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楔荘 序~七罪と戦争~  作者: 智額 護/作者 字
17/34

第十五話 殺欺Theパニック☆

「ごほ、コホコホ……」

 リビングで本を読んでいたら、隣で殺欺くんが咳をしているのに気づいた。

「殺欺君、どうしたの?」

「あぁ、七穂ちゃん……。ちょっと風邪ひいたみたいで」

「大丈夫? 今日はもう寝た方が良いよ」

「ありがとう。それじゃあおやすみなさい……」

 滅多に風邪をひかない殺欺君が風邪だなんて……。殺欺くんは身震いしながら階段を上がって行った。

「明日雪でも降るんじゃね? 桜咲いてるけど」

 ケイが笑いながら言う。

 次の日の朝――

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉ!! ほんとに雪降ってる!?」

 うわー、本当に降っちゃった。これって能力が関係してるの?

「すっげ。うわすっげ。もしかして……オレって預言者?」

「そんなわけないでしょ」

 ケイを冷ややかな目で見る。

「そーいや殺欺どうなった?」

「さあ、私は知らない。というか同室のケイが言わないでよ」

「そっか。いや、ベッドでかいからさ、全然気づかないわ」

「そんなに大きいの?」

「直径……5mの円形のモッコモッコしたクッションみたいなベッド。上で皆で川の字になって寝てる」

「え、なにそれ私も寝てみたい」

「でも怨が許してくれないと思う」

「そっかー」

「うん」

「……じゃなくて!」

「うおっ」

 危うくケイの流れに乗ってしまうところだった。

「殺欺君の様子見に行くんでしょ!?」

「ラジャー!」

 ケイたちの部屋に到着。

 戸には“禊”と書かれたプレートが掛けてある。

「殺欺ー?」

「失礼しまーす」

「ん……んん……」

 かわいらしい女の子の吐息が聞こえる。

「女の子……?」

 声を潜めながらケイの方を見る。ケイは首を左右に激しく振った。

「違うよ……!? オレ、女の子連れ込んだりしないよ……!」

「ん……ケイ……? 僕、今日は頭痛いから静かにしてて……」

 ベッドの中の人が起きる。

「あ……あああ……」

 目の前の光景が現実なのか判断できず、言葉が出てこなくなった。

「さささ……? 殺欺っさ、さっつ、お札……? ……アレ? え、今何でお札って言ったんだ?」

 ベッドの中にいたのは、茶髪の女の子だった。

 女の子は体を伸ばし、

「……ふぅ。……あれ?」

「だれーーー!?」

「超かわいい!!」

「え、ちょ、ケイ……」

「ねーねー! 君かわうぃ~ね! ね、ね、名前なんて言うの? 歳は? パンツ何色?」

「パンツの色を聞くな!」

 思わずケイの頭を叩いてしまった。

「いって! たんこぶはハゲるんだぞ!!」

「ケイ、騒がしいよぉ」

「えっ……?」

 女の子はケイの首にその細い腕を絡ませると、

「……うるさい子は……唇で黙らせないとねぇ……」

「……ん!?」

 おぉ~、この女の子大胆。ケイにキスしちゃった。

「ん……ん!? んんん……ん~~!!」

 女の子に押し倒されてケイがもがく。

 そこに榊がやって来て、

「ケイ~、材料の購入……あ」

 急いで手に持っていた書類で顔を隠し、

「……ごめん何でもないや」

「ん~~~~!」

 助けろと言わんばかりに、ケイは榊に手を伸ばしていた。

 リビングにて――

「どうもみなさん、この姿では初めましてですね。殺欺女体化です」

 女の子になった殺欺くんは小さく頭を下げて微笑んだ。

「ケっ! 中身は殺欺かよ」

「ケイとキスしちゃったもんね~」

「ななな! 言うなぁ!」

 ケイの顔があっという間に赤くなる。

「ケイ、舌入れた途端にぐでんぐでんだったもんね~」

「ううううるさい!」

「それより殺欺く……殺欺さん、俺の膝の上に座らないで……」

 稔が手と目のやり場に困っており、背筋を伸ばして硬直していた。

「あれ、嫌だった?」

「いっいえ!」

「そっかー。じゃパンツ脱いでいい?」

「はい!?」

「稔クン、最近欲求不満っぽかったから……」

「いやいやいや全っ然! このままで満足です!」

「そーお?」

「うぅ……」

 稔の顔が赤くなる。

「なんで女体化?」

 そう訊ねてみると、殺欺ちゃんは首を傾げ、

「うーん。なんかぁ、風邪ひいたから?」

 風邪ひいたら性別変わるのかよ。すると嫌好くんが真面目な顔で、

「殺欺の能力は性別を変える、動物と話す、全てを愛する……つまり、全てを愛するには両方の性別が必要だということだ」

「風邪ひいて、能力が暴走? したのかもぉ。まあいいじゃん!」

「てかその姿、生前のじゃん」

 ケイがつまらなさそうに言う。

「うん、そだよ」

「そうなのかー。じゃあなんか歌って!」

 榊くんが興奮のあまり立ち上がる。

「え……あ、うん。別に良いよ。榊落ち着いて……」

「おおお! じゃここに立って!」

 榊君が殺欺ちゃんをテレビの前に誘導する。

「おんまえ、本当に風邪ひいてんのかよ」

 ケイが小馬鹿にするように笑う。

「じゃ、アメージンググレイス歌いまーす」

 殺欺ちゃんがすぅと息を吸う。

 多分、今、彼女は歌っているんだと思う。でもあまりにも綺麗で、それは人の声に聞こえなかった。

「――歌い終わったよ?」

 皆がその言葉に我に返る。

 どれくらい時間が経ったんだろう。

 殺欺ちゃんの肩や広げた両腕には、小鳥が止まっていた。

「あ、鳥さん。どうだった? うん。うん。そーお? ありがと」

「す……スゲーな……」

 稔が眼鏡をかけなおす。

「でろー。殺欺の歌声は聖霊の歌とも言われんだぞ!」

 何で誇らしげなのよ、ケイ。

「そんなことないよ」

「クロエも聞きたがってんじゃねーの?」

「そだね。もう一曲歌おっか?」

「おぉ! 歌って歌って!」

「ケイの為に……」

 殺欺ちゃんが息を吸う。

「Sombre dimanche~ Les bras tout charges de fleurs~」

「それはあかん! アランに怒られるで!」

「暗い日曜日……」

 護さんが怪しげに微笑む。

「それって聞いたら死にたくなるって都市伝説の……」

 嫌好くんがグラスに刺さったストローを銜えたまま、

「殺欺が歌うと必ず死ぬぞ」

「嫌好それ早く言って!」

「うわ……なんか首くくりたくなってきた……」

 稔がうなだれる。

「あかん! みのっちにもう影響が!」

「もういや……死にたい……」

「生きろ榊ー!」

 何とか生きた。




 ある日の本支部――

「ちゃおちゃお~♪ ねーねー、なんか面白い物見つけたよー」

 アランがスキップしながら会議室にやって来た。

「アランが勝手に僕の家に上がり込んで物色しやがった……」

 杏仁が口をとがらせる。

「Hey! 面白い物って何だい?」

 胸を弾ませながらオースティンが覗き込む。

「んとね~」

「無視するなら少林拳でお前の頭ぶっ飛ばしてもいいんだぞ!」

「杏仁はだまっててー。あ、コレ」

 アランはカバンからDVDディスクを取り出す。フランが肩口に覗き込み、

「なにこれ……。あ。もしかして、中国の綺麗なお姉さんの……?」

「やっぱり? フランもそう思うでしょ。絶対エッチなのだと思う」

 するとアーサーがリモコンを持ってやって来て、

「おいおい、ここは仕事場やで。そんなもん持ってくるなや~! そこにデッキがあるで」

「何さりげなくフォローしてんの!? ねぇアーサー!」

 杏仁がアーサーの肩を持って激しくゆする。

「でもここぼくらの家みたいなもんだす……」

「Oh! さすがラッキー!」

 オースティンがウィンクして指を鳴らした。するとアルベルトは何かを感づき、

「すまない、ブラジルから呼び出しかかった」

 さっさとその場を離れた。

「んー。アルベルトいってらー」

「僕、嫌な予感してきた……」

 フランが何かを感づき、小さく身震いをする。

「よし! セット完了やで!」

「オースティンはうずうずしているのだぞ!」

 大きな画面に明かりがつく。

 映っていたのは、とある廃墟。

「Where?」

『ギャー!』『こっちだ!』『逃げろ!』

 とあるヤクザか何かだろうか、恐怖におびえ逃げていく。

 画面の右から、白のパーカーを着た少年が男の一人に飛びかかる。

『や……やめてくれぇ!』

『……っるさいんだよ!』

『ひぃぃぃ!』

――ザジュ、グズッ、ザクッ、グチャッ、ザスッザスッ……

 滅多刺しにされ、辺りに血が飛ぶ。

「ここここれ、もしかして殺欺……? フラン、こここ怖いよ……!」

「ああああら、アラン……ゆ、夢だよね……?」

 アランとフランが抱き合う。

「うっひゃー、滅多刺しやんなぁ」

 アーサーはいつもの笑顔で画面を眺め続ける。

「Oh……」

 オースティンは驚いた顔のまま、手だけはポップコーンのボウルと口を行き来していた。

「……っクク……」

「びょえぇぇ! マーリン、なんで笑うだす!?」

 ラクランがマーリンの方を見ると、

「ん? 私は何もしてないぞ? 何の話だ?」

「あぁ……だから隠しといたのに……」

 杏仁が肩を落とす。アーサーは側にあった煎餅に手を伸ばし、

「そーいや数年前の仕事でも、殺欺は30人全員滅多刺しにして楽しく仕事してたなぁ。あいつ、いかれると止まんないのなんの……」

 得意げに話すアーサーに影がかかる。

 青ざめたフランがアーサーの袖を引き、

「ね……アーサー、後ろ……!」

「うん?」

 後ろを見ると、

「ククッ……ねぇ、呼んだぁ?」

 薄暗い部屋の中、画面の明かりに照らし出された殺欺の笑顔が浮かんでいた。

「ぎゃあ殺欺だおぼぼお!」

「ふ……フランの魂、天に登りまぁす……」

 アーサーとフランは泡を吹いて倒れた。殺欺は笑顔で2人に迫り、

「なっつかしいなぁ……。ねぇ、またさぁ……滅多刺したくなったんだけど!」

「だから止めとけって言ったのに! アラン聞いてるの!?」

「杏仁がちゃんと言わないのがいけないんだい! キャー許ちてぇ! フィレンツェに親戚がいるんだよぉ!!」

 アランが泣いて懇願する。

「ひ、ヒーロー……アメリカンヒーローは?」

 アーサーがオースティンを探すと、

「ギクッ!」

「おいこら! おんまえヒーローやったら助けんか!」

「か、カナダがホットケーキ食べにおいでって呼んでるんだ!」

 オースティンは飛ぶように逃げ出した。

「言い訳して逃げんな! って、あ~~!」

「Help me~~~~!」

 この後、怨にとても怒られましたとさ。

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