逆流
時刻は6時5分。
沙樹は黒くシンプルなシャツとショートパンツに着替え、京子の隣に寄り添った。
「京子、具合はどう?」
「…さっきから気持ち悪くて……お腹もまだ少し、痛いの……」
「出そうなの?」
京子は声を出さずにコクリと頷いた。
腹を押さえていた手で鳩尾を摩り、血色を失った顔には冷や汗が滲んでいる。
背中は小さく波打っており、それは彼女が今にも嘔吐しそうな事を示していた。
万一吐いたら、嘔吐物を沙樹に無理矢理飲まされて胃の中に押し戻される。もちろん沙樹はそのつもりでいた。
しかし食べ過ぎが原因となると、押し戻したら京子の腹がどうなるか分からない。
ならば、どう対処するべきなのか。
沙樹はしばらく考え込むと、肉が所々欠けた男性の死体を指差した。
「そうだわ……ここに吐いていいわよ」
「ふぇっ…?」
「吐いたら無理矢理飲ませようと思ったけど、流石にそうもいかなそうじゃない。受け止めるものが他に無いし、このまま我慢してても辛いだけでしょ。思い切り出した方が良いわ」
その言葉を聞くと、京子は半ば這うように死体に近寄った。
沙樹は京子の背中をゆっくり摩り、しばらくして小さくえずき始めたかと思うと彼女のバラ色の口から赤くてドロドロしたものが溢れ出た。
「うえ゛ぇぇぇーーーーっ!!!」
消化できなかった大量の肉片が死体の上に叩き付けられ、腹に空いた穴が埋まっていく。
汚い水音と共に苦しそうな咳も聞こえ、これには沙樹も胸が締め付けられるような思いだった。
数分経って胃の中身を吐き終わると、京子は力を失って草の上に倒れ込んでしまった。
「っ……うぅ……」
「可哀想な子……落ち着いてからでいいから、薬を飲みましょう。こんな事もあろうかと思って持って来ておいたのよ」
沙樹は京子の髪をふわりと撫で、優しい声で語りかけた。
空では太陽が沈んで赤みを帯びてきており、イタリアで初めての狩りの日は終わりに差し掛かるのであった。




