第二話 カワズノナクヨル
夜の中、蛙が鳴く。
春だ春よと。
「ただいまー」
楔荘の玄関の鍵を開け、洋風の戸を開ける。
「をっ。おかえりぃ、舞島 稔くん!」
コーヒーカップを手にした、ここの大家の娘さん、琉子先輩が部屋着姿で俺の前を通る。
「フルネームはやめてくださいよ、先輩」
「別に良いではないか。私はここの大家でもあり、先輩なのだぞっ?」
先輩の豊かな胸が揺れる。
「先輩は大家じゃないでしょ。その娘……」
「おぉそうだ。今日、新しい変人……じゃなくて、新人が来たそうだぞ」
話を反らされた。
「新人……ですか?」
「作用」
「ふぅーん……」
「……なんだ、男か女か聞かないのか?」
「別に、関係ない……」
「女だそうだ」
「まだ何も言ってませんけど」
クククと先輩は何かを企んでいるかのやうに笑ふ。
「この中二病が!」
「いてっ」
先輩が俺を小突く。
「お前は本当、古文とか好きだよな」
「人の心を勝手に読まないでください……」
「まぁまぁ」
先輩がニヤニヤしながら俺をなだめる。
ふと、先輩が手に持っているコーヒーカップを見る。
「それって、禊さんの……」
「ん……あぁ、そうだが?」
「勝手に使っていいんですか? また怒られますよ。本っ当にお父さん大好きですよね、先輩って」
「あ、阿呆! べべっ別に良いだろ! 親子なんだし!?」
「男運悪いと、とうとう親族にまで手ぇ出すんですね。改めて勉強になりました。アリガトウゴザイマスー」
途中、棒読みになった。
「このっ……」
先輩が大きく腕を上げる。
「ばぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぶふぅっ!」
先輩の拳が左頬にめり込む。
「いっっ……!?」
「べ、別に良いでしょ!? パパりんを愛していいのは私だけなんだからっ!! なに、もしかしてやきもち!? 稔っちなんかにパパりんはあげないからね!!」
先輩は通称ファザコンなのだ。そう、お父さん大好きすぎて仕方がないってやつ。
「あー、ハイハイ。パパりん好きなんですね。スゴクワカリマシタ。クスクス」
「わっ笑うなぁ!!」
先輩がタコになる。
「もういいっ! 知らない! そろそろご飯だって成則さんが言ってたからね! ぜぇったいパパりんに言って家賃上げてもらうんだからね!」
あー、ハイハイ。全く面倒な人だ。
先輩はスタスタと廊下の向こうへ歩いて行った。
「ふぅ……」
俺も部屋に戻るか。
月の下、蛙が鳴く鳴く、嗚呼、明日は晴れかな?