入浴
時刻は夜8時20分。
京子は久しぶりに風呂に入る事になった。
沙樹に服を脱がしてもらい、包帯だらけの痛々しい腕と小さめの身体が露わになる。
彼女は少し考えると、包帯をゆっくりと外した。
「そろそろ、傷が塞がったところね。そういえば京子って、ここに来てから1回もお風呂に入ってなかったわね。ちょうどよかったわ」
包帯を外すと、固まって変色した血と切り傷が見え、京子の腕は白と赤と茶色のコントラストで塗りたくられていた。
確かに京子は、沙樹の家に住むようになってからまだ入浴していない。
そのせいで髪の毛はベタベタしており、身体も女の子とは思えないほど汗臭くなってしまっていた。
沙樹は服を脱ぎ終わると、京子の手を引いて浴室に入る。
空色を基調としている壁には縦30センチほどの小さな窓が設置されていて、エメラルドのような緑の湯が張ってある湯船は大人2人でも余裕で入れるぐらい広かった。おまけに、柑橘類の果物のような香りも仄かにする。
沙樹は京子をバスチェアーに座らせると、シャンプーを掌に乗せて彼女の髪にあてがった。
「随分ベタベタじゃないの。シャンプーしてあげるから動かないで頂戴」
溜め息混じりにそう言った途端、京子の頭皮に指を這わせる。
生クリームのようにシャンプーがフワフワと泡立ち、甘い果物の香りが辺りに広がった。
「っはぁ……気持ちいぃ…」
「でしょ?」
京子の口から、何とも言えぬ甘い声が漏れる。
そして彼女の表情は、天使や仏様のような優しいものとなっていた。
ベタついた茶髪が段々サラサラになっていき、失っていった美しさを取り戻したと表現しても変じゃないだろう。
「さあ、流すわよ」
シャワーの水栓をひねり、お湯を出すと、傷口が痛むのか京子はさっきの様子と打って変わって「ひゃっ!!」と声をあげた。
「岩下さん、傷がまだ痛いんだけど」
「我慢しなさい」
厳しい口調で泡を流していく沙樹。
2分後には慣れた手付きで身体も洗っていき、京子はくすぐったいやら傷が痛むやらで只々声をあげていた。
そして湯船に浸かった頃。
「うふふ……シャンプーしていた時のあなたの表情、最高だったわ」
沙樹は妖艶に微笑むと、京子の背中に右腕を回してキスをした。
京子は驚いて顔がカッと熱くなったがそれを沙樹に悟られて、ぬいぐるみの如く抱きしめられる。
「楽になりなさい。そんなに驚く事じゃないでしょ。それにあたしは、これからもずっと京子の事が好きだから……明日も明後日も、いっぱいいっぱい愛してあげるから……」
白くて柔らかい2つの身体が密着し、沙樹は京子の耳元でそう囁く。
彼女は満足げな顔で、京子の背中を優しく撫でていた。