部屋の中【In the room】
私だけしかいない部屋。室内に光源はない。窓はたった一つ。そこから薄く、明かりが差し込む。
ただそれだけの空間。
鼓動を打つだけの私。かさついた喉は、掠れた声さえ出せない。まるで、退化してしまったようだ。
私だけの空間。それが全てのこの場所。辛うじて明るいだけの、孤独の闇に佇む。鼓動をひたすらに響かせた。
闇が僅かに動く。何度目かの朝が来る気配がしていた。時間など、数えることもやめてしまった。無意味だと、気が付いてしまった。自分しかいないのだから、それを数えるなんて無駄でしかなかった。
それでも、この場所が私の全てだった。
孤独だからこその小さな世界。そこに何度も朝日が射す。時間の流れを忘れても、確かに時が過ぎていると実感できる。太陽の動きはそれだけで、止まったような時間を動かしている。
鼓動を打つ。規則正しく、鳴らしていく。誰もいないからこそ、私にはそれだけしかできないのだ。
音が、聴こえる。これは、何だろう。鼠の足音ではない。虫の声でもない。風が何かを揺らした音でもない。
これは、この音は、どこか懐かしく響いてくる。
ずっとずっと遠い昔。あの頃、ここにも響いてきた音だ。行き交うこの音が、あちらこちらで聴こえていた。
そうこれは――人の足音。
そう気付いたときだった。私のいる部屋の戸が、ゆっくりと開いた。ギギーッと、耳障りな音が響く。
顔を覗かせたのは、五歳くらいに見える少女だった。
「ふわぁ……」
室内を見回していた顔が、私に向く。少女は目を大きく見開いて、私の元にやって来た。まるで跳ねるように、楽しそうな足取りだった。
少女はジッと私を見ていた。興味津々、といった顔だ。
「ヒナ、ヒナ、どこにいる?」
少し掠れた声が誰かを呼んでいる。少女が、開け放したままの扉に顔を向けて、
「パパ、ここよ!」
と、呼びかけた。暫くして、杖をつく音と共に一人の男性が入ってきた。
「ここにいたのか、ヒナ。勝手に歩き回って、心配するだろう?」
少女に歩み寄りながら、男性は言った。その言葉からも、声からも、少女を愛おしく思っていることが伝わってきた。
「ごめんなさい、パパ」
少女は男性に向けてそう言ったが、またすぐに私を見つめた。
「ねえ、パパ。これはなーに?」
右手で男性の手を握り、左手で私を指差しながら、少女は無邪気に問いかけた。男性が、私に視線を向ける。そうして、少女に私のことを話し始めた。少女はそれに嬉しそうに応えたが、次にどこか哀しそうな顔で何かを言った。それに男性が何かを告げると、また少女は嬉しそうに笑った。そして少女が、男性の手を引っ張るようにしながら歩き出した。
二人がいなくなると、また室内は静寂に満ちた。でもそれは、いつもの底のない暗さを孕んだものではなかった。
私はまだ、ここにいてもいいのだな。
そう思って、私はまた規則正しく鼓動を打ったのだった。
こんにちは、葵枝燕です。
『部屋の中【In the room】』、お楽しみいただけたでしょうか。
語り手の「私」は、作中ではっきりと書きませんでしたが柱時計です。規則正しい鼓動=振り子の動きですね。
男性と少女が「私」のいる古い家に引っ越してきて、そこで新たな生活を始める――というのが、今回のストーリーですが、実はバッドエンド版も考えていたんです。結局、やめましたけどね。気が向いたらそっちも載っけたいかもです。
ちょっと『窓の向こうの雨景色』っぽいですが、まあいいでしょう、うん。
読んでいただきありがとうございました!!




