下ごしらえ
血塗られた少年の死体を背負い、2人は帰宅した。
キッチンに向かうと、沙樹は少年が着ている服を脱がせて裸にし、流しに寝かせた。
それから、キラリと鋭く光る包丁を引き出しから取り出す。
「さあ、よく頭の中に刻むといいわ」
沙樹は包丁を右手に握ると、まずは少年の首を切断し、目玉をくり抜いた。
ゴリッ、メリッ、と嫌な音をたてて銀色の流しを赤く染めてゆく。
切り口からはドバドバと血が流れ、そのおぞましさに京子は吐きそうになって口元を押さえる。
その様子に気付いた沙樹は、少し怒ったような表情で彼女の肩に手を置いた。
(吐いたらどうなるか分かってるでしょ?)
恐らくそういう意味だろう。
「さて……頭の部分は、使わないわね」
そう言うと、黒いビニール袋が被せられたゴミ箱に先程切り離された生首を放り込んだ。
中には目玉が抜かれた頭部や爪、内臓が入っている。いらない部分はそこに入れているのだろう。
凄い臭気、耳を塞ぎたくなるほどの生々しい音。
京子は眉間に皺を寄せて小さく呻くが、逆らったら何をされるか分からない恐怖で冷や汗を流して必死に耐えた。
ふと、ダイニングルームの椅子に目線を向ける。
今まで気にしていなかったが、いくつかある椅子の中の1脚にはファーが付いた草色のモッズコートが背もたれに掛けられていた。
沙樹のものにしてはサイズが大きいし、少々埃をかぶっている。
(じゃあ、あれは誰の……?)
そう思い、答えは予想がついているものの沙樹に問い質した。
「ねぇ、あのコートは誰のなの? 岩下さんのじゃないわよね…」
沙樹は死体を捌く手を止めると、口角をあげて薄笑いを浮かべた。
しかし、口は笑っていても目は笑っていない。人ではなく物を見ているような冷めた目だ。
「ふふ……前にこの家に住んでた人よ。冷蔵庫の中に入ってるわ」
「えぇ!?」
京子の背筋が一気に冷たくなる。
そして、冷蔵庫に20代くらいの若い男性の死体が入っていた事を思い出した。
肩幅が広く、端正な顔立ちではあるが、何か恐ろしいものを見たかのように目は見開かれていて、随分と長い時間が経っているからか、死体の一部は腐ってしまっているようだった。
京子の脳には、恐ろしい考えがしっかりと浮かんだ。
(岩下さんが、この家に住んでた人を殺して食べて、そのままここに住んでいるんだわ!)
今知った、いや、知ってしまった衝撃の事実。
決して認めたくないのに、不思議と納得がいってしまう。
常人だったら一発で嘔吐してしまうか、失神するほどの凄惨な光景である。
それなのに沙樹は、まるで自覚していないような涼しい顔をしている。京子が精神を病んでしまうのも時間の問題だ。
沙樹は深い溜め息をつくと、再び死体を捌き始めた。
胸や腹を包丁で大きく切り開くと、慣れた手つきで魚のように内臓をズブズブと取り出す。
彼女の手も血まみれになってしまっているが、構わずに腕と足を切断していった。
「人間の肉は日持ちしないから、出来たら早めに食べきった方がいいのよね……。それと、この肉は調理する事にしたわ。前に食べさせた時は生肉のままだったから、食べづらかったのかしら」
不意に京子の方を向くと、沙樹は優しい声で淡々と語りかける。
流しの近くには、塩胡椒やケチャップが待ち構えるように用意されていた。