第二十一話 ⑦
7人の子供たちが来てから7年ほど経った頃だった。
「マーリン君」
「はい」
生物学の教授に呼ばれ、マーリンは手に持っていたカップを机に置いた。
「君の論文は実に素晴らしい! 無駄が無く、とても美しいよ。今回の生徒の中で一番だ」
「ありがとうございます」
「これからも頑張ってくれたまえ。研究の方はどうだい?」
「ええ、順調に進んではいるのですが……」
「何か問題でも?」
マーリンは部屋を見渡すと、
「助手が欲しいですね、どうしても部屋が散らかってしまいます」
教授は目を丸くすると、手を叩いて笑った。
「君が卒業したらいくらでも助手をあげよう」
「はい」
マーリンもつられて口元を緩めた。
「はあぁぁぁ!」
アーサーが竹刀を振り下ろす。
「甘い!」
だが殺欺に胴を取られた。
「ここも、ここも! 隙が多すぎる!」
次から次へと取られていく。
アーサーは足をもつれさせ倒れてしまった。
「ちょ……父ちゃん、タンマ!」
アーサーは息を切らして面を外した。
「君……そんなんで本当に騎士になるつもりなの?」
「なる! 俺はなるんや!」
顔を輝かせて言うアーサーに、殺欺はため息をつく。
「もう何年になる?」
「6年」
「それだけやれば上達するはずなんだけどなぁ……」
するとアーサーは口ごもって、
「……父ちゃんの教え方が悪いんや……」
「あ?」
アーサーはごまかすように眉をあげて微笑む。
そこで携帯電話が鳴る。アーサーが慌てて出ると、
「お兄ちゃんまだ!? もう1時間は経ってる!」
「あ? 1時間……?」
アーサーは鼻をほじりながら時計を見ると、
「アカン! 妹の約束忘れておった!」
急いで胴着を脱ぎ捨てた。
「おいアーサー!」
「すまん父ちゃん! 今は父ちゃんよりも妹の方が大事なんや!」
アーサーは全力で妹の元へ走り出した。
「Hi! そんなに急いでどうしたんだい?」
そこへすれ違ったオースティンが声をかけた。
「妹の約束忘れておって!」
「Ann……い、妹? え~……」
「まいしすたーうぇいてぃんぐぱーく!」
アーサーは片言の英語で言うと、
「Oh! わかった! 俺が連れて行ってやる!」
オースティンはアーサーを抱えると宙に浮き、空高く飛んだ。
「どこの公園なんだい?」
「えっと……あ、そこ! そのキノコのオブジェのある公園!」
「OK!」
例の公園が目前まで来たところで、
「ソーリー、Time upのようだ……」
「ぱ!?」
二人は公園の林に向かって真っ逆さまに落下する。
「キャー!」
「Ahーー!」
アーサーは両手の人差し指を立てると、左手で右手の人差し指を持ち地面に向かって構え、
「聖剣突き!」
指先に光が集まり、地面に接触する寸前で光が地面に刺さった。
「――お待たせ!」
何事も無かったように清々しい笑顔でキノコのオブジェの元に駆け寄る。
「遅い! バカ! 行くよ!」
アーサーは妹に手を引かれて行った。
オースティンは頭に刺さった枝を抜きながら手を振り、
「いててて……Heroは強いんだぞ!」
にじみ出る涙をぐっとこらえた。
「フラン!」
エプロン姿のアランが部屋に飛び込んでくる。
「ほらフラン起きて! 朝だぞ!」
「……るさい」
フランは毛布を頭まで被って寝返りを打った。
「学校行かなきゃ。ほら、朝ごはんはパンケーキだぞ」
「パンケーキ飽きた」
「エェっ!?」
アランは困り果て、渋々フランを毛布ごと抱えてダイニングに降りる。
「ほら、早く食べちゃってよ。僕だって今日は大学があるんだから……」
「お前の事なんか知らねぇよ」
「もう、どこで覚えてくるのそんな言葉!」
アランは頬を膨らませて睨んだ。
フランはしかめっ面でパンケーキを口に押し込む。
「どう、おいしい?」
「まぁまぁだな」
身支度を整えたフランと手をつないで、スクールバスのバス停まで連れて行く。
「あらアラン君! おはよう」
「おはようございます、マイク君のお母様」
「今日もお兄ちゃんと来たのね。偉いわね~」
母親はフランの頭を撫でる。フランの顔はこの上なく嫌そうだった。
「フラン、笑顔!」
アランは小声で呼びかけるが、フランの顔は相変わらずだった。
「よおフラン!」
「嘘つきフラン!」
クラスメイトがフランをど突く。
「お前また来たのかよ」
「近づくと嘘つきがうつるぞ!」
男の子たちは笑いながらバスに乗った。
「フラン……」
アランが心配そうに見つめると、
「別に、アイツらただの馬鹿だから。聖霊すら見えないとかクズだよな。無能だよ無能」
そうぶっきらぼうに言うとバスに乗り込んだ。
「いいんだ、僕は能力者なんだ。聖霊呼びという、神に仕えし聖者のみ与えられる異能力なんだ……。僕は選ばれた人間なんだ、だから……」
フランは胸元で手を握った。
「ねえフラン君」
前に座っていた女の子が話しかけてきた。
「何で髪が白いの?」
「知らねぇよ、別にいいだろ……」
「天使みたいだね!」
女の子は笑顔でそういうと、隣に座っていた別の子と話し始めた。
フランは不意を突かれたように、ぼーっと女の子の後姿を見ていた。
「だ~か~ら~!! 何度も言ってるだろ! いい加減覚えろ!」
杏仁が机を叩いた。
「そんなこと言われたって……」
健良が肩をすぼめる。
「お茶の入れ方はこうだっちゅうの! バカ!」
「バカとは何ですか!」
「お前はバカだよ、バカ!」
「ヒドイです!」
「バ・カ!」
「お茶ごときでそんなに言わなくったって……」
健良はやつれた顔で急須を見つめた。
杏仁は鼻息を荒くしてお茶に口をつける。
「そんなこと言うあなたはどうなんですか。この前の国学の講義、またさぼったんですって?」
健良が身を乗り出して訪ねると、
「あのジジイの授業、眠ぃんだよ」
杏仁は尻を投げ出すように椅子に座った。
「また単位落とすんですか?」
「別にいいだろ!」
「ダメです! 禊さんに怒られますよ?」
「別に、説教なんて寝てればいいんだよ」
杏仁は鼻で笑った。すると健良は呆れかえったようにため息をつき、
「そうですか。別に私には関係のない事なので気には留めませんが、これだけは言っておきます」
「何だよ」
「裏拏さんに嫌われますよ」
杏仁は急いで立ち上がる。健良はため息をつくと、その場を後にした。
マーリンはアメリカの有力な大学に通うため、現地に家を買い住んでいた。アーサーは妹と共に、孤児院と繋がりのある学校に通い孤児院で暮らしていた。アランはイタリアの心理学科の大学に通っており、フランと二人でアパートに住んでいた。杏仁と健良はその頃すでにあった中国支部で、学校に通いながら職員として働いていた。
大学には入らず博物館の職員として働いていたオースティンは、空中浮遊という能力を抜擢され組織に入ったばかりだった。建設中のアメリカ支部の仮支部長として務めてはいるものの、本人曰くヒーロー活動で忙しいらしい。
すでに禊は7人に分かれており、それぞれが各支部の建設と組成に勤しんでいた。
「こちらがリストになります」
男が怨に書類を渡す。
「これで全てか?」
「ええ」
怨は書類の一つ一つ目を通していく。男は不安そうに怨の動きを目で追っていた。怨が立ち上がり握手を求めると、男は少しためらったが、
「契約成立だ」
という怨の言葉に胸をなでおろした。そして怨の横にいたケイとも握手をし、
「契約が確立しました」
ケイの目が水色に光った。
「――案外楽な仕事だったな~」
怨とケイは路地裏に入った。
ふと、ヘラヘラ笑っていたケイが真面目な顔になり、
「……なあ、怨」
「わかっている」
いくつか枝分かれしていた路地を、銃火器を持った集団に塞がれた。
「私ごときの首を持って行って何になるというんだ」
怨が尋ねたが、集団は一切答えなかった。
「戦争がまだしたいか」
怨は呆れたようにため息をついた。
集団が引き金を引く。ケイが宙を舞い、発砲が止むと同時に着地する。
「……実に面倒だ」
怨の腕の色が変わり、瞬きする間もなく高く飛び上がる。集団の一人を捕まえると片っ端から気絶させていく。
「全てを浄化させる白き右腕に、全てを壊す黒き左腕」
ケイは太刀斬鋏を構える。
「この両腕を覚えておけよ、ネズミども」
ケイは集団の脳に言葉を焼き付けた。
最後の一人を倒し終え、怨が戻って来る。
「お疲れ~」
ケイが手を振って見せると、怨は手首を摩りながらやって来る。
「不具合でも?」
「いや、少しひねったかもしれない」
「ほっときゃ大丈夫っしょ」
「奴らの脳に焼き付けたか?」
「バッチリ! 小さな契約だけど、確実に頭に伝えるでしょ」
二人は何事も無かった様相で、その場を去って行った。
表子がある孤児院に来た。
「引き取りに参りました」
そう言って証明書を提示すると、孤児院の職員は快く表子を中へ案内した。
孤児院の職員が数人の子供を連れてくる。
「それじゃあね。向こうでもいい子にしているのよ」
職員は子供一人ずつの頭を撫でていく。すると一人の少女が心配そうに、
「先生、私の能力……迷惑だった?」
「そんなことないわ。貴女の力のおかげで、先生は助かったわ」
「僕は?」
「貴方のおかげで、小さい子たちはいつも楽しそうだったわ。ありがとう」
子供たちは悲しげな顔をしていたが、職員の励ましのおかげで顔が少し明るくなった。
子供たちは表子に連れられバスに乗り込む。そしてバスが出発しだすと、子供たちは後部座席に集まって窓からずっと孤児院を見つめていた。職員もバスが見えなくなるまでずっと見届けていた。
表子はそんな子供たちの悲しげな背中を見つめ、
「大丈夫、君たちが幸せに暮らせるよう、お姉さんが守って見せるから」
側にいた男の子の頭を撫でた。男の子は嬉しそうに微笑み、表子の手を握った。
護は目の下に濃い隈を乗せてパソコンを操作していた。
「どう?」
大きめのヘルメットをかぶった禊子が、大きな紙を広げながらパソコンを覗き込んだ。
「あとちょっと。このシステムを使えば、全ての管理が円滑にできる」
「今までは紙に書いて、それを壁に貼って、定期的にまとめ上げてたもんね~。人件費も無駄にかかってたし」
「でもこれを使ったからって、人件費は浮かないよ」
「え? なんで?」
「システムを使うための周辺機器を揃えるために浮いた人件費が消える」
「じゃあ意味無いじゃん~!」
禊子は残念そうに肩を落とした。
護はエンターキーを強く押し、画面をじっと覗き込むと、
「……よし。完成っと」
大きく体を伸ばし、禊子の肩に顎を乗せた。
「おつかれ~」
禊子は持っていた紙を見ながら、空いた片手で護の頭を撫でる。護も紙を見て、
「これはこっちの方がいいんじゃないか?」
「えー、でも西日強くない?」
「だったらこっちにすればいい。風水も問題ない……」
「それじゃあ……これは?」
「東なら大丈夫……どうしてもだめなら、風水で見るんじゃ……なく……」
護の声はだんだん沈んでいき、ついに眠りに落ちてしまった。禊子の元にやって来た職員が出しかけた言葉を飲み込んだ。そして小さい声で、
「お疲れ様です」
「うん、おつかれ。あとこことここをやったら、今日はおしまいにしよ!」
「護さん、昨晩もずっとここに残って作業してましたもんね……」
「やると決めたら終えるまで休めない奴だからね~」
「そういう根気強さ、本当に尊敬します」
「えー、でも、君みたいな普通の人間はちゃんと休まなきゃダメだよ」
「それもそうですね」
職員は小さく頭を下げて持ち場に戻っていく。禊子は手に握った紙をもう一度見て、
「これでみんな、笑顔になってくれるかな」
紙には大きな魚型の飛行船の図面が描かれていた。




