天使の声、悪魔の腕
時刻は夜6時32分。
ぼんやりと目を覚ましてダイニングルームに向かうと、沙樹が武の死体を捌いている真っ最中だった。
頭部はゴミ箱に捨てられ、もう肩から下腹部までしか残っている部分は無い。
先程まで寝ていて空腹だった京子は、調理が終わるまで待てずに一口大の武の肉をこっそりつまみ食いした。
人肉特有の酸味が口内に広がり、食欲が徐々に増していく。
「あら、起きたの? ちょっと手伝って頂戴。お腹の柔らかい所を切り取ってほしいの」
「分かったわ」
京子はクールな黒いエプロンを着た後、研いだばかりの包丁を右手に握り、ズブリと音をたてて武の臍周辺にゆっくりと切り込みを入れた。
切り口は鮮血ですぐに隠され、腹全体がヌラヌラと赤く染まっていく。
それでも続けて包丁を滑らせ、数分後にはプルプルした肉が綺麗に切り取られた。
「楽しい……」
「そう?」
京子の唇から、恍惚とした声が漏れる。
(なんであたし、こんな面白い事だって気付かなかったのかしら……)
彼女は純粋無垢な赤ちゃんのような満面の笑顔を浮かべた。
フフフと高い声で笑っていて、心底楽しそうだ。
だが、無邪気に笑いながら行なわれているものは死体捌き。
今の京子の姿とのギャップが、その光景をより凄惨に思わせた。
「初めてにしては上手ね」
「ありがとう」
沙樹は京子の頭をわしゃわしゃと撫でた。
その後京子は断面に腕を突っ込み、ミカンを潰したような音と共に内臓を取り出していく。
出るわ出るわ、長くて赤黒い腸。
血が滴るソレを両手でしっかり持つと、ゴミ箱へそっと捨てた。
「岩下さん……あたし、捌けるようになったの?」
「どうやら、そういう事になるわね。慣れたようで何より嬉しいわ」
何週間も死体捌きを見ていて、遂に免疫がついてきた京子。
人食いが1人増え、仲間ができたようだわと胸裏で喜ぶ沙樹。
いずれ京子は死体捌きだけでなく、狩りも躊躇無くやってのける事だろう。




