるのか? もうなんだっていい。助けてくれ、助けてくれ。サトに、母に、父に合わせてくれ。苗木と本を借りる約束をしたんだ。

 お願いだ、家に帰してくれ。帰りたい――――。


 意識がもうろうとしていて、体がやけに軽かった。その時は天国かとも思った次第だ。家族に会う前に来てしまった。せめて最後にサトとめんこで遊びたかった。父の仕事を手伝ってみたかった。母の家事を手伝いたかった。苗木の本を読みたかった。

 もうこんな冷たいところにいるのは御免だ。目が冴えて眠れやしないのに、何も見えない真っ暗闇だけだ。もう誰でもいい、僕を家に帰してくれ。天国でも地獄でもいいから、僕はとにかく帰りたいんだ。どこでもいいから帰りたい――――。




 存在は七穂に、稔……いや、忍の事を説明した。

「弟が……弟じゃない……?」

「まぁ、混乱するのも無理ねえだろ。だからおま――」

「なにそれかっこいい!」

「……は?」

「だって! 初めて楔荘に来た時に思わずなにこの子超タイプなんですけど! って思って、しかも今は今までとは別の人格なんでしょ!? そんなにも都合のいいのいないよ!」

「ポジティブだな~」

 存在は苦笑いをした。

「琉子はもうこの事は知ってるな?」

「あったりまえじゃない。これでも組織のお嬢でもあり、次のリーダーなんだから」

「そこまで長生きできっか?」

「パパりんパワーがあれば。フフッ」

「へぇ、可愛い事を言うじゃないか」

 存在がほくそ笑んだ。

「んじゃ、俺もう戻るわ」

「え、戻るって?」

「俺が出てくる前の、に。俺は本当は外に出てきてはいけない、七罪の隠された一つなんだ。もうここで戻ったら、心の奥底に縛り付けられて二度と出てこられないように七罪に拘束される。何、その方がコイツにとっても都合がいいんだよ。……じゃあな」

 にっこりと笑って手を振ると、すっと真顔に戻った。

「……え。うぉう!? あ、あぁ、戻ったんか……」

「おかえり、パパりん」

「え、あぁ、た、ただいま……?」

「記憶は無いんですか?」

「え、いや、あるよ。でも戻ったときのちょっと混乱てか、そんな感じのが……」

 なるほど、と七穂はうなずく。

「そうだ七穂」

「はい?」

「お前、保育師資格取ろうとしていたよな」

「はい」

「組織んトコの保育士にならないか? 孤児の子供や、組織で働く母親から子供を預かったりしてるんだが、人手が足りなくてな」

「本当ですか……!? 良いんですか?」

「構わねぇよ」

「お願いできますか?」

「うん。手続きはこっちでやっておこう」

「七穂ずる~い。パパりんの側でお仕事できるなんて……」

 琉子は口をとがらせる。

「お前は俺の秘書になるんだから、七穂以上に俺の側にいるじゃねぇか」

「え。その小さい頃の夢ってアリなの?」

「別に、仕事が欲しいなら」

「わぁい!」

「でも給料はあまりよくないぞ」

「えぇぇ……」

 禊の携帯の着信音が鳴る。

「ちょっとすまん。はい、もしもし……」

「……パパりん、最近忙しそう……」

「アフリカの方に過激派組織が出たんだって」

 七穂が琉子に話しかけた。

「あ、ニュースで見た!」

「確か……名もなき組織……だったっけな。行動目的がはっきりしなくて、村々を襲っては金目だけを奪って、大人は殺して、子供を連れ去るんだって」

「その子供たちはどうなるの?」

「それが、孤児として良いところのお家に行くんだって。組織の戦力に使ったりはしないらしいよ。でも、子供の能力者はそのまま組織に入れて戦力にするとかって噂を聞いたよ」

「ふ~ん……」

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