ミディアムステーキ
ほんの思いつきです。
あれから30分後。
300グラムほどのステーキが出来上がっていて、皿に綺麗に盛りつけられていた。
切り口は脂でテカテカと光っており、表面には塩胡椒がかかっている。
「やっと出来たわ」
沙樹は額に滲んだ汗をタオルで拭った。
今まで調理せずに生肉のまま齧り付いていたのだ。人肉を調理するのは恐らく初めてだろう。
京子の腹からはグゥという音がハッキリと聞こえ、彼女はよほど空腹なようだった。
「わぁ……」
思わず口から出る、感嘆の声。淡褐色の瞳はキラキラと輝いていた。
何しろ、京子はここ数日まともな食事をしていなかったのだから。
目の前のソレは同じ人肉なのだが、原型を留めた生の肉よりは幾分マシだった。
※ ※ ※ ※ ※
恐る恐る口に運ぶと、その肉は猪のような豚のような、何ともいえない不思議な味がした。
京子の舌はそれを美味しいと感じ取り、流れる川のごとく食が進んだ。
空腹は最高のソースという諺があるが、今の彼女はまさにその状態である。
味付けされたニンジンやエンドウ豆が肉の味を引き立てていて、人肉だと分かっているのに、なぜだか嫌悪感は感じない。
「岩下さん、すごいわ。食べやすいし、味も最高ね」
「そう? 良かった。頑張って作った甲斐があったわ」
沙樹は心底嬉しそうに、聖母のように微笑んだ。
女優並に整った彼女の顔が更に綺麗に見えた気がして、京子の胸がキュンと高鳴る。
「うふふ……京子のその笑顔、とても素敵よ。あたし、あなたに手料理を食べさせてあげたいわ」
「ふぇっ!? あ、ありがとう」
「そんなに驚かなくてもいいのよ」
沙樹に優しい言葉をかけられ、京子は面食らった。
普段は自己中心的なのに、こんな綺麗な一面があるのを見たのは今日が初めてだろう。
彼女の表情や口調に、軽い冗談などは含まれていない。どこから見ても本気そのものだった。
(岩下さんって、意外といい人なのかもしれないわ。あたしの事を考えてくれてるみたいだし……)
京子の心のどこかに、小さな希望が生まれた瞬間であった。