第十八話 Hero in the Poor!!!!
「プール!」
夕飯時だった。急に禊子ちゃんが立ち上がり、そう叫んだ。
「おぉう禊子、ほ、発作か?」
ケイは思わず投げてしまったフォークを拾いながら言った。
「違う違う! ボク、一度もプール行ったことないもん!」
「そっか……禊子、人苦手だもんね」
「うん……」
禊子ちゃんはしゅんと下を向いた。
するとどこからともなくオースティンさんが現れ、
「それならこの俺、アメリカンヒーローに任せたまえぇぇ!!」
「うわうっさいウザい引っ込め……」
フランが耳を押さえてオースティンのスネを蹴ったが、かゆがる様子もない。オースティンさんは自慢げな顔で自分自身を親指で指し、
「俺んトコのプール使う?」
「いいの!?」
禊子ちゃんの顔が明るくなる。
「明日は日曜だし、行くか」
そう言って怨さんが腕を組んで頷いた。
「え!?」
「本支部経由で行くか」
「じゃ上で待ってるね!」
オースティンさんは怨さんに向かって親指を立てた。
「まじありえない……」
フランがポカポカ叩くが、全く微動だにしないオースティンさん。
アメリカ&北欧退場。
翌日――
「わぁぁぁぁお!!」
アメリカ支部のプールに禊子ちゃんが興奮する。
アメリカ支部は五大湖の中の特にヒューロン湖の水中にあり、たまに水上に上がるようだ。
「おっきい!」
「Welcome! ようこそアメリカ支部自慢のプールへ!」
「オースティン。感謝する」
怨さんが手を差し出す。するとオースティンさんは少し照れた様子で、
「父さん、そんな固い言葉はやめてくれ」
「父さんと言うなと言っただろう。もうお前の上司なんだぞ」
「別に良いじゃないか!」
太くたくましい手で、比べてしまえば細い怨さんの手を強く握った。
「禊!」
嫌好が怨さんに飛びつく。
「うぉっ……嫌好、急になんだ」
「ほら、ウォータースライダー。早く」
「あ、ちょ、引っ張るな……!」
「あ~ん、パパりん拉致られたぁ! せっかくのおニューの水着なのに……」
先輩がこちらを見つめる。
「な、なんですか……?」
「べ、別にアンタにほめられたいとか、見てほしいとかボッ……」
わかりやすいな~。
「みのるみのる!」
禊子ちゃんが俺に駆け寄る。
「ん。どうした?」
「ボクの水着……どうかな。かわいい?」
「うん。かわいいよぉ」
やばいマジでかわ……
「禊子を性的な目で見てんじゃねぇよ」
表子さんがゴミ虫を見るような目で俺を睨んだ。
「みみみ見てませんよ!?」
「え……見ないの……? グスン」
「ほーら、稔が禊子泣かした~」
理不尽!
「この水着ね、りゅーこが昔使ってたのなんだって」
「へー」
「名前はね、裏拏が書いてくれたの!」
「そうなんだ」
禊子ちゃんの胸には、墨文字のひらがなで書かれた白い布があった。
字体が……。
「か、かっこいいね……」
「吾輩の自信作だ」
裏拏さんが腰に手を当て、相変わらずの真顔だが少しうれしそうな顔をして立っていた。
すると先輩が小馬鹿にするように笑い、
「裏拏ー、アンタ、ウェットスーツって……ダサ」
「この方が防御力もあるし、動きやすいぞ」
さすが裏拏さんです。
「防御も何も、誰もアンタを襲いはしないわよ」
表子さんが高らかに笑い、
「まあスク水よりは似合ってるんじゃないかしら?」
豊かな胸を重そうに腕で支えて見せた。裏拏さんがめちゃくちゃ怒ってるのが表情ですぐわかった。
「わ~ぁ!」
禊子ちゃんがウォータースライダーを滑走と滑る。
「ふぅはははは! 榊! これでも食らいやがれ!」
ケイが水鉄砲で榊を攻撃。
「ぎゃー! やーらーれーたー」
見た目は大人でも、中身がガキのケイ……。
「よいしょ」
嫌好の背中から触手がヌヌヌと出てくる。
「うおー! 嫌好嫌好! でっけぇ波でも起こしてくれ!」
「ちょうどそのつもりだった」
「おい、嫌好、止めとけ……」
「大丈夫だよ、禊!」
嫌好の変わらない表情は自信に満ち溢れていた。
「その自信はなんだ」
怨さんがザブザブと水をかき分け嫌好に近づく。
嫌好が触手を伸ばし、プールのはじからはじまで伸びる。
「おい、嫌好、ちょ……」
嫌好の左目が光る。
「よっ!」
大きな波が襲い掛かった。
「フリーダーーーームッ!」
オースティンさんが波に乗って叫んだ。
プールサイドで嫌好が正座させられ、髪から水の滴る怨さんが説教をする。
「ガミガミ……」
嫌好が小さくなってる……。
「全く、君たちはとっても面白いね!」
「そんなことな――」
振り返ると、オースティンさんがふよふよと浮いていた。
「え゛っ!?」
「ん。なんだい? あぁ、これな。大したことないから。気にしないで」
大してるよ!!
「え、え、え、宙……え、浮いてる?」
オースティンさんの下に手をやる。
「何もならないぞ」
「え、えぇえ?」
「これは能力なんだよ」
なぁんだ、そんなことか。なんか慣れちゃって、驚かなくなっちまったな……。
「重力を自在に操れるんだ」
「へぇー」
「ヒーローみたいでカッコイイだろう!?」
オースティンさんが宙を飛び回る。
「え、えぇ」
何とも言えない……。
「宙返りだってできるのさ!」
オースティンさんが泳ぐように宙を飛ぶ。
「あ、あまり調子に乗ると怨さんに怒られますよ!」
「ハッハァ! 大丈夫! なんたって俺はヒーローなんだから!! 新聞に載ったこともある!」
でも活躍してるところ見たことないよ……?
するとケイが鼻で笑いながら、
「器物損害で掲載されたの間違いじゃねぇの?」
「シャーラァップ!!」
オースティンさんが親指を下に向ける。ケイは中指を立てる。
とそこで、オースティンさんの背後に窓が迫っているのが見えた。
「オースティンさん! 後ろ!」
だが間に合わず、オースティンさんはガラス窓に突っ込んだ。ガラスは大きく割れ、警報が鳴り響いた。
「不法侵入者か!?」「何だ!?」
支部の職員が飛んでくる。
「大丈夫! ヒーローがいるさ!」
顔から血を流したオースティンさんが現れた。そして笑顔を全く変えずに、顔に刺さったガラスの破片をポリポリ食べ始めた。
「……姉ちゃん、俺、何があってももう驚かないって今決心したよ」
「あぁ、私も肝に銘じたよ」
二人で広くて青いプールを見つめる。
今日も平和だなぁ……。




