悪しき期待
「……そうだわ。あたしがターゲットの注意を逸らすから、狩りは京子がやって頂戴。ちゃんとできる?」
「分かったわ」
「明日決行よ」
時刻は8時3分。
ドロドロした血風呂の中で、沙樹はそう提案した。
ターゲットはもちろん、目撃者も問答無用で殺されて食べられるので犯行は世間に知られる事はない。
しかし、狩りを覚えて間もない京子がターゲットを1人で殺すのはまだまだ困難な事だろうと思い、沙樹は囮になる事に決めたのだ。
「ところで京子、腕の傷は治ったようね」
「ええ……おかげで狩りが出来るわ…」
カッターナイフで刻まれた京子の腕は、今では粗方治っていた。
傷はピンク色の皮膚で塞がり、痛みも無くなったから京子は心底嬉しそうだが、初めての狩りで随分体力を使ったのか徐々に眠りに落ちかけている。
消え入りそうな声と、儚げに伏せられた目がソレを物語っていた。
「岩下さん………寝たい……」
「ここで寝ちゃダメよ。地下室に行きましょう」
沙樹は、今にも寝てしまいそうな京子の身体を抱いて上がらせ、濡れた身体全体をバスタオルで拭った。
まるで赤ちゃんみたいに、フリルのパジャマを着せてもらって、お姫様抱っこでベッドへ連れてもらっている京子。
横向きになった彼女の隣に寝転がると、沙樹は背中を撫でながら語りかけた。
「成功する事を祈ってるわ、京子。もし逃がしたらあたし達の事が知られて、ここに居られなくなるかもしれない。そうなったら、イタリアに逃げましょう」
京子はコクリと首を小さく曲げ、溶け込むように眠りについた。
彼女の左手は期待を込めるように沙樹に握られ、初めての狩りの日は夜と共に過ぎていくのであった。




