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るいとハジメと村の外


「無理っしょ……」


 首からパスケースを下げ、赤ん坊を背負い、少年を従えて出てきたのは村の外。


「誰も居ないし……」


 恐々として出て来た村の外。

 あのババアが喚き散らしているときから、嫌な予感はしていたんだ。

 役所のお姉さんは私に言った。


「勇者登録にはモンスターハントの実績が必要なので、何でも良いのでモンスターを討伐し、捕まえて来てください。期限は今から二十四時間です」


……


「無理っしょ……」


 人通りは全く無かった。初めてこの世界に来た時のことを思い出す。

 そういえばあの時も、村の外に人影は無かった。ピンチの時、ハジメちゃんが決死の泣き声で助けを呼ばなければならなかったくらいだ。


 それもそのはずで、始まりの村から出るには許可が要るのだった。

 許可が出される対象は主に、流通関係の人間、聖職、レスキュー、猟師、漁師、木こり、勇者。その他にも、場合によって例外的にパスが出されるらしい。

 

「人間もモンスターもいないね」 背中のハジメちゃんもテンション下がりめ。

「そうだねえ」

「こりゃだめだわ」

「丘越えて、森の方いく?」

「えー。海側行ってみようよ」


 数十分前、「モンスターの気配を感じるんだわ」とか言って私達を誘導したのはハジメちゃんだった。


「いいけど……」


 確かに、何も居ないなら、粘っても仕方ない。森は怖いし、海側に行ってみよう。

 それで、三人揃って、とぼとぼと村の外壁に沿って歩きはじめた。


 恐らくモンスターが入り込まない為に、村は建物の壁、もしくは塀によって外と遮断されていた。出入り口も、ちっちゃな門が東西南北に一か所ずつあるだけだ。

 モンスターと戦ってきた歴史が、村をこのような形にしたのだった。


「照英とかなら越えて来そられうな塀だけど、こんなんで良いのかな」

「どうだろうねえ。でもさ、照英より強い敵だったら、るい負けちゃうんじゃない?」

「そうだね」

「照英って誰?」


 ダンカンに、照英って言うのは声と体とリアクションの大きな人だよと教えてあげていると、向こうに人影が見えた。

 少なからず恐怖心で過敏になっていた私がハジメちゃんに報告すると、彼女もそれが気になっていたようだった。


「モンスターかな。倒そうか?」


 相変わらず、幼児声のくせに容赦ない。


「倒そうかって、倒すのは私だけどね」


 私は思春期にゲームとアニメのせいで悪化させた視力に逆らい、目を凝らした。

 100メートル以上は離れているだろうか。敵は二足歩行なのに、動きが人間とはまるで違う。恐ろしい。モンスターなのは間違いなさそうだ。

 新品の角膜を持ったハジメちゃんは、役所で貰ったパンフレットに目を通していた。


「載ってた。これだ」

「どれ?」

「この、腐敗男爵っていうの」

「見せて。……なにこれ目ん玉飛び出してる! 無理でしょ!」

「目ん玉飛び出してたら無理なの?」

「当たり前じゃん! 無理だわ……。目玉が飛び出すビックリ人間でさえ見るのが怖いのに……」

「でもさ、モンスターの目ん玉を飛び出させるのがあんたの役割みたいなとこあるよ」

「そんな役割あってたまるかいな!」


 私はまた憂鬱になった。戦いって言うのは、考えれば考えるほど憂鬱なものだ。


「とにかく、人型のモンスターはハードルが高いよ。虫型とかにして」

「そうなの? じゃああれは無視しよう」


 こんな私たちの後ろでダンカンはもどかしそうにしていた。

 彼は勇敢に敵をバッサバッサ薙ぎ倒して行く勇者に憧れている。

 恐らく私たちの(主に私の)ヘタレっぷりにヤキモキし、なんなら自分が戦いたいとすら思っているかもしれない。

 そんな彼の想いはモンスターと共に無視し、私たちは先を急いだ。

 

「モンスターっぽいのが居たら教えてね。なんのモンスターかわたしが調べるから」

「わかった」


 赤ちゃんがそう言うので、辺りをキョロキョロ見回しながら歩いた。


「あのヘビみたいなやつはモンスターかな?」

「あれはただのヘビじゃない?」

「まあ、ヘビも無理だけど」


 気付いたら村の南門を過ぎて、潮の香りがしてきた。

 それで思った。

 魚のモンスターが居たらいいのに。サメみたいなやつなら、倒しても罪悪感が湧かないだろう。ホオジロじゃなくて、コバンザメみたいなやつ……。

 私は現実逃避で心を落ち着かせようとしていたが、モンスター討伐に前のめりなハジメちゃんは目ざとくモンスターを発見すると、逐一私に報告してきた。


「るい! あの火吹いてる奴モンスターだよ!」

「見たらわかるよ! 却下!」


「るい! あのカピバラみたいな奴モンスターだよ!」

「か……可愛い! 却下!」


「るい! あの石像みたいな奴モンスターだよ!」

「なんか怖いから却下!」


「るい! あの丸くて一つ目でドロドロしたやつモンスターだよ!」

「丸くて一つ目でドロドロしてるから却下!」


 却下! 却下! 却下!



…………



 もう一時間近く歩き続けていた。

 

「るい。海が見えて来たよ」 ダンカンが前を指差した。

「ほんとだ。きれいな海……」


 海の近くまで来ていた。更に歩いて、塀の角を抜けた。


 海だ……。

 海は、丘の上から見るのと間近で見るのとでは、全く印象が違った。スケール感が全く違った。陸地と海では、海が圧勝なんだ。そう感じた。

 海も雲も風も草花も連動していて、音は単調で独特だった。

 海の中には信じられない量の命が有るんだってさ。知ってるだろうけど。

 芝地の向こうには小さな砂浜があるが、そこまで行くにはちょっとした崖を降りなければならなかった。

 気分が塞いだらここに来るのも良いかな? センチメンタルを味わいに。モンスターが居なければの話……。

 

 さて、態々移動して来たからには、この辺りでモンスターを一匹仕留めて役所に提出しなければならない。気合は乗って来たが、鈍った体には徒歩移動だけでも充分響いていた。 


「疲れた……。ちょっと休憩」

「折角だから海岸で休憩しよう」


 ハジメちゃんの提案に乗って、海岸まで歩いた。

 ゴツゴツした茶色い岩場を慎重に下りて行く。


「るいが転んだらわたしが死ぬからね」


 さっさと下り切ったダンカンに続いて、私も無事砂浜に降りられた。

 きめの細かい白砂が足を取った。

 童心が蘇って、素直に感動した。


「海ってヤバいね……」

「ヤバいね……。あ、降ろして」


 ハジメちゃんを降ろしてあげた。

 彼女は砂浜に座って、小さな手で砂を掴み、さらさらと零した。

 ハジメちゃんは言った。


「海っていいね。初めて、海が良い所だなって思った」

「そうなの?」

「うん。湘南とかだと、いちいちナンパとかうざいじゃん」 赤ん坊からナンパと言う単語が……。

「え、うん……」

「人が全くいない海岸だと、もろに海! って感じで良いよね」

「海を満喫できるね」

「ほんと。邪魔が入らないからね」

「ナンパもされないしね……」

「るいはどの海でもされないっしょ」

「誘導尋問だ! おまえは海へ還れ!」


 私がハジメちゃんを抱えて波打ち際まで行くと、彼女は顔面を引きつらせて平謝りした。

 大人の力を充分に見せつけてから戻ると、ダンカンがカニを取って遊んでいた。

 友達とのサッカーを断ってカニ取りに勤しむ姿には哀愁が有った。

 でも、本人が楽しそうだからいっか。

 

「何かとれた?」 お姉さんぶって声を掛ける。

「カモエガニがいっぱいいるよ」


 ダンカンはちっちゃいカニを自分の上着のポケットに詰め込んでいた。


「それ持って帰るの?」

「おいしいよ?」


 そうなんだ……。と返事をした後、どうせならウニやアワビみたいなものが居ないかと、岩場の方に行って潮だまりを探した。

 小魚は全く捕まえられないし、いざ見つけた甲殻類も恐ろしくて手出しできなかった。

 それでも夢中になって、魚を取り逃がし、カニに怯え、ヒトデをつまみ、波でびしょぬれになり、挫折感を味わって引き返した。

 

「だめだったわ」

「るい。ダンカンが良いもの捕まえたよ」

「なになに?」

「ほらお姉ちゃん。カッチュウガニ」

「なにそれ。エイリアンみたい。こわっ」

「るい。あれ、モンスターなんだよ」

「マジで!?」


 やった! モンスターゲットだぜ!


 しかし、勇者登録の為には、モンスターを倒した証拠を持って行かなければならない。

 私は目を閉じ、謝りながら、役所で借りたこん棒でもって、カッチュウガニを殺……倒した。


「ごめんねカッチュウくん……」


 モンスターを麻袋に入れ、村に引き返した。



…………



 東門をパスして、賑やかな村内部へ。

 あとは役所で手続きをするだけだ。それで、この村での生活基盤のようなものが出来る。元の世界に戻るための、基礎の基礎。

 なんだかわからないけど、町の風景がさっきまでと違って見えた。

 心の負担が取れて、自分が軽く鬱だったのかもと思った。


「見て、道端でポエム売ってる……」


 ハジメちゃんの言う方を見ると、若いバカみたいな男がポエムを売っていた。


「一枚買って行こうか?」

「まじで? 仕事に疲れたOLじゃないんだから」


 しかし、一枚買った。

 なんだか、そんな気分だったのだ。


 色紙を見た。


『辛いとき傍にいてくれるのが、一番大切な人』


 どうでも良い教訓も一緒に麻袋に入れ、鼻歌を歌いながら役所に向かった。

 ハジメちゃんはそんな私に呆れ、隙を見て昼寝しようとしていた。


 私は、意味なく笑顔を作ってみた。

 ダンカンが「お姉ちゃん」と呼んでくれたことで、密かに気分が良かったのだ。




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