第二十六話 お茶目
コンビニのバイトから帰ってきた時だ。
「ただいまー……」
「七穂ちゃーん!」
突然誰かが私に抱き付いた。
「え!?」
「助けて!」
顔を見て驚いた。髪は怨さんの様に黒くて、ケイと目元が似ていて、顔の形が禊子ちゃんに似てかわいらしくて……。
「禊! さあこのメイド服を着て!」
身長は168センチくらいで……。
「やだ! 絶対いやだ! バカ! 変態!」
まるで、あの七人全員が、この一人から見えるような。
嫌好がこの子のお腹に腕を回し、私から引きはがそうとする。
「お願いだよねえってば! ゲームに勝ったらいう事聞いてくれるって言ってたじゃん!」
「お前にそんな性癖が出来上がってたなんて聞いてねぇよ嫌だよ!」
「性癖だなんてそんな卑猥な言い方しないで! 愛と呼んで!!」
「愛じゃない! 絶対愛じゃない! ねえ嫌好お前何でそんなに怖いの!? 怖いよ!! 笑顔が怖い!! 可愛い昔のお前はどこ行った!?」
「大丈夫怖くないから! ねっ? だから七穂から手を放して! ほぉら全然怖くなぁ~い! 怖くなぁ~い!! 今も俺は十分可愛いから! ほら言って! 嫌好可愛い! 大好き! 可愛いって言えェェ!!」
「それが怖いんだって! 嫌だ女装の趣味なんて持ってねぇよ!」
「禊なら絶対似合うから! 大丈夫! 俺が保証する!」
「お前の保証なんていらねぇよ!! うわぁぁ~!!」
お尻をフリフリさせながら暴れる二人が可愛いです……。神様、罪な私に罰と褒美をください。
「こんのエロダコ! パパりんから離れろぉ!」
騒ぎを聞きつけた琉子ちゃんが走って来て、回し蹴りで嫌好の頭を蹴った。
今日の晩御飯は琉子ちゃんとあの子が作った。
「ん! パパりん料理上手!」
「琉子も腕が上がったじゃん~」
「あ、あの、この方は……」
恐る恐る成則さんに問うと、
「あぁ、そうでした。この方が本支部長で組織長の、五月雨 禊さんです」
……え!? じゃあ、戻ってきたってこと?
「お、お歳は……」
「約2000歳。でもさあ、色々計算していくうちに1500歳くらいらしくて……」
禊さんが口を尖らせる。
「……あ、俺の事は禊で構わねぇぞ。今ならさらに、女性限定でちゃん付けを許可する!」
「あ……えぇ……」
稔が困惑していると、
「みのっち、アンタは様付けしなさいよ」
「せ、先輩!?」
「いや、稔は呼び捨てで構わないよ」
禊さん……呼び捨てでいっか。禊がじゃがいも料理を頬張る。
「まんべもひふもんうへうへうお。まあ、ほひいぬごくひほうほうはいえまんごふぁっ、ゴクン。いいな?」
「何言ってるかわかんないです!」
稔の眼鏡が吹き飛ぶ。
「『何でも質問受け付けるよ。まあ、本部の極秘情報は言えないんゴフッ、ゴクン。いいな?』だって」
さすが琉子ちゃん、人の思考を読める能力。
晩御飯が終わって、杏仁さんからもらったお茶を飲みながら、屋上にみんな集まって話をした。
朝――。
目覚まし時計の絶叫を止めて、顔を洗い、ダイニングに向かうため階段を下りていく。
ダイニングのドアを開けると、
「おはようございまー……うっ」
目の前の光景に、思わず引いた。
「禊~」
「あぁもう! くっつくな! 邪魔! 鬱陶しい! お前凄い鬱陶しい!」
キッチンで料理をしている禊に抱き付く嫌好。
「いいじゃん。だって俺、禊の奥さんだもん」
「だったら家事手伝えや」
奥さん!?
「そういえば、もう一人の奥さんは?」
嫌好が鍋の中を覗き込みながら訪ねると、
「俺には一人しかいないぞ」
「え、それって俺……」
「お前じゃねぇバカ」
一夫多妻……? いや、一夫多夫? え……。
「って嫌好バカ! お前どこに手ぇ突っ込んでんだよ!?」
「えぇ~、いいじゃんいいじゃん」
嫌好は嬉しそうに手をモゾモゾと動かした。
「も~やだ~! 琉子助けて~!」
すると、私の後ろから何かが颯爽と飛び出した。
――コォォォン!
琉子ちゃんがフライパンで嫌好の頭を叩いた。
「パパりんから離れろタコ!」
「痛! やめろ! あたりめにする気か!」
「バカバカバカバカバカバカ!!」
琉子ちゃんはボコボコと叩く。
「――あ、パパりん、ジャム取って」
「ん」
「俺の朝飯は……?」
「んなもんねぇよ。お前が邪魔するから、一人分作り損ねた」
嫌好は膝を抱えて、部屋の隅で小さくなって座っている。なにかブツブツ言ってる。
琉子ちゃんが嫌好に向かって舌を突き出す。
「ベーーっだ!」
そういえば、禊は七人が一つになったけど、何がどう変わったのかな。
ちょっと観察してみることにした。
朝ご飯が終わると、洗濯物を畳む。
怨さんと変わらない……あ、嫌好が背後に。琉子ちゃんに凹されてる。
掃除。これも怨さんと変わら……
――カッ
足の小指をぶつけたらしく、足を抱えて苦しんでる。
昼食の準備。皿を並べ……
――ゴッ
腰の横を机の角にぶつけた。震える手で皿を机に置いて、腰を押さえる。
洗濯機を回す。洗濯物を取り出し、入れ……
――カンッ
頭を洗濯機にぶつける。ハゲると言いながら頭をさする。
新聞の広告を切ろうとして……
――サキッ
指を切って、床に血が垂れる。
雑誌のページをめくろうとして……
――スッ
指を切る。
榊の部屋、地下の入り口のドアをくぐろうとして……
――ガッ
額をぶつける。かがんで行きなよ……。
移動すれば、低い机にスネをぶつける。花瓶を足に落とす。花瓶は無事、足は負傷。
結果。
注意力が散漫になった事が分かった。それから、私がちょっと部屋に行って帰って来た時だった。
禊が縛られてる。いや、意味深な事じゃなくて。
腕を後ろにまわされ、手には手錠が掛けられて椅子に座っている。
「お゛い嫌好! このバカ! なんだよこれ! 外せっ!」
椅子ごとガタガタと暴れる。
「ごめんね、禊。禊が今まで以上に弱いから、ちょっと鍛えてあげようかと……」
「超迷惑!」
「だって、猫とケンカして負けてるんだもん」
あぁ、あれか。さっき見たわ。
嫌好が麻縄を両手で持ち、怪しい笑みを浮かべる。
「え……ちょ、嫌好、ま、待て。は、話し合おう! うん。穏便に、な?」
禊が焦りだす。
「じっくりと……ね?」
ガスマスクをかぶせられた禊が、椅子に縛り付けられガタガタと震える。
「ふぅ……」
嫌好は清々しい表情で額の汗を拭った。ふぅ、じゃないよ!
「どうしよう、琉子ちゃんは買い物でいないし……」
「だからこそだよ」
ガッツポーズをするなっ。
「ねえ禊、今どんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」
笑みがこぼれてるよ。大丈夫かよこれ。
「だ、大丈夫なの?」
恐る恐る嫌好に聞いてみると、
「ダメだと思う」
えぇぇ……。
「……俺が」
君かよ!
「叫んだりしてないけど、息できてるの?」
「多分できてない」
「え!?」
「禊の手首、手錠と麻縄で縛ってあるでしょ。あれのおかげで恐怖のあまり声が出ない状態」
「大丈夫なの!?」
「知らね」
「あと何で首輪ついてんの?」
嫌好はニヤリと笑って、
「俺の趣味」
うわぁ、なんて嫌な趣味。
一時間くらいして嫌好がアイスキャンディーを持ってきた。
「ヒッヒヒヒ……」
もう笑い方が……。
「さぁて、この半分溶けたアイスを食べてもらおうか……」
ガスマスクを外す。
「嫌……こ、う……」
禊の顎はガチガチ言って、何も話せない状態。
……ってそのアイスキャンディー、ミルク味!
ダメ! 意味深すぎるよ! 腐女子の私にはこの後の展開がすべてわかる! やめてあげて!
だが嫌好は何の躊躇もなく、そのアイスキャンディーを禊の口に突っ込んだ。
「ん゛!?」
もう、嫌好の顔には影がかかって表情がうまく読み取れない。
アイスを抜き差しする。
「かわいいよ~、禊ぃ……!」
この上なく嬉しそうな声だ……。
禊の膝の上に溶けた白いアイスが垂れる。顎から首筋にアイスが伝う。
その時、フッと嫌好の上に影がかかった。
「――琉子~! 怖かったよぉぉ!」
「よしよし、かわいそうなパパりん。怖かったねぇ」
禊は琉子ちゃんに抱きしめられ慰められる。大きな胸に顔をうずめて……。
「あぁ、パパりんが……パパりんが泣いてる……かわいいよぉ……」
琉子ちゃんは顔を赤らめ、嬉しそうに禊の頭を撫でる。
ここにも危ない人がいる!
その後、嫌好はプリズンと言う名の本支部へ護送された。
「何で! うおお離せ!」
アーサーさんに抑えられ、嫌好は叫ぶ。
「離さねぇよ。よくも僕らの父さんに手ぇ出したな」
「出したな」
アランさんとフラン君がサングラスをかけてガムを噛んで、拳銃を突きつけていた。
「向こう着いたらどないなるかわかっとんのかアァン!?」
アーサーさんのヤクザ感半端ない。
「まあいいさ、これで貴様の研究が進む……」
マーリンさんが注射器を取り出す。顔が怖い……。嫌好に謎の薬品を打ち込むと大人しくなった。
「な、何を注射したんですか?」
気になって訪ねると、
「麻酔だ。運んでいる間は大人しくしてくれるだろう」
アランさんとフラン君は嫌好の顔に落書きをし始めた。
「おでこに肉って書いてやる!」
「鼻にリコリスキャンディー通しとこう」
子供っぽい悪戯だなぁ……可愛い。




