就寝時間
時刻は夜10時14分。
京子は地下室のベッドの上で、胎児のように身体を丸めていた。
なんで私がこんな目に遭わなければいけないのか。
そして、こんな生活をいつまで送らなければならないのか。
もしかしたら、一生このままなのかもしれない。
最悪の場合、殺されるかもしれない。
家に帰りたい。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、友達、彼に会いたい。
そういった考えが彼女の脳を埋め尽くし、真っ赤な目からは涙が溢れ出た。
「京子、どうかしたのかしら。そんな悲しい顔して」
「!!」
鈴を転がすような澄んだ声と共に、沙樹が入って来た。
風呂上がりだからか、水色の涼しげなパジャマを着て、首には薄手のタオルを下げている。
「な、何でもないの」
「何でもない訳ないじゃない。言ってみなさい」
「……いつまでこんな生活が続くのって思って……」
「さあ? どうでしょうねぇ……」
沙樹はフンと鼻を鳴らし、サラサラした髪をかきあげた。
その様子を見ながら、京子はガタガタと震えた。
沙樹は容姿端麗で、おまけに頭が良い。
だが彼女にはある大きな欠点があって、男子にも女子にも避けられていた。
それは、自己中心的である事に他ならない。
沙樹は思い通りにいかないと気が済まなくて、自分を褒めてくれる人しか周りに置かない。
しかも、他人によく批判するくせに自分は何もしない。
要するに、人に厳しく自分に甘いのだ。
誰も沙樹には逆らえず、先生ですら辟易していた。
京子はそんな彼女に惚れられ、家に連れられたのだ。
そして、裏では殺人とカニバリズムに手を染めている事を知ってしまった。
他のクラスメートと比べて一層怯えているのも当然である。
「ねえ、さっきから震えているじゃない。寒いの?」
ベッドの上に寝転がり、唐突に京子をぎゅっと抱きしめて言う。
その際、シャンプーとおぼしき甘いフルーツの香りが仄かにした。
「京子。今日言った条件を忘れたんじゃないでしょうね」
沙樹の指が、しなやかに京子の胸を伝う。
「んうっ! そんな事、ないわっ…」
「ならいいんだけど」
京子は頬を桜色に染めて静かに頷き、少しずつ少しずつ、眠りに落ちていった。
完全に寝入る直前に見えたのは、沙樹の心底愛おしそうな笑顔だった。