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るいとハジメと勇者魂


 4人での夕食は初めてだった。

 ダンカンは嬉しそうにしていた。

 おじさんは意外にも、すんなりと私たちを受け入れてくれた。第一印象は頑固なのかなと思ったけど、そうでもないのかもしれない。

 家賃を支払うという提案も拒否された。


 ダンカンパパに関しては、本名も“そういう名前”も教えてもらえていなかった。触れてはいけないのかもと思ったし、距離が感じられた。

 赤ちゃん的に相当疲れていたのか、起きてからもしばらく半目でよだれを垂らしていたハジメちゃんも、食事を前にして徐々に意識を取り戻していた。

 ダンカンは言った。


「やっぱり勇者だったんだね。るい」


 彼は、私が勇者だったことが嬉しいようだった。


「そうなんだけど、ハジメちゃんとか店員さんがそう言ってるだけで確信も無いし。それに、別になりたくてなったんじゃないんだよ。戦ったことも無いしね?」


 私はもう誤魔化すことはしなかったが、潔く振る舞うことも出来なかった。

 自分が勇者であると言うことを、何が何でも否定したい、というわけではない。ただ、「はい、私は勇者です」と言い切るのは恥ずかしいし、躊躇いが有った。


「るいは勇者だよ」

「勇者なら必殺技があるんだね。いいな」


 私の気など知らず、外野は呑気なものだ。


「ないよ多分。必殺ってまた物騒な……」

「勇者ならあるはずだよ。ねえハジメちゃん?」

「うん、あるよ。エグイやつ。まず敵の頭部に極度の圧力を……」

「やめてよ!」


 私の皿には煮魚が横たわっていた。この魚も、何らかの必殺を食らったわけだ……。

 箸の進まない私の膝の上で、天才赤ちゃんは離乳食を食べている。

 こっそり買っておいたウサギさんスプーンを持たせると小バカにされていることに気付いたらしいが、気に入って使っていた。


「帰りたいなら戦うしか無いし、帰らなくていいなら戦わなければいい」


 パパダンカンは感情も乗せずに言った。


「この世界は勇者の為にあると言っても良い。あとで教えてやるけど、役所で勇者登録すれば補助金も出る。勇者と……まあ、その一味は昔から保護の対象らしい。逆に言えば、そこから脱落するって言うのはつまり、自らの存在価値を無くすのと一緒だ」


 私は補助金という甘美な言葉を頭から追い払った。


「脱落って?」

「戦わない勇者は、ただのクズだってことだ」


 あの名言っぽいのに、酷さが増してる!


「それはちょっと、大げさじゃないですか?」

「お前は何の為にここに来た? そして、これからどうしたいんだ?」

「何の為にって言うのは無いですけど……。元の世界には戻りたいですよ」

「なら戻れ。目的を失ったまま居座っていると、持ってきた大事な物も失うかもしれないぜ。早ければ早いほどいいからな。それでもって、戻る為には戦わなきゃならないんだ」

「どうしても戦わないと戻れないんですか?」

「戦わないで済むなら、そんな格好で飛ばされたりしねえよ」

「まあ、確かに……」

「るい」 ハジメちゃんが口を挟んだ。「『そんな格好』ってつまり、『そんな恥ずかしい格好』ってことだよ?」

「え、そうなの!?」


 おじさんを見たが、神妙な顔をしているだけで肯定も否定もしなかった。


「ともかく、戦えないって言うなら、戦えるようにならないとな」


 おじさんの話で、この世界に於ける勇者と言うものが少しわかった気がした。

 自分がしなければならないこと、置かれている状況が少しだけ、分かった気がした。

 さすが。亀の甲より年の功だわ。


「そうですね……。まあ、やれるだけのことはやってみます」

「勇者に選ばれたってことは、素質が無いわけじゃないんだ。ちょっと訓練すればそこらのモンスターは問題じゃなくなる。最初は毎朝剣の素振りでもして、武器を手に馴染ませるところから始めな」

「はい。やってみます」

「るい、るい」

「なーに。ハジメちゃん」

「ほら……。剣……」

「剣がなによ……。あ! 剣売っちまったんだったわ!」


 

 私はおじさんを見た。


 おじさんは驚いて唖然とした後に、神妙な顔をしただけだった。




…………



 

「いやー、良く寝た」

「もう昼だよ? 朝練とか言う問題じゃないね」

「でも筋肉痛で練習とか無理」

「筋肉痛? ろくに戦ってもいないのに? 普段から怠けすぎじゃね?」

「ずっとあんたを抱きかかえてたからだよ!」


 昼食は既に出来ていて、小魚のフライだった。まだ大丈夫だけど、このまま魚料理尽くしだと確実に飽きが来そうだ。

 今日の予定を立てた。おじさんに教わった通り、役所に勇者登録に行こうと思う。それが終わったら買い物をして、その辺を散策して、ダンカンの友達に会いに行く。

 魚をやっつけて、部屋で支度をしているとハジメちゃんが言った。


「ねえ、るい。こっち来てからずっとその服だけど、そろそろヤバくない? わりと肌に密着してる感じだし……」

「ああ、これね。着替えてるよ?」

「え?」

「なんか、腰のこの、ちっちゃいポーチにギュウギュウに折り畳まれた予備が三枚入ってた」

「全く同じのが?」

「全く同じのが」

「そりゃあ……ご愁傷様」


 私は姿見を見た。

 これでモデル体型ならいいんだ。良くないけど、多少は良いんだ。でも私は、ザ☆日本人体型で胸は無く、胃下垂で、一時期よりは痩せたけど痩せてはおらず、顔はのっぺらぼうで、髪質は良いけど慰めにはならなかった。

 今の私の慰めは、全てに於いて私より秀でていた親友よりも足が長くなったことだった。

 私の姿を見つつ、ハジメちゃんが言った。


「でもさ。わたしは、るいが赤ちゃんの姿になってしまわなくて良かったと思ってるよ……」


 クソ! なんて薄汚れてるんだ私の魂!


 私は猛省し、下痢してもちゃんとお尻を拭いてあげるよと心に誓って、優しくハジメちゃんを抱え上げた。

 1階に降りた。

 1階では、ダンカンが布団叩きで素振りをしていた。



 もしかしたら、あの子は勇者に憧れているのかもしれない。

 


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