上京(situation)1 (=^ェ^=)
『こんにちは。はじめまして。早速だけどこことは違うものを見てみないかい?きっと素晴らしい世界が待ってるよ』
『あ、だいじょぶだいじょぶ。帰りたければすぐ戻れるから』
そんな感じのことを言っていた気がする。僕は差し出されたその手を簡単に、疑問ひとつ持たずに取った。
あれから1年、僕はまだ家に帰っていない。
最近見た古い映画の中であの時の自分の境遇はまさに『未知との遭遇』だったなぁなんて、僕は携帯食糧をポリポリしながら思う。
僕の名前は(=^ェ^=)。呼びたければシェでいい、みんなそう呼んでるし、そうしている。
さっきの絵みたいのが僕のこの街での登録戸籍の書くときのもの、呼び名で一番近いものをこの言語にすると『シェ』とそんな形になる。
僕は世界で言うところの少数民族の出だ。
1年ほど前に今いる街に…えっと上京してきた。
この街に来た目的は、最初は遊び半分だったけど、今は勉強している。
この街では、というか今現在見るもの聞くもの全てに常に驚かされっぱなしで、やっと落ち着いてきた感じ。なので、とにかく僕には抵抗感というか、なんだっけ…拒否?
そういうのがもともとあまりないのをより自覚的…意識的にしていくのがなんというか合っている。
ごめん、答えになってないっぽい。
なんで勉強するのかって言うと、勉強すると楽しい。
ここではみんながやってるからってのもあるけど、勉強すると世界が知れる。今まで知らなかった世界を知れる。それはとてもワクワクしてたまらない。燃え上って爆発しそう。
僕はもう19になるけど、(あ、僕の部族では15で大人で仕事してたけど)でも毎日がなんだか虫見つけたり、木の上に登って夕焼けを眺める時みたいな、小さい頃と同じですんごく面白いんだ。
こういうのをどっかの誰かが言ってたけどやっぱり、世界が広がるって言うんだろう。
何か見えてなかったものが見える感じ、発見するのが楽しく、知ることがうれしい。学ぶ分だけ感じられる。
身体を動かすだけがちからだと思ってた。たくさん仕事できて稼げることが一番だと。けれど、違った。それも学んで変わった。
自分が広がる感じ。
これは、今までに少し感じたことはあったけど、でもここまでハッキリと思うことはなくて、そして今まで思ってた一番大事なことに並べる大事なことなんじゃないかと、そう思えた。
それで、とにかくあのね、えっと…今は自分の家族みんなも自分の知ったことでなんかできないかなって、そんなところが僕の夢。
だって、僕のいたとこって、ここと比べると何もない。田舎だ。
電気がまずない。水道は川。
木だけは多くある湿地帯の土地で出稼ぎが主で半日かけて僕なんか行ったりしてた。村長とおじさんがトラックで木を売ってて決まったタイミングで街に行くからどっちかに乗っけてもらって数日仕事して帰ってくるのを行ったり来たり。
村に学校はあったけどまともに行けるのは働けない小さい頃の間だけ、たいていは皆途中で辞めて働きに出る。
一日中勉強できるとこなんて正直夢のようだった。
今学んでる理系全般や生物学とか土壌学、電気工学もちょっと難しそうだけどやってるとなんだか自分の故郷でやってみれそうなことがありそうな気がするんだ。と言うか試してみたい。算数も小さいながら作った畑でできた食べ物を予定を立てて管理できそうだし、なんだかここで学んだことをどんどん家で実践すれば、母さん達に楽もさせてあげれそう。
「よぉシェ、お待たせ〜」
携帯食糧を2本目開けようか迷ってると友達のカハヤが来た。
彼はけっこう僕の地元と近めのとこ出身、2年ほど先に僕より来たらしい。僕らの地域に呼びかけに来た中の一人で、歳も同い年ですぐに仲良くなり、ここの街についていろいろ教えてもらった。
「うん、今日どうする?」
「そうだな…軽めで入ろうぜ、誰かいんだろ」
目的地も決まったのでそこへ向かう。アスファルトの上を歩く。今でこそ慣れちゃったけど、アスファルトだ。ウチの村じゃアスファルトの敷いてた道なんて村長の家と集会を開く建物とそっから街へつながってるとこくらいだったのに、ここでは砂地の地面を探す方が難しい。ここは木の代わりにビルやとにかくでっかい建物が生えてる。カハヤが言ったけど、コンクリートジャングルって言いえて妙だったのを覚えてる。
すぐさま信号にあたった。僕の好きなもののひとつだ。
カハヤが言うにはこの信号は普通とは違うらしい。
赤い小さな電灯の連なりで文章が出ていろいろなクイズが毎回出る。しばらくしてすぐ下にその解答が青で出る。青になったら道路を渡っていい。
働いてた街での夜のライトを少し屋根に登って見て街中キラキラしてるのが好きだけどそれがここではいつもいっぱい見れるのは嬉しい。
数ブロック違うとこの信号の中身もこれが占いだったり図形当てゲームだったりして僕の中でまだ全部見たとは思っていない。ちょっと全制覇してみたい。
「前回どうだったっけ?あれから自分で行ったりした?」
「いや、こっちで勉強してる方がまだ面白くて、そっちはな〜…」
「ふーん、俺らの土地とにかく木はあんだよな〜」
「な〜…。ね、思ったんだけど今度帰ったらとりあえずカハヤの村と僕の村までの間でどんな種類の木あるのか調べてかない?」
「あー…半分位やってだいたいはわかってるみたいだぞそれ」
「え、うそ?使えるのあった?」
「ゴムの木があるってよ」
「ゴムって…タイヤの?輪ゴムのゴム?」
「輪ゴムのゴム」
「あれうちで取れんの?すっごい!」
「でも(群生してる)場所がまばらだ。新しくやるにもいい場所もないし、かなり大掛かりになりそうなんだ。一応苗は作り始めてるけど…もとからある木は切りたくない、よな?。当面はツルとか使って工芸品をどうにか安定させた方がとりあえず急場しのぎになりそうだって文化研究の連中言ってるし、当面はウチの土地にあった機械の設計と加えてちと地味目」
「えー…」
ちょっとがっくし。でも、いける。何かできる。ここでは、この街はそんな可能性に満ちた空気で溢れてる。
この1年誰かがいつも助けてくれたし、僕が言葉を覚えるのにカハヤは半年近く文句も言わず付き合ってくれた。今ならわかる。教えるってのもけっこう面白いから。
「でもまずやっぱライフラインだろ。電気作りたいんじゃね?キットの中古また安いのないかあとで行こうぜ。お前んち川近いんだろ?ここは水力研究いいから。水使おう水。電線も引きてえけど…でも道路だな、俺んちとお前んち一山越えないといけないしさ…無理ない道作るのとかどう?俺んちもう街への道やり始めてるからちと迂回かもだけどモノによっちゃさ…」
「それいい!」
迷路を自分で解くみたい!ぜってー面白いそれ。
なるべく木を切らず、短い、なるべくみんなに負担かからない、弟達も気軽に使える道。いくつか川あったろうし橋か渡る術の最適解を模索する……ヤバい。ちょっと材料力学と材料学あたり今から戻ってもっかい復習しときたい。
「ま、そん為にもよ!」
いくつか信号を渡りブロックを過ぎ、目的地へ着いた。
「ここで頭だけでなく体も充分鍛えとかないとな」
「うん、そうだね」
何にせよ開拓は力仕事だ。体力・持久力、そして疲れても冷静に思考できて困難をはねのけるメンタルが必要。ここではそれが遺憾なく鍛え上げられる。自分に合ったペースでね。
「じゃ、入るぞ」
そうして僕らは休日に、ここの人達の余暇の過ごし方の一環のひとつであるスポーツ施設に入る。
施設の総称は、ダンジョン。