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楔荘 序~七罪と戦争~  作者: 智額 護/作者 字
21/34

第十九話 親孝行と未練

「……ねえ、パパが元に戻るって話、聞いた?」

 支部長会議の終わり、アランが切り出した。

 一同が複雑な感情になる。

「知っとるも何も……」

 アーサーが口ごもる。

「僕たちが初めて会ったときって、元のパパってやつだったよね」

「え、そうなのかいフラン?」

「あぁ、私はよく覚えている」

「マーリンは最年長やもんなぁ。なんたって30……」

 マーリンがカラニシコフを向けると、アーサーは急いで口笛を吹いてごまかした。

「……最後に他の父さんや母さんたちの為に、俺たちにできる事ってないかい?」

 オースティンは鉛筆を鼻の下で持った。

「ケイとか、禊子の嬢ちゃん達にってことなん?」

「あぁ」

「あっ。ハイハーイ! あのねぇ――」

 アランが挙手して小声で話し始める。それに一同が聞き耳を立てる。

「……なるほど……!」

「んで……」

「うんうん」


――ピンポーン

 楔荘にインターホンのベルが響く。

 稔が出ると、

「ケイ! ケイはどこ!?」

「オフィーリア!?」

 オフィーリアが上がり込む。

「ケイ? ケイ!」

 するとケイは大あくびをしながら現れ、

「んだよオレの名前連呼し……て……」

 ボリボリ頭をかいていたケイの手が思わず止まる。

「ケイ……」

 オフィーリアは目に涙を浮かべてケイを見つめた。

「え……ぁ……?」

「ケイ!!」

 オフィーリアがケイに飛びつく。

「オフィーリア……なのか?」

「そうよ! やっと……やっと気づいてくれた!」

「オフィーリア……!」

 ケイはオフィーリアを強く抱きしめる。

 呆気にとられていた稔の後ろに、アランとフランが現れる。

「よかった……親孝行できたかな?」

「え、どういう……」

「稔、鈍い」

 フランが稔の額を指でつつく。

「あ……そういう事か」

「うん」

 マカロニコンビが顔を見合わせ、にっこり笑う。

 フランの聖霊呼びの能力でオフィーリアを現世に呼んだのだった。


「――今すぐ北方に行けって……しかも実家跡地」

 護は芝生の薄ら生えた丘に着く。

「何にもなくなっちまったな……」

 一本の大木の下に着く。

「よお、兄ちゃんだぞ。ロラン……待たせたな」

 木の根元の墓石に花束を置く。

「お帰り、兄ちゃん」

 男の子の声がして後ろを向く。

「僕、ずっとここで待ってたのに……お兄ちゃん日本に行っちゃうんだもん」

 男の子は物悲しげな顔をして、肩をすぼめて護を見た。護の目から大粒の涙がたくさんこぼれる。ロランが駆け寄り、護が歩み寄り、護はロランを持ち上げる。

「あははっ高ーい!」

「ロラン……! ごめんな、兄ちゃんなかなか来れなくて……」

「ううん。こうやって会えたんだから……」

 護がロランを強く抱きしめる。ロランは顔を上げると、

「僕、お父さんとお母さんのトコに行くね」

「ロラン!」

「ずっとお兄ちゃんの事、お空から見守ってるね」

 ロランは煙のように空へ登って消えていった。

「……あぁ、愛しの弟よ」

 マーリンは木陰から双眼鏡で護を見守っていた。

「……マーリン支部長、こんなにも厳重に隠れる必要あります?」

 迷彩服の部下が葉のついた枝を持って茂みから頭を出した。

「バカ! 頭を出すな! 私がそばにいたらアイツもやりずらいだろ」

 普段冷酷なマーリンの意外な一面を見て、部下は少し親近感を覚えた。

「支部長も案外優しいんですね」

「私は優しいぞ?」

「自分でそれ言います?」

「何だ、私は鬼のような冷徹な奴だとでも思っていたのか?」

「その顔が冷徹なんですよ……」

 部下は困ったように頭を垂れた。


「皆の者! 俺を見るある!」

 中国支部館ホールにて、杏仁が部下一同を黙らせる。

「また杏仁さんの日本語がおかしくなった」「~あるって、なんすか?」「眠い!」「急に集合かけないでよ……」

「いいかお前ら! 俺は上司であり、親である裏拏さんに親孝行したいある!」

「え~、なにそれ」「めんどい」「給料出ますか?」「熊猫モフりたい」「眠い!」「ロハス!!」

「おい、今全然関係ないの聞こえたあるよ?」

 杏仁が机を叩き、

「あーもう! 何なら給料ちょこっと上げるあるから、今すぐ裏拏上司の妹さんの墓探せ!」

「へーい」

 頼りない返事を一同がする。

「全く……」

「いいじゃないですか。なんだかんだで皆さん嫌ではなさそうですし」

 健良がステージの袖から声をかけた。

「健良……それ本当か?」

「えぇ。皆さんの頭の上には、貴方への信頼の色が見えます」

 健良の目には能力により、部下の気持ちの色が見えていた。

「見つかりましたー」

「早っ!!」

「ほらね」

 指出された裏拏は怪訝そうな顔で杏仁と健良を見つめる。

「杏仁、話とは何だ?」

「裏拏さんにどうしても会ってもらいたくある」

「健良、こいつの口調……」

「えぇ、どうやら日本のとあるアニメに影響されたようで……」

 裏拏と健良がため息をつく。

「……で、誰に合えば良いのだ?」

「今から連れてくある」

 裏拏たちはヘリに乗る。

 しばらく進み、岩肌の多い森が見えてきた。

「ここで降りてくれないあるか? 往復2.5人分しか金払ってねぇあるから」

「はぁ!? ったく……」

 裏拏はため息をつく。

「じ、自力で帰れますか?」

「まあ、ここから日本までなんて3時間もあれば楽勝だ」

「すいません……」

「じゃ、俺たちはこれで」

「失礼します」

「杏仁、日本語直しとけよ」

 裏拏はそう言いつけると、ヘリから飛び降り森の中へ姿を消した。

「――地図だとここらへんか……ん?」

 辺鄙な古びた、小さな家が目に入った。

――キィィィ……

 家の戸を開け、中に入る。

 中はボロボロで、家具は椅子と机が一つずつに、木箱が二つ。簡単な作りの小さな台所があるだけ。

 裏拏は机に歩み寄る。

 ふと、窓のあたりを見た時、その横の物に目が留まった。

「これ……」

 それは、昔裏拏が着ていた戦闘服。

「[[rb:鈴麗 > リンリー]]……!」

 裏拏は戦闘服を抱きしめた。

「寂しかったろう……」

 裏拏は朝顔を机の上に置き、家を出た。

 机の側に、薄らと妹の鈴麗の姿が現れる。

「お姉ちゃん……ありがとう。私もお姉ちゃんの事、大好きだよ……」

 鈴麗は朝顔を手ですくいあげそっと抱きしめると、頬に涙を流して煙のように姿を消した。


「ねー、何で僕だけ親孝行してもらえてないのー」

 回転いすの上で殺欺が口をとがらせる。

「ねー、何で僕だけ親孝行してもらえてないのー!」

「なあんやもう、やかましいな!」

 アーサーが書類の山の中から首を出した。

「ねー、何で僕だけ親孝行してもらえてないのー!!」

「ちょっと黙っててや!」

「みんな親孝行とか言って、ある意味故郷に行ってるじゃないか! 僕だけお留守番とか聞いてないよ!?」

「殺欺さんの故郷知らんもん」

「僕も知らない」

 二人は首を横に振り、腑抜けた空気が漂う。

「せやから話にならんのや……」

「何か言った?」

「なぁんも」

 アーサーは少々苛立ちながら、不器用に両手の人差し指でパソコンのキーボードを打つ。

「てか、何で俺がオースティンの仕事片づけなアカンのや……」

 ふとオースティンとの出来事思い出した。

『Hei! アーサー! 君、今、仕事あるかい?』

『いんや、報告書出したらもう無いで。ようやく暇になるさかい、妹が買い物行きとう言うとったかんなぁ……』

『そうかい! ならこの仕事頼むよ!』

『……は?』

『給料はそっち持ちで構わないから! 俺は外の仕事行ってくるぞ! HAHAHAHAHA☆』

 そしてデスクワークを押し付けられたのだった。

「はぁん……かわいい妹とお買い物行きたかったんに……おデートやで、おデート」

 机の上の妹の写真を愛おしげに眺める。すると殺欺は書類の山の上に頬杖ついて、得意の甘い微笑みを向け、

「じゃあ代わりに僕が行こうか?」

「お前にかわいい妹を預けられっか!」

 アーサーが投げたボールペンを笑顔でかわす。

「あーもう、集中できひんからこれでどっか行け!」

 アーサーが書類の上に叩くように飛行機のチケットを置いた。

「……フランス?」

 殺欺は小首をかしげた。

 とりあえずフランスに飛んだ。

「まあ、ヨーロッパ観光も悪くないかぁ」

 エッフェル塔をバックに自らを写真に収める。

「ツイート、ツイートっと」

 電車を乗り継いでドイツに入る。その先で小さなレストランで昼食をとった。

「わー、ソーセージ! ……意味深に考える僕ってケイ以上にお馬鹿だね」

 そしてまた写真に収め、

「ドイツなう、やっぱり本場のソーセージは格別だね、っと」

 投稿ボタンをタップし、SNSに投稿する。

「さて……次はどこに行こうかなぁ」

 観光地を散歩していると、優しい田舎の雰囲気が漂い始めた。

「街から出たのか……」

 そのまま足の行くままに歩いていく。

 雲行きが怪しくなっていき、とうとう雨が降ってしまった。

「あっちゃー、傘持って来てないなぁ」

 とりあえず雨宿りできそうなところを探そうと、速足で進んでいた時、

――ドンッ

「キャッ」

「わっ」

 お互い急いでいたせいか、女性とぶつかってしまった。

「ごめんね、大丈夫?」

「こちらこそ、ごめんなさい」

 女性はフランス語で謝る。手にはたくさん書き込まれた地図を持っていた。

「道に迷っていたら雨が急に……」

 女性は殺欺の差し出した手を取り、スッと立ち上がった。こげ茶色のショートカットヘアで、澄んだ青い切れ長の目が印象的だった。ふと、殺欺の胸がドキリと高鳴った。

「……そうだったんだ。じゃあ、僕が案内しようか? 君、フランス人だよね?」

「あ……ハイ。田舎から来た観光客なんです。初めて国から出たもので……」

「そうなんだ! とりあえずどこかに入ろう、この雨なら一時間もしないで止むよ」

 二人は近くの喫茶店に入った。

「あなたは日本人ですか?」

「そうだよ」

「フランス語、上手ですね」

「そう? ありがと」

 殺欺は微笑んだ。

 コーヒーを頼み、冷えた体を温める。

「どこに行きたかったの?」

「ブレーメンに行こうと思ってたんですが……」

 地図を広げる。

「それだと……ここからバスが出てるからそれで駅まで行って、この時間の電車に乗るといいよ」

 殺欺はスマホの画面に映し出された時刻表を見せた。

 気づけば空は洗い立ての青空になっていた。殺欺は彼女をバス停まで送り、

「時間、間違えないでね」

「ありがとうございました。コーヒーまで奢らせてしまって……」

「いいよいいよ、気にしないで! コーヒーやケーキの一つ二つくらい、なんてことないよ」

 殺欺は彼女をなだめる様に笑顔を見せた。

「あの……お名前を聞いてもいいですか?」

「お安い御用だよ。僕は殺欺、16歳の日本人さ!」

「私はクロエ、16歳のフランス人です」

 二人はなんだかおかしくなって、思わず笑いあった。

 バスが到着し、クロエはバスの階段を上っていく。

「君が元気そうで良かったよ、クロエ」

「えっ?」

 クロエは殺欺の言葉に違和感を感じた。初対面なのに、昔会ったことのあるかのような口調だった。

「僕の分も幸せに生きて、長生きしてね」

 クロエは訳が分からず訪ねようとしたら、バスのドアが閉まってしまった。

 バスは走り出し、クロエはいつまでもガラス戸に張り付き殺欺を見ていた。

 バスは街に姿を消していく。

「うん、君が生きている姿を見れただけで十分だよ」

 殺欺は空を見上げる。胸に込み上げる何かがあって、それがこぼれないように見上げた。鼻をすすりながら、

「やっぱり君は綺麗だよ、クロエ。……また一緒に歌いたかったなぁ……」

 未練を置き去るように、殺欺はまた歩き出した。


 楔荘のテラスで、怨、表子、禊子、ラクランがアフタヌーンティーを楽しんでいた。

 表子がスマホを見て、

「あら、やけに出入りしていると思ったら、なにやら可愛らしい事をしているみたいよ」

 表子が差し出したスマホの画面を一同が覗き見る。そこにはマーリンやアランたちの出した報告書が載っていた。

 怨はお茶をすすり、

「親孝行、か。今更そんな事して……今までのは何だったんだってんだ」

「そう言っちゃ可哀想だよ。それだけみんな、慕ってくれたんだよ」

 禊子がそう言うと、怨はくすぐったい気持ちを隠すように、腕を組んで外の景色に顔を向けた。

 するとラクランは肩を落とし、

「でも、俺、何もできてないダス。支部長グループに入ったのは2年前で、それらしいことは何も……」

「何だ、別にお前は私の子供ではないのだから、そんなことする必要ないだろ」

「そうダスが……最後の最後くらい、尊敬する上司に何かしたいものダスよ」

 すると表子と禊子が顔を合わせ、笑顔をほころばせると、

「その気持ちを話してくれただけでも嬉しいわ」

「それじゃ、今度動物園連れてって! カンガルー見たい!」

「うん、いいダスよ」

 三人は嬉しそうに笑い合った。

 すると怨がどこか寂しそうな表情でうつむいたまま、

「お前たちに……故郷はあるか?」

 三人は顔を合わせる。

「私の故郷は、一応アメリカだと認知してますけど」

「ボクはわかんない。世界中移動してたし、見世物小屋だったし」

「俺の故郷は富山とオーストラリアダス。親の仕事で富山で育ち、大人になってからはオーストラリアで過ごしたダズが、どっちも大事な故郷ダス」

 怨は少し考えこみ、

「私はどこに帰るんだろうな」

 そう呟いた。その姿は親の迎えを待つ子供のように寂しそうだった。表子はカップを手に取ると、

「自分で壊したくて壊したのに、今更後悔ですか? そんなに名残惜しいなら、もっと早くから手を打っておけばよかったのに。まぁ、嫌好の件は後悔に至らなかったけど」

「壊したかったが、これは本当に自分の意思だったのか……壊したかったのは別の、何か縛るものを壊したかっただけなんじゃないかって。そう、最近考える」

「愚かしいわね。もうどうにもならないじゃない。私たちはあくまで罪そのもので、人じゃない。役割のために生まれたまでであって、人として生きるために生まれたわけじゃない。あの人生だって、この身を罰するために取り付けたようなものなんだから」

 怨の手を握り、

「やっと本職の方に集中できる、そうプラスに考えたら? 取り付けられたものなんだから。これから作っていくものに執着しなさいよ。じゃないと、この子が更に苦しむことになる。貴方はそれを望んでいるの? こんな小さい子に全部押し付けるなんてって、言ってたじゃない」

 表子の強い眼差しを見つめ、怨は眉をひそめて目を瞑った。

「そうだな、そうだった……。人として生まれたわけではないが、神のように無慈悲になろうとは思っていない」

 怨はそう言って表子の額に自分の額を当てた。禊子も席を立ち、2人の間に入って頭を触れさせる。

「罪であると同時に、ボクたちはあの子の守護霊。御神様はその為に傀儡をくださった。あの子の中に仕舞われたものからあの子を守るためにも、縛るためにも、繋ぐためにも。だから御上はボクらを選んだのかな」

「わからないが……今は自分らを信じよう」

 ラクランは不思議そうな顔で三人を見つめる。

「矛盾した存在……と、言うのかな。俺は賢くないからよくわからないけど……そう呼ばれるだけあったなぁ。あのままだったら野垂れ死んでたけど、拾ってもらって、治療もきちんとしてもらって、仕事も貰って、能力を善い事に使ってもらった。俺、良い縁に結ばれたなぁ」

 ラクランは鼻をすすり、クッキーに手を伸ばした。

「あー、おいし」

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