第十二話 オリーブの花の聖霊姫
「う~ん。ケイ、そのキノコは危険……」
俺が悪夢にうなされてる時だった。
「――と! ねぇ……て……なさい……」
誰か……女の人の声がする。
「ブリタニアチョップ!」
――パキッ
鼻に激痛が走った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
勢いよく起きると、目の前に淡いピンクのドレスを着た、絵本の中から出てきたようなメルヘンなお姫様が腰に手を当てて立っていた。
「元海賊なめんなよ!」
「誰!?」
お姫様は髪をなびかせると、
「私はオフィーリア・ローズマリー。海賊大罪人の妻よ!」
「……はあ」
「何よその反応!」
「いや、なんか、こんな感じの変人なんて本支部にたくさんいるし」
「変人!?」
「……てかお前! どっから入ってきた!?」
「今更? 貴方鈍いの?」
オフィーリアと名乗るお姫様は俺のベッドの反対側に腰かけ、
「ケイに会いに来たんじゃない。ん~! ケイの寝顔か~わ~い~い~!」
俺の隣でケイがよだれを垂らして寝ていた。
「ケイ!? いつの間に!」
「んもう。相変わらずケイは叩いても何しても起きない……来た意味ないじゃない」
オフィーリアはケイの頬をプニプニと指でつつく。
「あの……あなたはケイの何なんですか?」
「え、なにその質問。もしかして貴方ケイの夜の相手をする……」
「んなわけあるかぁ!!」
するとオフィーリアは側にあった回転イスに座り足を組むと、
「そうね。私たちは人間社会では雇い主の娘と労働者で、二人の仲では夫婦という関係の者かしら」
「えっ、それって……」
オフィーリアの細くて白い指が、俺の唇の動きを止める。
「いいの、おかげでこうして見守ることができるもの。お互いの存在は違うけど、その分思いは永遠だもの」
「オフィーリア……」
「様をつけなさい!」
オフィーリア様のチョップが頭に降る。
「……フフッ」
オフィーリア様が思わず笑い出した。
「あ~ぁ、ほんと……何で時間が過ぎるのは速いんだろう」
オリーブ色の大きな目から、大粒の涙がいくつも落ちる。
オフィーリア様は涙を拭うとケイの元に行き、
「神様に無理言って、また来るね」
ケイの唇にキスを落とした。
「あ、これ」
オフィーリア様に水筒を渡される。
「ケイの大好きな、オフィーリア特性紅茶!」
「あ……ども」
「アンタは飲む権利ないから」
えぇ~。
「あとこれ、スコーン渡しといてね。おふぃりゃんぬ☆」
「うわうっぜ」
それじゃ、オリーブの花が咲くころに――。
気が付けば、目覚まし時計と寝ぼけたケイの蹴りで目が覚めた。それもかなり爽快に。
「ほ、星が見える……」
「うるせーな、誰だよ俺の部屋に目覚まし時計置いたの!」
ケイが飛び起きた。
「何でみのっちが俺のベッドに……もしかして夜這い!?」
「それはお前だろ!」
「キャー! 犯される!」
「こっちのセリフだ! 寝ぼけて人の服の中に手を伸ばして来るし、抱き着いてくるし!」
ケイは知らんぷりをするようにベッドから降りる。そしてしばらく部屋を見回して、
「本当だ、ここオレの部屋じゃねぇ。どこだ」
「俺の部屋だよ……」
ついため息が出てしまう。ため息をつくと幸せが逃げて老け顔になるからやめなさい、と母親によく言われているから、昔からため息には注意していたが、今ばかりは抑えられそうにない。
「勘弁してくれ」
ベッドでうなだれていると、ケイは俺の部屋のものを眺めながら、
「今日何曜日だ?」
「金曜日」
「学校は?」
フッと頭の中が時間の事でいっぱいになった。
「俺も朝飯にするか~」
伸びをしながらケイが俺の後をついてくる。
「おはようございます」
成則さんはいつもの柔らかい笑顔で挨拶をしてくれる。
「おはようございます、成則さん」
「うい~っす」
ケイがだるそうに言いながら椅子に座る。
「ケイ、挨拶をちゃんとしろ」
怨さんが新聞から顔を出す。
「うるせぇなぁジジイ」
ケイは鬱陶しいそうに耳をかき、怨さんの眉間のしわが深くなる。成則さんが朝食を用意しながら、
「稔さん、少し急いでおいた方が」
「あ、スイマセン」
急いでごはんとみそ汁をかきこむ。漬物を口に押し込んで噛みながら洗面所に向かう。
「彼奴、“ごちそうさま”と言ってないな……」
「怨、しつこい」
ケイは椅子の上であぐらを掻いてみそ汁をすすり、念を押すように怨さんを見た。
「ごちそうさまでした、行ってきます!」
「はい、気を付けて」
成則さんが笑顔で見送ってくれて、ケイは魚を銜えたまま手を振り、怨さんは新聞に夢中だった。
「怨、お前が“いってらっしゃい”言ってねぇじゃんかよ」
「……ん?」
ケイはふざけんなよと言いたげな顔をしてため息をついた。
「あ」
「どうした、稔?」
友人の拓海が俺の顔を覗く。
「いや、知り合いに頼まれたことを今思い出して……」
「何、恋愛の頼まれごと?」
「ちげぇよ」
友人二人はニヤニヤと目くばせする。
「だから違うっての!」
「このこの~!」
「俺にも紹介してくれよな」
「あー、言っておくが、知り合いってのは近所の婆さんだぞ?」
盛り上がっていた友人二人の顔が急に冷たくなった。
「何だよ、最初からそう言えよ」
「そうだよ、朝からテンションダダ下がり」
「えっ? え??」
友人らはそれぞれの席についてしまった。
まあ、あながち間違ってはないだろう……多分。




