第十五話 殺欺Theパニック☆
「ごほ、コホコホ……」
リビングで本を読んでいたら、隣で殺欺くんが咳をしているのに気づいた。
「殺欺君、どうしたの?」
「あぁ、七穂ちゃん……。ちょっと風邪ひいたみたいで」
「大丈夫? 今日はもう寝た方が良いよ」
「ありがとう。それじゃあおやすみなさい……」
滅多に風邪をひかない殺欺君が風邪だなんて……。殺欺くんは身震いしながら階段を上がって行った。
「明日雪でも降るんじゃね? 桜咲いてるけど」
ケイが笑いながら言う。
次の日の朝――
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉ!! ほんとに雪降ってる!?」
うわー、本当に降っちゃった。これって能力が関係してるの?
「すっげ。うわすっげ。もしかして……オレって預言者?」
「そんなわけないでしょ」
ケイを冷ややかな目で見る。
「そーいや殺欺どうなった?」
「さあ、私は知らない。というか同室のケイが言わないでよ」
「そっか。いや、ベッドでかいからさ、全然気づかないわ」
「そんなに大きいの?」
「直径……5mの円形のモッコモッコしたクッションみたいなベッド。上で皆で川の字になって寝てる」
「え、なにそれ私も寝てみたい」
「でも怨が許してくれないと思う」
「そっかー」
「うん」
「……じゃなくて!」
「うおっ」
危うくケイの流れに乗ってしまうところだった。
「殺欺君の様子見に行くんでしょ!?」
「ラジャー!」
ケイたちの部屋に到着。
戸には“禊”と書かれたプレートが掛けてある。
「殺欺ー?」
「失礼しまーす」
「ん……んん……」
かわいらしい女の子の吐息が聞こえる。
「女の子……?」
声を潜めながらケイの方を見る。ケイは首を左右に激しく振った。
「違うよ……!? オレ、女の子連れ込んだりしないよ……!」
「ん……ケイ……? 僕、今日は頭痛いから静かにしてて……」
ベッドの中の人が起きる。
「あ……あああ……」
目の前の光景が現実なのか判断できず、言葉が出てこなくなった。
「さささ……? 殺欺っさ、さっつ、お札……? ……アレ? え、今何でお札って言ったんだ?」
ベッドの中にいたのは、茶髪の女の子だった。
女の子は体を伸ばし、
「……ふぅ。……あれ?」
「だれーーー!?」
「超かわいい!!」
「え、ちょ、ケイ……」
「ねーねー! 君かわうぃ~ね! ね、ね、名前なんて言うの? 歳は? パンツ何色?」
「パンツの色を聞くな!」
思わずケイの頭を叩いてしまった。
「いって! たんこぶはハゲるんだぞ!!」
「ケイ、騒がしいよぉ」
「えっ……?」
女の子はケイの首にその細い腕を絡ませると、
「……うるさい子は……唇で黙らせないとねぇ……」
「……ん!?」
おぉ~、この女の子大胆。ケイにキスしちゃった。
「ん……ん!? んんん……ん~~!!」
女の子に押し倒されてケイがもがく。
そこに榊がやって来て、
「ケイ~、材料の購入……あ」
急いで手に持っていた書類で顔を隠し、
「……ごめん何でもないや」
「ん~~~~!」
助けろと言わんばかりに、ケイは榊に手を伸ばしていた。
リビングにて――
「どうもみなさん、この姿では初めましてですね。殺欺女体化です」
女の子になった殺欺くんは小さく頭を下げて微笑んだ。
「ケっ! 中身は殺欺かよ」
「ケイとキスしちゃったもんね~」
「ななな! 言うなぁ!」
ケイの顔があっという間に赤くなる。
「ケイ、舌入れた途端にぐでんぐでんだったもんね~」
「ううううるさい!」
「それより殺欺く……殺欺さん、俺の膝の上に座らないで……」
稔が手と目のやり場に困っており、背筋を伸ばして硬直していた。
「あれ、嫌だった?」
「いっいえ!」
「そっかー。じゃパンツ脱いでいい?」
「はい!?」
「稔クン、最近欲求不満っぽかったから……」
「いやいやいや全っ然! このままで満足です!」
「そーお?」
「うぅ……」
稔の顔が赤くなる。
「なんで女体化?」
そう訊ねてみると、殺欺ちゃんは首を傾げ、
「うーん。なんかぁ、風邪ひいたから?」
風邪ひいたら性別変わるのかよ。すると嫌好くんが真面目な顔で、
「殺欺の能力は性別を変える、動物と話す、全てを愛する……つまり、全てを愛するには両方の性別が必要だということだ」
「風邪ひいて、能力が暴走? したのかもぉ。まあいいじゃん!」
「てかその姿、生前のじゃん」
ケイがつまらなさそうに言う。
「うん、そだよ」
「そうなのかー。じゃあなんか歌って!」
榊くんが興奮のあまり立ち上がる。
「え……あ、うん。別に良いよ。榊落ち着いて……」
「おおお! じゃここに立って!」
榊君が殺欺ちゃんをテレビの前に誘導する。
「おんまえ、本当に風邪ひいてんのかよ」
ケイが小馬鹿にするように笑う。
「じゃ、アメージンググレイス歌いまーす」
殺欺ちゃんがすぅと息を吸う。
多分、今、彼女は歌っているんだと思う。でもあまりにも綺麗で、それは人の声に聞こえなかった。
「――歌い終わったよ?」
皆がその言葉に我に返る。
どれくらい時間が経ったんだろう。
殺欺ちゃんの肩や広げた両腕には、小鳥が止まっていた。
「あ、鳥さん。どうだった? うん。うん。そーお? ありがと」
「す……スゲーな……」
稔が眼鏡をかけなおす。
「でろー。殺欺の歌声は聖霊の歌とも言われんだぞ!」
何で誇らしげなのよ、ケイ。
「そんなことないよ」
「クロエも聞きたがってんじゃねーの?」
「そだね。もう一曲歌おっか?」
「おぉ! 歌って歌って!」
「ケイの為に……」
殺欺ちゃんが息を吸う。
「Sombre dimanche~ Les bras tout charges de fleurs~」
「それはあかん! アランに怒られるで!」
「暗い日曜日……」
護さんが怪しげに微笑む。
「それって聞いたら死にたくなるって都市伝説の……」
嫌好くんがグラスに刺さったストローを銜えたまま、
「殺欺が歌うと必ず死ぬぞ」
「嫌好それ早く言って!」
「うわ……なんか首くくりたくなってきた……」
稔がうなだれる。
「あかん! みのっちにもう影響が!」
「もういや……死にたい……」
「生きろ榊ー!」
何とか生きた。
ある日の本支部――
「ちゃおちゃお~♪ ねーねー、なんか面白い物見つけたよー」
アランがスキップしながら会議室にやって来た。
「アランが勝手に僕の家に上がり込んで物色しやがった……」
杏仁が口をとがらせる。
「Hey! 面白い物って何だい?」
胸を弾ませながらオースティンが覗き込む。
「んとね~」
「無視するなら少林拳でお前の頭ぶっ飛ばしてもいいんだぞ!」
「杏仁はだまっててー。あ、コレ」
アランはカバンからDVDディスクを取り出す。フランが肩口に覗き込み、
「なにこれ……。あ。もしかして、中国の綺麗なお姉さんの……?」
「やっぱり? フランもそう思うでしょ。絶対エッチなのだと思う」
するとアーサーがリモコンを持ってやって来て、
「おいおい、ここは仕事場やで。そんなもん持ってくるなや~! そこにデッキがあるで」
「何さりげなくフォローしてんの!? ねぇアーサー!」
杏仁がアーサーの肩を持って激しくゆする。
「でもここぼくらの家みたいなもんだす……」
「Oh! さすがラッキー!」
オースティンがウィンクして指を鳴らした。するとアルベルトは何かを感づき、
「すまない、ブラジルから呼び出しかかった」
さっさとその場を離れた。
「んー。アルベルトいってらー」
「僕、嫌な予感してきた……」
フランが何かを感づき、小さく身震いをする。
「よし! セット完了やで!」
「オースティンはうずうずしているのだぞ!」
大きな画面に明かりがつく。
映っていたのは、とある廃墟。
「Where?」
『ギャー!』『こっちだ!』『逃げろ!』
とあるヤクザか何かだろうか、恐怖におびえ逃げていく。
画面の右から、白のパーカーを着た少年が男の一人に飛びかかる。
『や……やめてくれぇ!』
『……っるさいんだよ!』
『ひぃぃぃ!』
――ザジュ、グズッ、ザクッ、グチャッ、ザスッザスッ……
滅多刺しにされ、辺りに血が飛ぶ。
「ここここれ、もしかして殺欺……? フラン、こここ怖いよ……!」
「ああああら、アラン……ゆ、夢だよね……?」
アランとフランが抱き合う。
「うっひゃー、滅多刺しやんなぁ」
アーサーはいつもの笑顔で画面を眺め続ける。
「Oh……」
オースティンは驚いた顔のまま、手だけはポップコーンのボウルと口を行き来していた。
「……っクク……」
「びょえぇぇ! マーリン、なんで笑うだす!?」
ラクランがマーリンの方を見ると、
「ん? 私は何もしてないぞ? 何の話だ?」
「あぁ……だから隠しといたのに……」
杏仁が肩を落とす。アーサーは側にあった煎餅に手を伸ばし、
「そーいや数年前の仕事でも、殺欺は30人全員滅多刺しにして楽しく仕事してたなぁ。あいつ、いかれると止まんないのなんの……」
得意げに話すアーサーに影がかかる。
青ざめたフランがアーサーの袖を引き、
「ね……アーサー、後ろ……!」
「うん?」
後ろを見ると、
「ククッ……ねぇ、呼んだぁ?」
薄暗い部屋の中、画面の明かりに照らし出された殺欺の笑顔が浮かんでいた。
「ぎゃあ殺欺だおぼぼお!」
「ふ……フランの魂、天に登りまぁす……」
アーサーとフランは泡を吹いて倒れた。殺欺は笑顔で2人に迫り、
「なっつかしいなぁ……。ねぇ、またさぁ……滅多刺したくなったんだけど!」
「だから止めとけって言ったのに! アラン聞いてるの!?」
「杏仁がちゃんと言わないのがいけないんだい! キャー許ちてぇ! フィレンツェに親戚がいるんだよぉ!!」
アランが泣いて懇願する。
「ひ、ヒーロー……アメリカンヒーローは?」
アーサーがオースティンを探すと、
「ギクッ!」
「おいこら! おんまえヒーローやったら助けんか!」
「か、カナダがホットケーキ食べにおいでって呼んでるんだ!」
オースティンは飛ぶように逃げ出した。
「言い訳して逃げんな! って、あ~~!」
「Help me~~~~!」
この後、怨にとても怒られましたとさ。




