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楔荘 序~七罪と戦争~  作者: 智額 護/作者 字
29/34

第二十七話 覚醒

 空気が乾燥し始めてきた。

 月がよく見える晩。

「チャオチャオ~! 僕僕、アランだよぉ♪」

「モイモイ、フラン・シウムで~っす……」

 なんかまた面倒な二人が楔荘に押し掛けてきた。

「と言いたいとこだけど……」

 アランさんのテンションが急に下がった。

「禊、仕事手伝って」

「……へ?」

 禊のじゃがいもを頬張る手が止まる。

「お願い! 農業は何とかなってるんだけどギリギリ。でも財政難がヤバくて~!」

「このままだとパスタ食えなくなる……!」

「第三次産業とかあーだねこーだねウンタラカンタラで!」

「#$’&&’”’$”$=’&%%$~”||=$!」

 もう何言ってるか分かんない!

「えぇ~やだよー、円香貸すから自分らでどうにかしてよ」

「そんなぁ! 最近気候変化激しくて困ってるのに!」

「お願い禊。僕、禊の為なら何でもする」

「ならお前らでやれよ」

「今度イタリアのヴェッラな女の子紹介するから~!」

「なら引き受けよう!」

 えぇ!?

 禊はじゃがいもを頬張ったままイタリアへ行った。

 そしてなぜかロシアに拉致られ鉱山の仕事を引き受け、その後アメリカでご飯食べてたらUMA発見。色々ごったになって、一か月くらい帰ってこなかった。

「静かだ……」

 普段なら先輩と禊と嫌好の騒ぎ声の響くリビングが、俺一人だけでひどく静かだった。

 スマホがメールの着信を知らせる。

「……あ、禊からだ」

『よぉみのっち! あともうちょっとで帰ってこれるんだが、いまエジプトのピラミッドの中にいてな、王様の幽霊に捕まってよぉ、もう少し話していけっつぅんだ。で、これがその写真。お土産は猫のミイラでいいか? あいや、フィリピンよるからマンゴー買ってくるわ』

 メールをスクロールして最後に添付された写真を見て、

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 数日後――

「ただいまー!」

「あ、禊おかえ――」

 禊が俺に向かってダイブした。

「いってて……」

「みのっち~会いたかったぞ~」

 禊が俺を強く抱きしめる。

「禊!?」

「あー、この感覚……落ち着くー」

 ……まんざらでもないな……。

 すると嫌好がやって来て、禊に抱き着くとこちらを睨み、

「禊から離れろ」

「くっついてんのは禊! 俺は何もしてないから!」

 嫌好は俺に向かって唸った。

「よいしょ……」

 禊は立ち上がり、

「疲れたから寝よ」

「あっ禊、俺も一緒に……」

 嫌好は急いで後を追うが、

「嫌好は俺の部屋に入るな」

「えぇぇー」

 なんだかんだで、やっぱりこの騒がしさが一番……

「稔ー! シャンプー切れた! 替え取ってー!」

「あー、ハイハイ!」

 風呂場にいる先輩に呼ばれ、渋々向かった。


 朧月夜。

「禊! 勝負だ!」

「……はあ?」

 豆の缶詰を食べていた禊が、スプーンをくわえたまま反応する。

「だから、俺、禊に負けてばっかだし1000年前も負けたし」

「はあ」

「だからこれで勝負」

 嫌好がお神酒を出してくる。

 それいいの!?

「え、嫌好、それだめじゃね……?」

 姉ちゃんも動揺気味。だけど、よく見たら顔に飲みたいって書いてある。

「七穂も飲む?」

「うん」

「姉ちゃん!」

「禊、飲まないと禊の黒歴史暴露……」

「あーわかった! 飲むから!」

 禊はため息をついて髪をかき上げると、缶詰とスプーンを置いて嫌好の方を向いた。

「じゃあルール。一緒にお猪口一杯ずつ飲んでいく。俺も禊も弱いからすぐにダウンすると思うけど、先に寝た方が負け」

「っしゃおらかかってこいやぁ」

 禊は膝を叩いた。

「もー、パパりん無理しないでね」

「じゃ私は飲みながら審判やる」

「あまり無理はなさらないでくださいね」

 成則さんが雑誌を読みながら言った。

 まず一杯目。

「っはぁ!」

「っく……」

 二人とも顔をしかめて飲み込む。

「うわぁ、やっぱ酒まずいよ……。俺、チューハイがいい」

 禊が冷蔵庫に向かおうと立ち上がると、

「禊、弱音吐かない」

 嫌好が掴んで座らせた。

 二杯目。

「うえぇ。チューハイ……」

「禊」

 三杯目。

「うぅ……なんか、上がってくる……」

「大丈夫。一緒に、苦しくなろ……」

「ちょっと、意味深な発言やめて!」

 思わず突っ込みを入れてしまった。姉ちゃんも程よく酔いが回って来たのか、いつも以上にニコニコしている。

 四杯目。

「もういやだぁ」

「禊、もっと嫌がって……苦しんで……」

「あのー、ここに変態がいるんですけどー」

 五杯目。

「うヴぇぇぇ……うっうっ、チューハイ飲みたいよぉ」

「もっと泣け、禊」

「この人、禊に恨みでもあるの?」

「これ以上パパりんいじめたら中華鍋で殴るわよ」

 六杯目。

「うぅぇ……気持ち悪い……グルグルする……」

「……」

 さすがに限界か、嫌好が黙る。意外にも禊は意識がはっきりしている。

 七杯目を飲んだ時、

「もう無理! ねぇ俺の負けでいいからもうやめようよぉ!」

 禊が泣き泣き弱音を吐く。

 禊はギブアップか、そう思ったとき、

「禊……」

「え、なに!? まだ飲むの!?」

 ゆらりと嫌好が立ち上がり、椅子に座る禊を机に押し倒した。

――ゴンッ

 禊の後頭部が机に衝突。

「いっだい! なにすんっ……!」

「あ」

 思わずその場の成則さん以外が呆気にとられる。

 嫌好の唇が禊の唇に重ねられていた。

 琉子先輩の顔が青ざめる。

「……ん……んんん! ん゛ん゛! ん゛~~!」

 禊がパニックになる。手足をばたつかせるも、無駄な抵抗だった。

「パパりんから……パパりんから離れなさいよ……!」

 先輩は中華鍋がへこむ勢いで嫌好を殴った。

――ッコォォン!


 次の日の朝。

「うぅ……頭痛ぁい」

 禊が頭を抱えてやって来た。

「禊、おはよう。嫌好は?」

「はよ……。まだ俺のベッドで潰れてるよ。てか、何で一緒のベッドなんだよ」

「いや、なかなか禊のこと離さないから……」

「おかげで悪夢にうなされたよ」

 苦笑いしかできない。

「っつぅ……」

 長い前髪をかき上げる。本当、真っ黒な髪。

 背は俺より10センチくらい小さい。167くらい? でも大人なんだよな……多分。手足細い……手、意外に大きいし、指がきれい。腰広いし、なんだか男と女の中間みたいな体系だな。しかも細い。

 ……って! 何考えてんだ俺は!

 でもなんだろう。なんか、妙に抱き付きたいっていうか……。

 体が勝手にうごいて、

「んだよみのっち、急に人に抱き付いて」

「え!? あ! ご、ごめん!」

「パパりんから離れろゴルァ!!」

 先輩がフライパンを俺の顔面向けて投げる。

「ひっ!」

 思わずしゃがみ込んだ。

――コォォン

 フライパンが禊の後頭部にぶち当たる。

「ぱ、パパりん!!」

 禊が倒れる。

「パパりん! 嫌、死んじゃいやぁ!」

「琉……子……。俺がいなくても……いい子にしてるんだぞ……」

「パパりん!」

 だ、大丈夫かな……。

「かわいい愛しの娘よ……ガクッ」

「パパりん!」

 いやいや、目回して気絶しただけだから。

 すると先輩はキッとこちらを睨みつけ、

「全部あんたのせいよ!」

「えぇ!?」

 とりあえず寝かしておくことにした。


 夜――。

 禊の事が気になって寝付けなかった。夜風に当たろうと思い、屋上へ出てみた。

 するとそこに禊がいた。

「ラ……ララ……ふんふふ~……」

 鼻歌を歌ってる。ちょっと驚かせようと思って、背後に忍び寄ると、

「……なんだ稔か」

 背中を向けられたまま声をかけられた。

「ばれちゃいましたか」

 諦めて笑いながら顔を覗き込むと、

「ばれるも何も……存在の罪だから」

「え?」

 こちらを向いた顔は正に禊ではあったが、少し違うようにも感じられた。

「よお、初めましてだな。存在自体が危険と言われる、存在で~す」

 それは怪しく悪戯に笑った。

「いやぁ、今夜は良い月だよ。稔、君が鍋を避けてくれたおかげで目が覚めたよ、ありがとう」

「な、なにこの人……」

「え。だからぁ、存在。みんなそう呼んでる」

 禊の笑い方はいつもと違って、とても不気味だった。理解が追い付かず黙っていると、

「まあいいや、しばらくよろしく」

 月光に照らされて、より一層怪しく見えた。

「アッハハハ!」

 禊……じゃなくて、今は存在か。そいつは俺の膝の上に座って、アイスを食べている。

「いや抹茶アイス最高だわ~、怨もこれ好きだったな~」

「えっ?」

「怨、抹茶好きで一時期大変だったから」

 そっか。怨さん、抹茶アイスが……。

「そんな事よりさァ」

「え」

「君、なかなか好みだな~」

「え!?」

「だから……殺しちゃおっかな?」

「え?」

 じっと目を覗き込まれる。真っ黒い目は光も闇も何もかも吸い込みそうなほど深く、意識を持っていかれそうだった。

「俺の趣味だよ。好みの人間は片っ端から殺していくのが趣味でさ、冷たく動かなくなったぬいぐるみみたいな人間の死体を、ベッドに並べて寝るのが好きなんだよ」

 とんでもない趣味! この人やっぱ危ない!

「あ、そうそう。みんなのプロフィールの書き方変えたから。各職場で人員に偏りがあったから、配分見直してみた。楔荘の人間は移動してないから別に見なくてもいいけど、稔、一応確認してごらん」

「あ、うん」

 タブレットを受け取り、スライドしていき確認する。

「パパりんそんな趣味持ってたなんて……私、パパりんに殺されたい!」

 先輩が黄色い声でそう言いながら、存在に抱き着いた。

「残念ながら女の子を殺す趣味はないなぁ。女の子は生きてる方が好きだから、ほら琉子、笑ってー」

「パパりんだぁいすきぃ!」

「ちょ、先輩、重い……」

 先輩が存在の頬で遊ぶ。

「わ~、プニプニ!」

「とても良い気分だ、もっとプニるがいい」

「ちょっとタブレット借りますね」

「なんならデータを稔のパソコンに送ればいい」

 そっか。

 データを俺のパソコンに送る。

「部屋、戻るんで」

「うむ。琉子~」

「パパり~ん」

 バカップルみたいだなぁ、あの二人。

 部屋のパソコンでデータをよく見てみる。

「内容はあまり変わって……」

 自分の情報部分だけ、明らかに今までと違った。

 何で? 他の皆のはほとんど変わってないのに。

「最重要監視対象……? なにこれ。七番目の矛盾した存在……両生類?」

 意味が分からない。

 その時、視界と頭の中が真っ白になった。

『稔』

 母さんじゃない、別の女性の声。

『嗚呼、貴方は選ばれてしまった。可愛そうな子……』

 優しい女性の声。

 金の原が広がり、その向こうで赤い服の誰かが手を振った。

 とにかく……本支部へ行こう。本支部の、極機密部。あそこに何かありそう。理由なんて無い、そこに行けと何かが言うんだ。

 無造作に置いてあったカバンを持って、楔荘を出る。

「さてと、俺も行くか……」

 存在はそっと立ち上がる。

「パパりん……?」

「榊! おい出てこい!」

「なんだよー、俺は引きこもっていたい……」

「いつまで仮面かぶってんだよ。いい加減目を覚ませ」

「ああ、何だ。今そっちなんすか。じゃあ俺もそろそろ仕事が来るってわけっすか」

「榊くん……? 目つきが、変わって……」

「行くぞ」

 榊と存在は歩き出す。

「さあ、予言を処理しようじゃないか」

 大きく裂けた口から赤黒い舌が覗いていた。

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