苦く甘い時間
人間の血液には催吐作用があります。
風呂から上がった京子は、喉がとても渇いたからと冷蔵庫からクールサーバーを取り出し、血をたっぷり混ぜた水をグラスに注いで一気に2杯も飲み干した。
それから、パジャマに着替えて地下室のベッドへ向かう。
沙樹との生活にも慣れたのだから、血を飲む事にも抵抗は無い筈だ。ところが……。
「っ、おぇっ……」
食事を含めて許容量を超えた血を飲んだ京子の身体は流石にソレには耐えきれなかったのだろう。
数分経つと彼女は何ともいえない吐き気に襲われ、眉間に皺を寄せて薄手のタオルを口に当てた。
精神はカニバリズムに慣れたとしても、身体は最初の頃とほとんど変わっていないのだ。
京子の様子を察した沙樹は語気を強めて彼女の肩に手を置いた。
「ちょっと、ここで吐かないで!」
「……だけど………うっ!」
ゴポッ………
短い呻き声と同時に、ドロッとしたものが逆流する音がする。
わずかな量とはいえ、せり上がってきたソレを吐いたようだった。
京子は目から涙を流して謝った。
「……ごめんなさい」
「仕方ないわね……。それにしても不思議ね。あたしも京子も、人間という同じカテゴリーなのに」
沙樹は深い溜め息をつくと、胎児のように身体を丸めた京子の髪を優しく撫でた。
何とか落ち着いたのか、京子は静かに目を閉じて、枕元にあったコアラのぬいぐるみを抱きしめている。
「落ち着いたかしら? さあ、もう寝ましょうね」
京子の首から下に布団をかけると、沙樹は英語で歌を歌い出した。
よく聞くと歌詞の中に『私の大切な人はあなただけなの』『振り向いてくれてありがとう』などの甘い言葉が入っていて、少し小さめの声ではあるが、全体的に愛が込められている。
京子はスースーと寝息をたて始め、ぬいぐるみを抱いたまま夢の世界へ入っていった。
その寝顔は、心無しか幸せそうに微笑んでいるように見えた。
2018.12.21 少し修正しました。




