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私だけのモノ  作者: 綾小路隼人
イタリア編

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49/53

甘い罠

会話文はイタリア語だと思ってください。

時刻は9時25分。

夕飯を食べ終わり、2人は山を降りてターゲットを探していた。

沙樹以外の人物を見てはいけないという条件を忠実に守り、ひたすら正面を向いて沙樹の背中を追いかけていく。

しばらくすると沙樹は唐突に振り向き、物陰に隠れるよう指示を出した。


沙樹の目線の先には、ナンパ目的とおぼしき1人の若い男がいたのだ。

端正な顔立ちをした、30手前ぐらいの男性。

上品な茶髪に、手入れの行き届いた肌。

爪には透明なマニキュアが塗ってあって、そこはかとない色気があった。


「軽そうな男ね……長期戦になる予感がするわ」

「そう? 是非とも上手くやって頂戴」

「ええ。確実に()()()()みせるから、京子は早く隠れて」

「わかった」


京子はそう言うと茂みの中へ素早く身を隠し、狩りのチャンスをじっと待った。

も何事もないかのように前を通る沙樹に、男性はニッコリと微笑みかける。


「これはこれはお嬢さん、夢の世界への旅立ちに失敗かい?」

「ええ、まぁ……」

「こんな時間に1人で外にいたら危ないだろうに。よかったら家に来ないか?」

「いいんですか?」


子猫のようなキラキラした目で男性の話にのり、従順についていく。

もっとも、彼女の目が輝いているのは、目の前の男性を殺したくてたまらないからなのだが。

2人が家に入るタイミングを見計らって、京子は音を立てずに玄関へ入っていった。



$ $ $ $ $



「君はどこから来たの?」

「日本よ。イタリアの景色に興味があって、一人旅してきたの」

「わぁ、こんなに若いのにすごいね。俺が君ぐらいの年の頃は、とてもじゃないけど出来た試しがなかったよ」

「それほどでもないわ」


重荷を下ろしたような打ち解けた口ぶりで会話を交わす2人。

流暢なイタリア語が2杯のカプチーノの上を交差し、徐々に2人の距離が縮まっていく。

京子はその光景をドアの隙間から覗いていて、それに気付いているのか否か、男性は部屋のドアへ視線を時折ずらしている。


「どうかしたの?」

「何でもない。それより……今夜は泊まらないか?」

「え、そんな恐れ多い事できないわ」

「遠慮する事ないさ。君みたいに謙虚な女の子を見ると、守りたくなるタチなんでね……」


男性はそう言うと沙樹の背中に腕を回し、そっと口づけを交わした。

彼の体温が全身に伝わり、言葉では上手く言い表せないような感情が沙樹の脳内で渦を巻く。

これには流石の京子も顔を赤く染め、ツンと目線を横に向けた。

それをよそに、2人は完全に自分達だけの世界に入っている。

お互い思い通りに事が運んで、心の底から幸せそうだ。



この時、男性は知らなかった。

一時の甘い夢を見させてもらった後、どんな展開が待っているのかを…………。

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