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るいとハジメと始まりの村


 ダンカンが町を案内してくれた。

 歩きながら、町の名前を聞いた。


『始まりの村』


 とのこと。

 町じゃなくて村なのね。

 違いが分からないけど。


 その、アイデンティティもへったくれもない名前の村は、道も舗装されていて比較的きれいだった。

 丘の上から眺めたときには小さな集落に見えたけど、割と歩き応えがありそうだ。小国の観光地に来たみたいだった。

 人口は、10万以上は居るらしい。

 私は自分の格好に慣れて来ていたが、村の人たちは当然慣れていなかった。

 視線を感じる……。早く新しい服を買いたい。

 小さな子供が私を指差して、「おしり!」と叫んだ。


「プププププー!」


 抱きかかえていた赤ん坊が笑ったので、私はそいつを地面に置いて歩きだした。


「ごめんごめん! るいは良い尻してるよ!」


 私の尻は最悪だとしても、よたよたと歩くハジメちゃんは可愛かった。

 昨日は歩けなかった気がするんだけど。

 頭脳が大人だと、二足歩行の修得も早いのだろうか。

 情に負け、仕方なく、抱きかかえてあげた。

 

 なぜだか、村人は喋る赤ちゃんよりも私の方に興味を示した。

 ちょっと奇抜な格好をしているだけなのに。この赤ん坊の方がずっと神秘なのに。村人は私の方を見ていた。

 でも、村の住民の服装だって、都心の駅前に出れば奇特な扱いを受けるに違いなかった。職質確実だ。

 荒い作りの毛皮や原色のワンピース。ボロボロのシャツ。成金風の燕尾服。どれもこれも、趣味が良いとは言えない。

 ただ悲しいのは、私の格好はこの村でも東京でも、どちらでも変態チックに映るということだった。


「このパン屋は美味しいけど、六時には閉まっちゃうよ」

「スーパーとかコンビニはない?」

「なにそれ?」

「やっぱり無いんだ。ドラッグスト……薬局は?」

「やっきょく?」

「薬屋さん」

「ああ、薬屋さんは村の南の入口にあるよ」


 話しながら、店先に求人広告なんかが無いかと見て回った。

 全ての店は個人経営で、所謂チェーン店のような店はないようだった。その外観に古い店や新しい店という違いはあっても、あきらかなボロであったり、逆に煌びやかな店舗も見られなかった。

 何となく分かって来たのは、ここの人々は商業的な競争意識が希薄だということだ。ほとんど専門店しかなく、ライバル店も少ない村での商売は、良くも悪くも安定が第一らしい。

 人材も安定しているようで、求人のお知らせは見られなかった。


「飛び込みでお願いしてみたら?」 ハジメちゃんが言った。

「ヤダそれ。緊張するじゃん……」


 きれいに区画分けされたメイン通りの向こう。なだらかに上ったずっと先には教会が有った。

 教会自体は小規模でも、地形や周辺の建物のお陰で威厳を感じられた。

 

 しばらくの間は新鮮味があり、素敵に映った街の景観も、慣れてしまえば一辺倒で面白味に欠けた。店も空き地も公園もちょっとした農園も。

 どこかで楽団が演奏している。太鼓とアコーディオンとラッパの音色を聴き取ることが出来た。


「見に行ってみようよ」


 ハジメちゃんが言うので、渋々見に行った。人が多い所は避けたいのに……。

 急に現れた広場。噴水の前で、二十歳から四十歳までの五人組が演奏していた。ストリートバンドってやつだろうか。

 ドラム、トランペット、アコーディオン、ギター、縦笛。

 その軽快な演奏を聴きに、三十人以上の人が集まっていた。


「あの人たちは毎週末にここで演奏してるんだよ」 ダンカンが言った。

「いいね。すごく楽しい気分になる」

「バンド名は?」

「知らない」

「あの人は?」


 ハジメちゃんが小さな指で差した。その方を見ると、バンドが演奏している横、数メートル離れたところで、一心不乱に踊っている男がいた。

 男は黒いスパンコールの短パンにワイシャツを着ていて、見るからにヤバかった。


「あの人もメンバーなの?」

「違うと思うけど……」

「こんな村にも、ああいう人いるんだね」


 それから数曲聴いた。良い演奏だった。

 その間ずっと隣で男は踊り続けたが、チラチラ視界に入って邪魔なだけだった。


 演奏はクライマックスを迎えて、大団円といった感じで終わった。演奏が終わるとダンス男も達成感を漲らせ、汗だくのまま誰も見向きもしていないのに深々とお辞儀をした。彼は言った。


「センキュ!」


 ヤバいけど、少し可哀そうな人なのかも……。

 観衆は楽器のケースにチップを投げ入れ、散り散りに去って行った。バンドメンバーは帰り支度を始めた。

 ダンス男はバンドメンバーに握手を求めたが、カウンターで平手打ちを食らっただけだった。

 彼の横に置かれた空き缶には一銭も入っていなかった。


「何だか可哀そうな人だね」


 

 私たちはその場を去った。



…………



 日が傾くまで頑張ってみたが、働き口は見つからなかった。

 闇雲に歩きまわっても仕方ない。何か、違うアプローチをしなければならないのだろう。


「焦る必要はないよ」


 ダンカンは励ましてくれた。


「うん。何とかなる気がする」 ハジメちゃんは例のひらめきを聞かせてくれた。「いざとなったら、あのバンドの横で踊ればいいんだよ。ダンス得意でしょ?」

「ダンス授業のとき『陸で溺れてる』ってバカにされてたわ」

「そっか。でもいけるいける。あの男と組んで……」

「絶対ヤダ!」

「良いじゃん、良いコンビになりそう。あははは!」

「笑ってる! 想像の時点でもう笑ってる!」


 そんな事態にならない内に、何とか仕事を……。


 金物屋を見つけた。古びれた木造の建物は、明るく入店しやすいようにと工夫されていた。金属で作った不気味な猫の置物が、その努力の結晶だった。

 店に入ることにしたのは猫の置物のせいではなく、売りたい物を持っていたからだ。例の短剣。

 店の主人は痩せて禿げて気の弱そうな男で、私を見るなりこう言った。


「あっ、これはこれは勇者様! いらっしゃいませ」

「なんで私が勇者って分かったんですか?」


 私にも勇者の自覚が出てきているらしい。


「そりゃあ……。その格好を見れば一目瞭然ですから」


 なるほど。村人の視線の理由が分かった気がした。

 この格好はまさに、勇者の証なのだ。

 医者が白衣で出歩いているようなものだったのだ

 ハジメちゃんはボッタクられて堪るかと気を張っていたが、勇者パワーで交渉は楽に進んだ。


「今日は上等な物をありがとうございました。またご利用ください」


 主人は奥の金庫から現金を取り出して、レジ台の上に置いた。私はそれを受け取った。

 初めて手にした分厚い束にビビり、直ぐにダンカンのバッグに押し込んだ。

 この村の通貨は『ドル』とのことだ。耳慣れた単位で驚いたが、そんなものなのかなと納得した。

 

 店を出ると外は薄暗くなってきていて、間もなくハジメちゃんは眠ってしまった。

 誰かの短剣を売って出来たお金を手にして、気分は良かった。

 らかの不安が晴れたのだ。

 食糧を買おう。服を買おう。ミルクを買おう。おんぶ紐を買おう。何だって買おう。

 私たちは夕飯の為に少しおかずを買って、家路に着いた。

 海風が強くなって、マントがはためいた。

 背後に教会。前に見える給水塔の向こう、海に近い当面の我が家に向かって。

 外灯は充分だが多くは無く、店も閉まり始めて寂しくなってきた。


「昼に通ったのが何日も前みたいに思えるよ」

「僕もそんな気がする」


 通りの向こうには、昼にストリートミュージックをやっていた噴水の広場があった。

 数組のカップルがロマンティックな夜を迎えようと佇む薄暗闇の広場は、昼間とは全く趣が違った。


 しかし、夜に刃向おうとする者もいた。


 影が……。残像のような影が、闇を追い払おうとしてしゃがみ、跳ね、腰をくねらせた。

 それはバタつき、もがいているようだった。


「昼間のダンサーだ……!」


 彼はいつから……もしかして、ずっと踊り続けていたのだろうか?

 平手を食らい。汗をダラダラ流し。短パンをキラつかせて。


 誰もダンス男に近付こうとしなかった。男の空き缶が風でカタカタ揺れた。あの空き缶に少しでもチップが入っているなんて、全く想像出来なかった。

 それでも、男は迷いなく踊り続けていた。

 努力や信念が感じられた。

 もしかしたら……例えば酔っ払っていたりしたら、感動するかもしれなかった。

 

 私はダンカンを見た。

 ダンカンも、私を見ていた。

 お金の入った私たちのバッグに目が行った。


「るいねえちゃん。どうする?」


 ダンカンが言った。


「うーん。……いやいや、さっさと帰ろう」





 ハジメちゃんが寝屁ぇをして、私たちは、笑いながら帰った。



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