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部屋の中【In the room】

作者: 葵枝燕
掲載日:2016/07/01

 私だけしかいない部屋。室内に光源はない。窓はたった一つ。そこから薄く、明かりが差し込む。

 ただそれだけの空間。

 鼓動を打つだけの私。かさついた(のど)は、(かす)れた声さえ出せない。まるで、退化してしまったようだ。

 私だけの空間。それが全てのこの場所。(かろ)うじて明るいだけの、孤独の闇に(たたず)む。鼓動をひたすらに響かせた。


 闇が僅かに動く。何度目かの朝が来る気配がしていた。時間など、数えることもやめてしまった。無意味だと、気が付いてしまった。自分しかいないのだから、それを数えるなんて無駄でしかなかった。

 それでも、この場所が私の全てだった。

 孤独だからこその小さな世界。そこに何度も朝日が()す。時間の流れを忘れても、確かに時が過ぎていると実感できる。太陽の動きはそれだけで、止まったような時間を動かしている。

 鼓動を打つ。規則正しく、鳴らしていく。誰もいないからこそ、私にはそれだけしかできないのだ。


 音が、聴こえる。これは、何だろう。(ねずみ)の足音ではない。虫の声でもない。風が何かを揺らした音でもない。

 これは、この音は、どこか懐かしく響いてくる。

 ずっとずっと遠い昔。あの頃、ここにも響いてきた音だ。行き交うこの音が、あちらこちらで聴こえていた。

 そうこれは――人の足音。

 そう気付いたときだった。私のいる部屋の戸が、ゆっくりと開いた。ギギーッと、耳障りな音が響く。

 顔を覗かせたのは、五歳くらいに見える少女だった。

「ふわぁ……」

 室内を見回していた顔が、私に向く。少女は目を大きく見開いて、私の元にやって来た。まるで跳ねるように、楽しそうな足取りだった。

 少女はジッと私を見ていた。興味津々、といった顔だ。

「ヒナ、ヒナ、どこにいる?」

 少し掠れた声が誰かを呼んでいる。少女が、開け放したままの扉に顔を向けて、

「パパ、ここよ!」

と、呼びかけた。暫くして、杖をつく音と共に一人の男性が入ってきた。

「ここにいたのか、ヒナ。勝手に歩き回って、心配するだろう?」

 少女に歩み寄りながら、男性は言った。その言葉からも、声からも、少女を愛おしく思っていることが伝わってきた。

「ごめんなさい、パパ」

 少女は男性に向けてそう言ったが、またすぐに私を見つめた。

「ねえ、パパ。これはなーに?」

 右手で男性の手を握り、左手で私を指差しながら、少女は無邪気に問いかけた。男性が、私に視線を向ける。そうして、少女に私のことを話し始めた。少女はそれに嬉しそうに応えたが、次にどこか哀しそうな顔で何かを言った。それに男性が何かを告げると、また少女は嬉しそうに笑った。そして少女が、男性の手を引っ張るようにしながら歩き出した。

 二人がいなくなると、また室内は静寂に満ちた。でもそれは、いつもの底のない暗さを(はら)んだものではなかった。

 私はまだ、ここにいてもいいのだな。

 そう思って、私はまた規則正しく鼓動を打ったのだった。

 こんにちは、葵枝燕です。

 『部屋の中【In the room】』、お楽しみいただけたでしょうか。

 語り手の「私」は、作中ではっきりと書きませんでしたが柱時計です。規則正しい鼓動=振り子の動きですね。

 男性と少女が「私」のいる古い家に引っ越してきて、そこで新たな生活を始める――というのが、今回のストーリーですが、実はバッドエンド版も考えていたんです。結局、やめましたけどね。気が向いたらそっちも載っけたいかもです。

 ちょっと『窓の向こうの雨景色』っぽいですが、まあいいでしょう、うん。

 読んでいただきありがとうございました!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。時計だろうとは思ったのですが、柱時計だったのですね。 これからそのお父さんと娘さんの生活を見つめていくことになるのですねー。
2019/02/06 12:47 退会済み
管理
[良い点]  優しい雰囲気の作品ですね。  時間の果てしなさという感じが出ていると思います。 [気になる点]  かなり早い段階で主人公が時計だとわかり、主人公をヒナちゃんが食ってしまっているように思い…
2016/07/03 08:14 退会済み
管理
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